第5話 そーれ聖女! 聖女! 聖女!

 

 

「しつこいな、あの偽乳特戦隊ども」

 

 もうすっかり呼び方が定着した連中への文句をこぼしながら、静かにドアを閉める十夜。

 あの偽乳特戦隊ども、一度は涙目で逃走したにも関わらず見事復活し、十夜の前に立ちふさがってきたのだ。

 うっとおしくなったので、十夜はしばらくこの部屋に隠れる事にした。

 

 十夜は部屋の中を見回す。

 今まで見た部屋より調度品がやたら多い部屋だ。

 高そうな絵画。金銀輝く化粧台。フリフリのドレスが沢山掛けられたハンガーケース。豪華な天蓋付きベッド。ベッドの上で上体を起こし、呆然とこちらを見やる聖女様。

 

「……あれ」

 

 人いますやん。

 十夜は、これから隠れる部屋に誰かいないかを確認していなかった。

 十夜はちょっぴりお馬鹿であった。

 

「あなたは、勇者様」

 

 声を掛けてくる聖女様。

 だが、なぜか躊躇するような仕草を見せていた。

 こちらと視線を合わせない。その顔は、まるでゆでダコのように赤くなっている。

 

 

 十夜は。

 まだ、下半身丸出しのままだった。

 

「キャー!」

 

 十夜は黄色い悲鳴を上げつつ、手近にあったドレスで下半身を覆う。

 哀れ、超高級ドレスは十夜の腰蓑と化した。

 手間隙かけてドレスを作り上げた職人が見たら、頭から火を噴いて激怒するであろう。カム着火インフェルノするであろう。

 

 先に悲鳴を上げられやや狼狽した様子の聖女様だったが、さすがはお偉いさん。

 十夜が下を隠すと、すぐに気を取り直して話しかけてくる。

 

「申し訳ありません、何かあったようですね」

「……ああ、悪逆非道のオーク退治をする羽目になった。あと、偽乳特戦隊との死闘があった」

「偽乳……? そちらはよくわかりませんが、やはり教皇様が何かしでかしたと」

 

 オークで通じた。

 どうやら聖女様も、教皇の事をオークっぽいと思っていたようだ。

 十夜はこの聖女に好感をもった。おっぱいでかいし。

 

 

 と、この部屋に近づいてくる者達の気配を感じ、十夜はベッドにダイブする。

 見事なダイブだった。

 

「えっ、ちょ。勇者様!?」

「すまん追われているんだ。匿ってくれ!」

 

 布団の中にもぐりこむ十夜。

 正直、衛兵達から逃げるのは簡単だ。

 でもなんとなく、この聖女様は味方になってくれそうな気がした。

 ならば、これはイベントフラグだ。回収しなければ。

 

 そんな使命感に燃えつつ。十夜は聖女様の香りと体温を全身で余す所無く感じ取った。

 薄手の寝巻き一枚しか身にまとっていない聖女様は、とてもエロかった。

 隠しているとはいえ、ほぼ下半身丸出しでそんなエロい女の子と同じ布団の中に潜む。

 十夜の愚息はエレクチオンした。充填率は120%。油断すれば、エレクチオンバスターを放ってしまう恐れがある。男はみんな、放出系能力者なのだ。妄想する事はできても、具現化するのは難しい。

 

「聖女様! 勇者様が逃走しました。ここも危険があるため、我々が護衛します! それと、奴は相当なおっぱいソムリエである様子。教団一のナイスおっぱいを誇る聖女様を狙う可能性があるかと」

「いえ、護衛は不要で……えっ」

 

 扉を開け放ち現れたのは、偽乳事件の場にいた衛兵。

 偽乳隊長に恋焦がれていた彼は、騙されていたと知り混乱していた。

 不敬罪で逮捕されるレベルの発言を堂々と放ち、荒く息をつきながら聖女の下へと歩み寄る。

 

「護衛は不要です! 近寄らないで下さい!」

「ああっ、聖女様。本当に危険なのです。おっぱいが危ないのです!」

「出てい……ええい触るな、出て行け!」

「あああ! そんなご無体な!」

 

 聖女は、変態を部屋から叩き出した。

 当然の判断である。変態は周囲から冷たい視線を集めつつ、今日も空気を吸わせて頂いてありがとうございますと感謝しながらひっそり生きていかねばならないのだ。

 

 そんな事を思いながら、十夜はひょっこり布団から顔を出す。

 この部屋に鏡はあったが、残念ながら十夜を映し出す角度では無かった。

 

「どうやら変態は叩き出されたようだな……これで安心だ」

「もう一人の変態も叩き出したいのですが」

「まぁ待て。話せばわかる」

 

 十夜はキリッとした表情をし、真剣な声色で聖女に語りかける。

 

「聖女様。つかぬ事をお伺いしますが、おっぱ」

「ふざけた話だったら、部屋から叩き出します」

「真剣な話なんだ。聞いてくれ」

 

