第7話遭難者

 担当編集者・宮古と打ち合わせを重ねて、新作マンガの出だしは、小麦と出会った夜、ということになった。ふたり暮らしエッセイの作法上、導入のシチュエーションはそれ以外に考えられない。

 オレははりきって鉛筆を走らせた。ネーム(絵コンテ)のひとコマめに描きつけた画づらは、アパートの玄関先にうずくまる女の姿だ。さらに女の周囲に雪を散らしてみる。ちょうど今日みたいに。うん、そう、こんな感じだった。思いだしてきた。あれはクリスマス・イブだったのだ。

 日付が変わる、そんな時間帯。大学の酒盛りから帰ってきたところだった。頭の雪を払い落としながら、部屋のキーをポケットに探してたオレは、ふと眼下にひとの気配を感じた。

「わあっ!・・・な、なんだ・・・?」

 アパートの薄暗い渡り廊下の奥に、小さく丸まった人影。なんだなんだ?と思って目を凝らすと、その女もこちらを見た。泣きそうな顔だ。年の頃はオレより3っつ4っつ上ってとこで、25~6って感じ。スラリとしたスタイルが、タイトなベージュのコートの下から伸びる長い脚からうかがい知れる。しかしそのパンプスを履いた足下は、軒先から吹き込んだ雪がはり付いて、しかもそれがすでに凍りかけてヒビなんか入ってたりして。つまり、どれくらいここにいたの?といった風情。ふくらはぎをすり合わせてもじもじする姿が、実に寒々しいというか痛々しいというか。黄金のショートヘアーから顔、頸までをマフラーでぐるぐる巻きにして、なんとか体温の維持に努力を払ってたらしいが、そのマフラーの奥に垣間見える化粧っけのない唇が真っ青。その厚めの上唇の真ん中にうがたれた小さなホクロが印象的で、今でもそのときのことははっきりと覚えてる。

「い・・・行き倒れ・・・さん?」

 古風な物言いだが、その姿は「雪中の遭難者」と表現せざるをえない。この都会でか?

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