第17話天衣無縫
(そういえば小麦のやつ・・・)
ここしばらくの間、毛糸をごちゃごちゃに絡ませたりほどいたりして苦闘してたっけ。まさか、あれは毛糸を
(編んでたのか・・・)。
まったくわからなかった。このマフラーを、小麦があの不器用な手で編み上げたのだ。まったく、女のクリスマスにかける意気込みというのは半端じゃない。この執念深さ・・・いや、丹精の込めっぷりには感服する。逆に、その思い入れへの見返りの期待もすさまじいものだろう。
(仕方がない・・・質屋しかないか・・・)
金をつくるには、そこにすがるより他はない。とはいえ、買い取り価格に高額が期待できる質草などなにかあっただろうか?
再び、かえりみてみる。
「お互いの持ち物は、ふたりの共有財産だね」
小麦は声高らかに宣言し、部屋に乗り込んできたのだった。たしかにふたりで暮らしはじめた頃、オレが小麦の給料に依存したことはあったかもしれない。しかし、通帳の中に大きな数字を見たのは、あれが最初で最後だった。小麦は、最低限の仕事しかしない。飢えたら派遣仕事を見つけてくるが、そうでないときはまったく働かない。つまり、やつは常に文無しなのだ。常に空腹なのだ。それで平気なのだ。耐えきれなくなってから、狩りに出るのだ。怠け者というよりも、脳の構造が野生動物じみてるとしか言いようがない。
やがて小麦は、ついに食い詰めると「共有財産」に手を出しはじめた。それに気づいたのは、読みかけの本が手元から消えたときだった。
「おい、ここにあったスティーヴン・キングしらね?」
「ああ、アレ。売っちゃったよ」
「・・・へ?」
小麦はあっけらかんと言ってのける。キョトンとするしかない。ひとのものを勝手にか?百歩譲って、今夜のパンのためにそれをするとしても、作法というものがあるだろう。しおりをはさみ込んだ本なのだ。読みかけということは一目でわかろうし、キング作品におけるオチの重要さくらいは理解できるだろう。
しばらくふたりで暮らしてみてわかったことだが、この手の思慮が小麦にはまったくできない。暴虐といっていいほどに天衣無縫なのだ。その無遠慮っぷりときたら、あぜんとするほどだ。オレが午前に買ってきたCDが、午後には小麦の手から中古ショップの店員の手に渡ってる、といった具合だ。うっかり目を離すと、たちまち大切な品々が手元から、それこそ忽然と、姿を消した。「共有財産」なるものは、次々と蒸発していった。いっとき二倍(ふたり分)となった家財は、またたく間にそぎ落とされて、生きてく上で必要最小限のものしかなくなってしまった。
(くそ・・・まだなにか残ってなかったかな・・・)
質草、質草・・・
(そうだ!押し入れの奥にギブソンがあったはず!)
何年か前、ゼミの教授の引っ越しの手伝いをしたときに、旧家屋のスミに眠ってた古いギターを見つけたのだ。もう弾かないからやるよ、と言われて持ち帰ってみると、革張りのケースに入ってたのは、ギブソンという大層なシロモノだった。
(あれを売れば!)
しんしんと雪が降り積もる路地を、いそいそとアパートに向かった。
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