第26話 慰める者



『愛なくして触手語らず、触手なくして愛を語らず』



 触手拳が開祖、岸ベシローの綴った『触手の教え八箇条』の一つである。


 触手道を邁進する者にとって、絶対に忘れてはならない教えであり、基本理念とも言える言葉でもある。



 触手に最も必要なものは愛であり、愛に最も必要なものは触手であると。

 触手と愛、この二つはまさに同義語では無いかと思わせるその理念こそが、触手拳の使い手をここまで強く成長させたのだ。



 触手拳の英才教育を受けて来たショクシュ子は、触手と言う名の愛に育まれる事によって得た強さを兼ね備えている。


 故に、目の前に相対する華の持つ『自身すら愛することをせずに得た強さ』とは、ショクシュ子には何とも奇異に見えるのだ。



 愛によって最強の強さを手に入れた者と、愛を欠如することによって最強の座に居座る者。

 真逆の道を歩みながらも、向かうところは同じ最強への頂き。


 最強の座に愛は必要か否か、この死闘を制することによって、それが決まると言っても過言では無かった。






「あなたは…あなたは間違ってるわ!」


 血塗れのショクシュ子による悲痛な叫び。勿論、華の心に届くわけがない。


「何が間違ってるって言うのかしら?満身創痍で敗色濃厚のあなたに意見される謂れは、何も無いと思うけど?」


 華の言うことはもっともである。負け犬が何を言ったところで、全ては遠吠えであり戯言。

 窮地に立つ者が諭す言葉を吐いたところで、説得力など皆無に等しいのだから。


 しかし、それでもショクシュ子は語る。


「あなたは愛を知らない!だから人を傷付ける事も傷付く事にも抵抗が無いのよ!そんなのが本当の強さだって言うの⁉︎本当の強さってのはね、守るべき物があるからこそ培う事が出来るものなのよ!」


「…吐き気がする程の偽善ね。愛などと言う幻想を語る者が、本当の強さを理解出来るとでも?」


 血みどろになりながらも華を否定するショクシュ子を見て、華は大きく溜息を吐いた。


「笑わせてくれるわね!くだらない妄言で私が手を抜くとでも思ってるの⁉︎最強ってのはね、たった一人にだけ与えられる称号なのよ!最強とは唯一無二、つまりは孤独の中に存在するもの!孤独に生きる最強が何故、愛なんて幻想にとらわれなくちゃいけないのよ⁉︎」


「…最強を名乗る者が、何故そこまで怯えてるの?」


「はぁ?」


「私の目には愛に対して異常に怯えることしか出来ない、哀れな子羊にしか映らないけどね。愛されるのが怖いから人を傷付け、愛するのが怖いから孤独に生きる。ただの臆病者が最強を名乗ることほど、滑稽なことなんて無いわよ?」


 ショクシュ子の言葉が華の心に突き刺さる。


 的を射たと、自覚があるだけに華の顔は真っ赤に染まった。


「だっ…誰が臆病者だ!私は…」


「怯えて無いのなら他人を愛してみればイイわ。でも、その前に…自分自身を愛する努力が必要ね。これから私に敗北して最強では無くなるのだから、孤独を卒業する準備を始めておかないと!」