 十夜はおっぱいのサイズを聞くのを止めた。

 そして、この場に相応しい話題を求めて目を彷徨わせる。

 ジト目で十夜を見つめる聖女。冷や汗びっしりの十夜。極限であった。

 だが、聞くべき事はそう難しくない。十夜は咳払いし、聖女様の顔とおっぱいに交互に視線を向けつつ問いかける。

 

「……えーっと。そもそも、なんで召喚なんてしたんだ?」

「戦力を得るためです」

「ストレートだな」

 

 聖女は指を突き出し、学生に教える教員のような空気を放ちつつ十夜への教授を開始する。

 なんかエロい。おっぱいがでかい女の子が薄着でいるというだけで、なぜかその場の空気はエロに支配される。不思議な事もあるものだ。

 

「時空の彼方より人を召喚する魔法。召還者の命を代償に、勇者へと力を与える儀式。いまこの国は、戦力を必要としています。ゆえに封印されていた召喚陣を再起動し、あなたを呼びだしたのです」

「俺みたいなの呼びだしても……って、ちょっと待て」

 

 聞き捨てならない言葉を聞いて、思わず十夜は取り乱した。

 

「命を代償に?」

「はい。これを知っていたのは一部の者のみですが、言い伝え通りならば私は死ぬはずでした……どうやら言い伝えは間違っていたようですが」

「……え。なんか重いんだけど」

「重いんです」

 

 

 そういえば、偽乳隊長はやたら聖女様の様子を気にかけていた。

 あいつはこの事を知っていたわけか。なんかギャグキャラっぽい奴だったけど。

 

 十夜は自分の責任を棚に上げ、そんな事を思った。

 偽乳隊長がギャグキャラみたいな行動をしていたのは、基本的に十夜のせいなのだが。

 

「いや、まぁ……命が無事なんだったらいいけどさ」

 

 なんとも居心地が悪くなり、頬を掻きながら十夜は返答した。

 真っ直ぐ十夜を見つめる聖女。なんだか妙に目を合わせにくい。

 

 そんな十夜に対し、聖女様はつっぱりを放ってきた。寄りきりしようと迫ってきた。

 

「勇者様。教皇様には幻滅したかもしれませんが、救いを求める声が大きいのは事実です。私達に力を貸してくれとは言いません。でも、もしこの世の命を哀れに思うのであれば。ぜひとも、ご慈悲をお願いします」

 

 そう言って頭を下げる聖女。

 重い。重すぎる。

 薄手のシャツの襟元から覗くたわわなおっぱいも重そうだ。

 

「……ああ、わかったよ。俺は、捨てられた子猫を見捨てて置けないタチだからな」

 

 再び頭を下げる聖女。

 おっぱいがぽよんぽよんと踊った。

 十夜の持つマッスルタワーも、脈動に合わせ軽快なステップを刻み始める。重苦しい空気など、ものともしない。

 

「ありがとうございます」

 

 それだけ言うと、聖女は沈黙した。

 なんか空気が重い。居心地、超悪い。

 巨乳美少女と一つベッドの上にいるというのに、この空気はなんなのか。

 

 

 十夜は救いを求めた。

 そして、救いの手はすぐにやってきた。

 これというのも、自分の日頃の行いが良いためだろう。十夜はそう判断した。

 

『おーい、転送の準備が整ったぞ。もう呼び戻してよいかの?』

『助かったっ! ニア、今すぐ転送してくれ!』

『わかった、ではいくぞ』

 

 十夜の体を光が覆う。

 空間が捻じ曲がる。これが転送か。

 

 十夜は聖女に手を振り、別れの挨拶をした。

 

「じゃ、俺ちょっと温泉巡りしつつ世界を見て回ってくるわ。聖女さんも、せっかく拾った命だ。有効活用してくれ」

「……はい」

 

 聖女は無表情のまま頭をさげ、それを見送る。

 最後まで、空気もおっぱいも重い女だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 転送途中、暇になった十夜はニアに話しかける。

 どういう原理かわからないが、伝えたいと思った事は口に出さなくても伝わるらしい。

 

『聖女様、いい人っぽくなかったか? なんか重いけど。あんな教皇に権力持たせるぐらいならあの人に力をあげれば良いだろ。お前一応神様みたいなもんらしいし、なんかあるだろ。神託を与えるとか』

『いい人、というのも考え物じゃのー。それは誰にとっていい人なのじゃ? ただの八方美人であれば、声の大きい輩にただ振り回されるだけで終わるじゃろうなぁ』

 

 ニアはなんかモグモグペロペロ言いながら十夜の問いに答えた。

 こいつ、人が真面目に話してるのに何か食ってやがる。

 

『ま、あの聖女はただ八方美人というわけでもなさそうじゃが……人の上に立つには、まだまだ足りん。人の悪意を、世界の醜さを知らん輩に世の中を良い方に動かす事などできやせんよ。なんせ、なぜ世界が醜いかを理解できておらんのじゃからな。儂は自分の意思のない偽善者は嫌いじゃ。反吐がでるわ、ペッ!』

 

 そう言って唾を吐く自称神様。

 こいつひでぇ。

 

 

 

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