第23話 居合



 母親に捨てられ天涯孤独となり、犯罪に手を染め始めた頃の華は、主に万引きで生計を立てていた。



 市場にて、誰も見ていない瞬間を見計らって食料をポケットにねじ込む。

 それを後で食べるのが日課だった。


 ポケットに食料をねじ込む、その動作を誰かに見られてはお終いだ。

 捕まればどんな目に遭うか、自分を疎ましく思っていた実の母親の折檻を思い返せば、容易に想像がつく。



 辺りの視線を確認しながらでは怪しすぎる。

 怪しく無く、平然と食料をポケットにねじ込むには、いかに素早く手を動かすかが鍵であった。


 最初は手をプラプラとさせながら万引きをしていた。

 しかし、ポケットに食料をねじ込んだあと、プラプラしていた手をポケットに忍ばせるのは、とても怪しい。


 より素早く、怪しく無い動作を考えた華が行き着いたのは、最初からポケットに手を入れている状態からの万引き。



 辺りに人が居ない時にポケットから手を出し、瞬時にポケットに食料をねじ込む。

 余程の動体視力の持ち主でも無い限り、ポケットに手を入れたままにしか見えない看破不可能な程の、恐るべき速さの万引きを華は繰り返していた。


 この動きを会得することによって、後の格闘家としての華が形成される事になる。





 華は万引きが手慣れてくると、食料だけでは飽き足らずに金銭も盗む様になった。


 そして大き目のポケットの服を用いて、市場を闊歩する様に。


 あまりの速さ故に盗んだ瞬間を目撃出来る者は皆無であったが、買い物もせずに市場を練り歩きながら、みるみるポケットが膨らむ華。


 それを見て誰もが最近多発している、窃盗被害の加害者では無いかと判断したのだ。




 そんな華を警察に突き出したところで盗まれた物が返ってくる保証も無いし、すぐに釈放されては、また被害が出る可能性もある。


 反日感情が高まる中国において、日本人とのハーフだと噂されており、市場に深刻な被害を齎す悪餓鬼である。

 警察に突き出すよりも、自分達で捕まえて二度と悪さが出来ない様、リンチするのがイイと大人達は話し合った。


 市場の関係者達に指名手配のビラを配り、そこに体調を崩した華がノコノコとやって来た。


 異変を察知して逃げ出した華ではあったが、如何せん多勢に無勢。遂に追い詰められる事に。


 取り囲んだ男達が華へとリンチを開始するが、最初に手を出した男が血飛沫を上げながら、その場に倒れ込む。


 両手をポケットに入れたままの華は、武器を隠し持っていると判断され、残りの男達も手に武器を持ち、リンチどころか殺す勢いで一斉に襲いかかって来た。



 意識が朦朧としている華は先程までの恐怖から来る、足の竦みから解放されていた。


 男達の武器による一斉攻撃。


 朦朧とする意識の中、華は思った。何故、ここまで遅い攻撃なのか、と。


 男達の殺気により、華の防衛本能はその天才的な格闘センスを覚醒させ、男達の攻撃を止まって見える程に感じさせたのだ。


 朦朧とした意識の中で、華は大人8人を切り刻む。それを成し得たのが、素手による斬撃。


 ポケットから素早く手を出し、すぐさまポケットにしまうその動作は、居合道に精通する物があった。



 刀身を鞘から抜き出す動作が敵を斬りつける為の動作の一つと考え、より早く敵に攻撃する為に編み出されたのが居合。


 奇しくもポケットから手を出す動作が鋭利なる斬撃を生み出し、迫り来る男達を八つ裂きにする事になるのだった。


 切り刻まれて、のたうち回る男のウチの一人が言った。


「蟷螂拳の使い手だったか!」


 華の朦朧とした意識の中でも、その言葉は耳にハッキリと残っていた。






 数日後、体調が快復した華のとった行動は、近くにある蟷螂拳の道場への視察だった。

 斬撃を得意とする蟷螂拳。ここに自分と通じる何かがあると感じた華は、道場に出向いたのだ。


 中国の象形拳にて最も門下生が多く、最も盛んなのが蟷螂拳。探せば道場はすぐに見つかった。




 門番をしていた門下生に見学を申し出るが、汚い格好をした乞食の様な華を門前払い。

 仕方なく、華は少し離れた物陰から道場の様子を伺うのであった。



 翌日、華は同じ様に見学を申し出た。


 門下生の態度は昨日と同じ門前払いだった。しかし、華の態度は違った。


 華のポケットに入れたままの手が震えると、次の瞬間には血飛沫を撒き散らして倒れ込む門下生の姿が。


 異常を察知した他の門下生達がワラワラと集まりだし、その惨状を見て一斉に華に襲いかかる。


 そんな門下生達に、ポケットに手を入れたままの華が奥義を繰り出す。


 たった半日、遠くから眺めていただけで蟷螂拳をマスターした天才は、ポケットから手を抜き出す居合の動作で斬撃を飛ばし、門下生達を血だるまにしていくのであった。


 奥義へと昇華させた斬撃に敵う門下生はおらず、次々となぎ倒されて行く。と、そこに師範代達が遅れて到着。



 門下生を下がらせ、師範と師範代の総勢14名が華を取り囲む。それでも華の優位は揺るがない。

 ものの数分で血の海が広がり、蟷螂拳の使い手達は華の凶刃の餌食となるのだった。






 自身の才に気が付いた華は盗みを辞め、蟷螂拳の道場破りに勤しんだ。


 倒せば倒す程に、自分が強くなることを実感する華。

 メスのカマキリがオスのカマキリを捕食するが如く、蟷螂拳の使い手達を己の糧として、道場破りを続けるのであった。




 華のお陰で潰れた道場は17軒にものぼり、この快進撃を止めるべく、ピンクの象から手練れの格闘家達が派遣された。


 しかし、その全てをも撃破。


 経験を積み、闘えば闘う程に強くなる華は、既に並の格闘家では止めることが出来ない程の、常軌を逸した格闘家へと成長を遂げていた。



 そんな華を倒すのが無理ならばと、ピンクの象は取り込みによる懐柔策にうって出た。



 最初はお金での懐柔を試みたが、お金の為に日本人と付き合って子供を捨てる母親を見てきた華である。

 使者を半殺しにして送り返し、その後は最強の格闘家としての助力を惜しまないという話で合意。



 華は弱冠9歳にて蟷螂拳のトップに迎え入れられた。

 勿論、華に対して憎悪を持つ者は多く、華がトップに立つことを良く思わない者が大多数であった。



 それら反乱分子を抱えながらでの蟷螂拳であったが、華の強さを認識すると表立って反対する者は数を減らす。


 逆に、華を狙っての闇討ちは日に日に数を増し、毎日の様に刺客に狙われる日々を送ることとなった。




 そして16歳になっても蟷螂拳のトップに居座り続ける華。

 その強さはピンクの象にて、最強と呼ばれるまでに成長していた。





 そんな最強と呼ばれる華の元に、一通の手紙が舞い込んだ。日本人からの決闘状である。


 いつも自分に張り付いている刺客達を上手く撒き、指定された決闘の場へと到着する華。


 相手は自分以外の三大天才格闘少女を撃破した、日本の天才格闘少女。それでも華の敵では無かった。




 これまでの闘いと同様、ポケットから居合で繰り出された斬撃の餌食となり、無惨にも目の前で血塗れになりながら、倒れ込むのであった。


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