「……!」


 華の纏う殺気が最高潮に達した。


 目の前にある触手を切り刻む、ただその思考のみに身を委ねて、華はショクシュ子に襲いかかった。



 迫り来る華の猛攻。至近距離による鋭利なる鎌と、愛の権化たる触手とが、激しいぶつかり合う。


 お互いに引くことの出来ない死闘。実力は蟷螂拳の使い手である華の方が有利に思われた。


 しかし、触手拳の使い手であるショクシュ子がジワジワと盛り返し始め、いつの間にか互角の闘いへと展開する。


 勢いのあるショクシュ子と互角では時間が経つにつれ、華が不利になるのは明白。

 拮抗した戦局が、華の方から崩れ始めた。






 華とショクシュ子の実戦経験の差。これが明暗を分る事になる。


 二人とも幼い頃より対人バトルでの実戦は重ねて来た。しかし、華が殺意を持った刺客との死闘を重ねる中、ショクシュ子は道場での組手がメイン。

 この死闘の経験の差こそが、二人の実力の差として現れたのだ。



 死闘による経験の少なさがショクシュ子を不利に。しかし、その経験の差を埋める事となったのが、今現在の華との死闘である。


 奇しくも華との死闘を続ける事により、闘いながらショクシュ子は成長。

 目に見える早さで華との経験の差を埋め、互角の勝負へと持ち込んだのだ。



 逆に華には誤算があった。それは無敵とも思われた奥義無手鎌八ムッシュカマヤツによる遠距離からの戦闘経験が、至近距離での戦闘経験を著しく少なくしていた事にある。



 蟷螂拳のトップに就任し、それをよく思わない輩から毎日の様に刺客に狙われる華。

 それを撃退し続けたのが、未だかつて誰にも破られたことの無かった奥義無手鎌八ムッシュカマヤツ

 相手が近付く前に鎌鼬によって屠る為、至近距離での戦闘よりも圧倒的に遠距離での戦闘経験が多くなるのだった。



 道場でも嫌われ者の華と組手をする者など殆どいなかった為、無手鎌八ムッシュカマヤツに頼った戦闘スタイルが至近距離を不得手とする形に、拍車を掛けるのであった。



 そんな戦闘スタイルを確立させた華に、ショクシュ子の奥義爆指八鞭八バクシヤムチャが奥義無手鎌八ムッシュカマヤツを攻略。

 不馴れな至近距離での戦闘を、余儀無くされる事になったのだ。



 闘いながら成長するショクシュ子の様に、華もまた、ショクシュ子同様に闘いながら成長すれば良かったのだ。

 そうすれば至近距離での経験も得ることに。



 しかし、華はショクシュ子との死闘から学ぶべき事を受け入れなかった。

 華はショクシュ子の実力を認めてはいるものの、ショクシュ子の触手を受け入れる事に拒否反応を示していたのだ。


 触手の動きに対応する事が、愛の権化である触手を受け入れる様な気がしてならない。

 つまり、愛を受け入れる事への抵抗が、触手から学ぶことへの拒否反応へと繋がるのであった。


 そんな華のとった行動が、触手を切り刻む事だけに集中した戦闘。


 愛を拒絶するからこそ触手を拒絶する。


 拒絶するからこそ切り刻む。


 切り刻む事だけに集中するから、ショクシュ子の成長速度に対応が間に合わない。





 俄然不利となった華が、焦って大振りの鎌を繰り出してしまう。

 勿論、その隙を見逃すほどショクシュ子は甘くはない。


 攻撃を受け流すと同時に華の後ろへと回り込むショクシュ子。

 そして自らの四肢を触手化し、華の四肢へと絡み付かせた。









「奥義!マンG固めショクシュパスホールド!」


 後ろからタコの如く絡み付くと、四肢の動きを抑えこみ、華の動きを完全に封じ込める事に成功。

 一度に四肢を封じる事により、奥義斬逆酷受ザンギャクヒドウをも封じる事へと繋がった。


 しかし、奥義マンG固めショクシュパスホールドは、相手の動きを封じる為だけに絡み付く奥義では無い。触手が絡み付いた華の右腕が、ギリギリと上へと伸ばし始める。

 それは華の意思を無視した、ショクシュ子による強制的な動きであった。


「もう、分かるわよね?これから私はあなたの鎌化した右腕を、あなたの急所に振り下ろす!」


 自らの鎌による、自身への攻撃。


 それは奥義斬逆酷受ザンギャクヒドウでも分かる通り、ショクシュ子がしなくても、華が自らが行なって来た事。


 しかし、ショクシュ子が傷付けるのは華の急所。その意味が分からない程、華は子供では無い。


 華の頬を冷や汗が流れ落ちる。


 自らの急所が裂け、流血する事に不安を持たない女の子がいるわけが無い。

 それも自らの手で裂く事になるのだ。これ程、惨めなことは無いだろう。



 傷付くのが嫌ならば、鎌化を解けばイイ。そうすれば傷が付くことは無いのだから。


 だが、想像して貰いたい。鎌化せずに、普通に右手で自らの急所を攻撃した時、どの様な気持ちになるのかを?




 …恐らく、とても気持ちが良いことであろう。

 しかし、その気持ち良さの果てに待ち受けている、去来する虚しさも忘れてはならない。


 自分で自分を慰める、その虚しさは…一人で生きるものにとって、避けることの出来ない大いなる虚しさ。


 孤独に生きる華は、虚しさから逃げる為にも、自分を慰める様な行為を一切して来なかった。


 愛してもいない自分自身を慰めるのは、なんとも滑稽であると、そう感じていたからである。



 そんな華に対して、マンがGなる奥義マンG固めショクシュパスホールド

 その奥義の真髄を理解した時、華は二つの選択肢を選ばされる事に。




 自身を愛する事を頑なに否定して、自ら急所を傷付けるのか?


 それとも自分を慰めて、虚しさを得るのか?




 …どちらにしても、華にとっては屈辱的な選択しか無い。ならば答えは一つ。今までの人生を否定しない。それが華の出した答えだった。


「とっとと振り下ろせばイイ!私の鎌がどれだけ鋭利だろうと、貴様なんかに屈するわけが無いだろうが!」


「この…分からず屋がっ!!」


 華の断固たる覚悟にショクシュ子は、仕方なしにと右腕を振り落とすのだった。




 鋭利なる鎌が華の急所を貫く直前…ショクシュ子は舌先を触手化させると、華の耳へと滑り込ませた。


 突然、耳を触手によって責められた華は、思わず全身を弛緩させる。

 鋭利なる鎌は脱力した腕となり、華の急所へとぶつかった。






 …急所からの流血は無かった。


 痛みも無い。


 寧ろ、気持ちイイ。


 ショクシュ子はそのまま華の右手で急所へと攻撃を繰り返す。

 華は必死で抵抗を試みるが、耳への触手責めが余りにも敏感に反応してしまい、上手く身体に力が入らない。





 抵抗出来ない悔しさと、触手に纏わり付かれる気持ち良さ、そして自分を慰める虚しさと、多くの感情が入り乱れた華は、急所から勢い良く体液を放出するのであった。


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