第2話 最強の象形拳
若き日の岸ベシローは、最強の格闘家を目指していた。
漢なら誰もが一度は夢見る「最強」の二文字。多くの格闘家が最強への頂きを目指し、その殆どが夢半ばで頓挫する。その険しい道こそが最強への道のり。
岸もまた、多くの格闘家達と同じく最強への道のりを歩む格闘家であった。
だが、岸は思い悩んでいた。自分の歩む道が本当に正しいのかと。
格闘家として才能に恵まれた岸。幼少時より多くの格闘技を習い、それを習得してきた岸だが、自分が最強だという自覚は感じられなかった。
誰もが習ったことのある格闘技、それを習得したところで本当に最強になれるのか?
なれるとするのなら、とっくに誰かが最強になれたのではないだろうか?
最強の格闘家と名高い者は歴史上、数多く存在する。だが、最強の格闘技と呼べるものは存在しない。
最強を名乗る格闘家がいるにも拘らず、最強の格闘技が存在しないのは如何なものだろうか?
そこで岸は考えを改めた。最強の格闘家を目指すのならば、最強の格闘技を見出すことから、始めなくてはならないのでは、と。
それから岸は多くの格闘技の中から、最強の格闘技と呼べるものを模索した。だが岸の努力は虚しく、最強と呼べる格闘技は見出せなかった。
そんな岸が探した求めた格闘技の中で、唯一興味を示したのが象形拳。動物の動きを取り入れた、中国発祥の拳法である。
もしも最強の生物を模する事が叶うのならば、象形拳は最強の格闘技になりうるのではないかと、そう考えたのだ。
しかし、恐竜を模した象形拳ですら最強にはなれないのが現実。
恐竜よりも強い生物を知らぬ岸にとって、それは象形拳が最強になり得ない事を示していた。
そんなある日のこと。思い悩む岸が早朝、日課のランニングで河原を走っていると、橋のたもとに漫画本が落ちているのを発見した。
よく見るとそれはエロ漫画。格闘技一筋の岸にとって、それは全く興味の無い代物であった。
普段ならば無視して通り過ぎる岸。だがその時の岸は違った。
岸の目の前に落ちているエロ漫画から、何やらオーラの様なものを感じたからである。
岸は何気無くエロ漫画を拾い上げると、パラリと見開いた。そして驚愕する。
「……っ⁉︎こ、これはっ!」
岸の目に飛び込んできたのは、見開きによる触手に絡まった女の子の、あられもない姿であった。
触手は女の子を完璧に捉えると、その自由を奪うだけでは無く、女の子に無数の触手で責め立てているではないか!
だが、女の子は触手に抵抗する素振りを見せながらも自ら腰を動かし、嫌がる様に見せながらも、更に触手を求めている。
この矛盾した動きこそ、触手の本質なのではないかと、岸は考察した。
触手は相手に絡みつき、動きを封じながらも全身への攻撃も忘れずに繰り出す。まさに攻防一体。
これは格闘技における最も理想的な形と言えよう。
さらに触手による攻撃は、相手の戦意を消失させる。
だのに触手による攻撃を受けた者は、触手を渇望する。なんとも矛盾しているのでは無いだろうか?
普通、攻撃とは受けるなり、流すなり、払うなりと、忌避して防御するものなり。
だが触手の攻撃は違う。相手が求めるのだ。心の底から、全身全霊を以って、触手を渇望させるのだ。
この様な攻撃が、格闘技の世界に存在しただろうか?
勿論、否!
触手とは格闘技よりも更に高位の、別次元の存在。相手を殴るなり蹴るなり、破壊することしか考えない格闘技とは、一線を画する存在。
硬さと柔らかさを兼ね備え、伸縮自在で女の子が欲して止まない…それが触手という存在。
岸は遂に辿り着いたのであった。エロ漫画を片手に持ちながらではあるが、最強へと向かう道のりの、その出発点に。
触手拳こそ最強の格闘技と考えた岸は、一人山に籠りながら修行の日々に明け暮れた。
岸の身体には硬さはある。だが柔らかさが足り無い。そう思った岸は全身を柔らかくすることから始めた。
毎日の過酷なまでのストレッチにより、岸は柔軟性を得た。勿論、それだけでは触手拳はマスター出来ない。
硬さと柔らかさ、それを備えることが出来たのであれば、あとは全身の触手化。
指先で完全なる触手の動きを再現。それだけなら、凡人でも成しえる事は可能であろう。
だが、触手拳は全身の触手化こそ、最大の目標。指の一本の触手化に成功すれば次は二本同時の触手化。それが済めば三本、四本と増やしていく。
触手を一本増やすごとに難易度は数倍に跳ね上がり、全身を触手化するともなれば、生まれ持った才覚を以ってしても困難な所業。
しかし、それを岸はやり遂げた。最強への憧れから、不可能に近いと思われる完全なる触手化に成功したのであった。
岸が夜なべして作ったお手製の木人。全身を触手化した岸が絡みつくと、難なくそれを破壊。
木人ごときでは岸の相手など、つとまる訳が無かった。
こうして全身の触手化には成功したものの、対人バトルが未経験のままでは、最強と呼べる訳が無い。
触手拳の更なる飛躍の為に、岸は山籠りを一旦中断。
一年ぶりに山を下りる岸。その手に握りしめているのは「天才空手少女 大山益美 15歳 世界選手権五連覇の覇業」の文字が書かれた古新聞。
去年の新聞ではあるが、恐らくは六連覇を成し得たと、岸は確信する。
強者は強者を知り、お互いに引き寄せられるもの。岸と益美もそうである。
今もなお、最強の座に君臨しているだろう益美の元へ、最強の格闘技と信じてやまない触手拳を引っさげた岸が、心躍らせながら向かうのであった。
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