第5話 苦肉の対抗策
対峙する二人。
先程の手合わせとは違い、今度は岸の方から攻撃を仕掛けていった。
岸の右手がニュルリとウネリを上げ、益美の身体に触手が「攻め」てくる。
捕まれば触手は「責め」になる。触手責めになれば抗う術は無い。
触手の恐ろしさと気持ち良さ。その身を持って体感した益美だからこそ、この初撃の対応次第では一瞬で決着が着くと判断出来た。
最強の空手家と謳われた大山益美。相手が格闘家であれば、如何なる攻撃も対処は出来る。
だが、相手は格闘家である前に、触手である。払おうが受け流そうが、どの様に対応しても、絡めとられるのがオチである。
最強の空手家でありながら、触手を前にしてあまりにも無力。
だが問題はそれだけでは無い。岸の繰り出した触手があまりにも魅力的であり、愛おしいのだ。
触手に嬲られ、その魅力に取り憑かれた益美は既に触手の虜となっている。
条件反射と言ってもいい。
目の前に触手を突き付けられたら、無条件で屈してしまう。
それ程、触手の魅力に取り憑かれているのだ。
益美の中にある女としての本能が、触手を細胞レベルで渇望する。
それに抗う様に格闘家としての本能が、触手を拒絶する。
女としての本能と格闘家としての本能が、お互いに鬩ぎ合う。
勿論、女としての本能が圧勝する。格闘家としての本能など瞬殺。それが触手に責められた者の、哀しい
格闘家として触手に対抗出来無い上に、女としては触手を受け入れようとしている。
このままでは益美に万が一にも勝ち目は無い。益美もそれを理解していた。
岸に抱えられながら移動している時、己が負けるビジョンしか見出せない自分に苛立ちを覚えながらも、必死になって自分が勝つ為の策を練っていた。
しかし、考えに考え抜いても良策は思いつかず、そのまま岸と対峙する事に。
そして今、益美の前に岸が繰り出した触手が迫り来る。
対抗策は無い。
むしろこのまま触手に嬲られたいとまで思っている。
狂おしく、愛おしいまでの触手。抵抗などしてどうするのか?
愛する物を受け入れるのに、何故抵抗しなければならないのか?
受け入れればイイ。
素直になればイイ。
取り入れればイイ。
迫り来る触手を前に、万策尽きた益美は触手への愛を受け入れた。
素直に触手を受け入れる、その判断が益美の中で鬩ぎ合っていた二つの本能を一つに纏め上げ、触手への対抗策を生み出すことになるのであった。
バチンッ!!
岸の触手が弾かれた。
如何なる格闘技であろうとも、岸の触手を弾くことなど不可能である筈。
だが、弾かれた。空手家の益美が弾いたのだ。
右手の触手が弾かれたのなら今度は左手でと、新たなる触手で益美に襲いかかるが、これも同じく弾かれる。
岸は自らの触手が弾かれたというにも拘らず、不敵な笑みを浮かべた。
そう、まるで触手が弾かれたことを嬉々とするが如く、益美の対応に喜んでいるのだ。
「ふむ、良い判断だ。いつまでもカビの生えた格闘技である空手なんぞにしがみ付いていたら、初撃で勝負は決していただろうからな」
岸の言う通り、本来であれば初撃で決まる勝負であった。だが益美は触手を弾いた。それも二度に渡り。
まぐれなんかでは無い。益美は触手拳への対抗策を導き出したのである。
触手を受け入れたい。でも岸の触手を受け入れれば敗北する。
この鬩ぎ合いが益美を悩ませていた。
そんな益美が悩んだ末に導き出した答えが「触手は受け入れるが敗北はしない」である。
つまり…。
「これが私の…触手拳だ!」
益美の身体が岸の様に揺らぐ。
岸の動きと比べると精彩を欠くが、触手拳の形としては悪くない。
触手を受け入れて敗北はしない。それを実現させるには、益美自らが触手化するしか術は無かったのだ。
だが、それは空手が触手に勝てないと認める事にもなる。人生の殆どを空手と共に歩んできた益美にとっては、苦渋の選択でもあった。
しかし、益美は空手家である前に格闘家でもある。
格闘家として「敗北」するぐらいなら、空手を捨てる覚悟も必要だと判断。
そしてこれは空手では最強にはなれぬと判断し、触手拳を最強の格闘技と認めた瞬間でもある。
だからこそ岸は笑みを浮かべている。
もしも益美が命を懸けると言って起きながら、最後まで空手にしがみ付いていたら、触手拳で嬲り続けて昇天させていたことだろう。
益美は命を懸けた極限状態に追い込まれる事によって空手を捨て、最強の格闘技である触手拳を選択したのであった。
そしてそれこそ、岸が望んだ展開でもある。
元々、岸は一人での修行に限界を感じていたところであった。
共に触手道を邁進し、切磋琢磨に技を磨きあえる、そんな触手仲間を求めていた。
そこで岸は、せめて組手が出来る程の相手を得ようと、一計を案じることに。
触手拳の強さの確認と、触手仲間の勧誘を同時に行う為の、不躾なる手合わせを画策。
その標的となったのが、天才空手少女として名を馳せていた大山益美であった。
触手を知り、それでも立ち向かってくる向上心と触手への渇望。
新たなる触手仲間としての素質は、充分に兼ね備えていた。
ここまで順調に岸の思い通りに事は進み、益美は岸の掌の中で踊らされているに過ぎなかったのだ。
そしてここから先も、岸は自分の思い通りに事を進めようと動き出す。
「中々見事な触手拳だ。触手を愛する者にしか繰り出せぬ、見事なまでの触手捌き。素人が即興で真似できる動きでは無いのだぞ?」
岸は益美の触手への愛を称賛する。だが、触手を愛するだけで触手拳の使い手になれるわけでは無い。
触手を愛し、そして触手に愛される事こそが、触手拳の使い手としての必須条件。
はたして益美は触手に愛されるや否か?
岸の触手が再び益美へと襲い掛かるのであった!
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