その30 大人の仕事

「目をつけている軽トラがある。恐らく乗り捨てられたものだ」


 日比谷紀夫さんが、ぎらぎらした眼で私達を見回します。


「まずはその軽トラを確保する。その後、ぐるっと裏門まで回って、すぐそこのコンビニに寄る。できるかぎりの物資をそれに載せて、裏門から戻る。万一、不死者どもが集まってきていた場合は、コンビニを漁るのは別の日にする。……いいな?」


 みんなは頷きます。


「それと……麻田さん、これを」


 紀夫さんは、懐から一丁の拳銃を取り出しました。

 驚く麻田さんに、それを押し付けます。


「自衛隊のキャンプ地で、小早川さんから渡されたものだ。だが、俺には撃ち方がわからん。あんた、警官だってな?」

「あ、ああ……」


 むしろ、警官である麻田さんの方がおっかなびっくりといった感じ。


「ただ、私は総務課だったから。正直、使い慣れてる訳じゃないんだ」

「それでも、俺よりはマシだろ」

「……わかった」

「ただ、銃声は不死者を呼び寄せる。撃つのは最後の手段だと思ってくれ」


 明日香さんが、康介くんにそっと語りかけます。


「なんか、コースケのお父さん、かっこいいですねぇ。ハードボイルドって感じ?」

「……ふん」


 康介くんは、なぜか不機嫌そうに唸るだけでした。


 そういえば紀夫さん、この場所には長居しないとか、そんな感じのことを言っていた気がしますけど。

 康介くんあたりが説得して、思いとどまらせたのでしょうか。

 そのせいかわかりませんが、二人の間には緊張の糸が張り詰めているように思えました。


「俺と麻田さんが出て、軽トラを確保する。その後、車で裏門に向かうから、君たちはコンビニから物資を運びこむ。それだけだ。いいか、決して無理はするな。コンビニは近い。最悪、往復すれば物資の回収はできる」

「あの……」


 私が、おずおずと手を挙げます。


「念のため、お二人に同行してもいいですか」


 すると、紀夫さんは鼻で笑いました。


「女子供に守ってもらう必要はない」


 あー。

 それダメです。死亡フラグです。その手の発言、映画だと絶対死ぬやつです。


「父さん……ッ!」


 異を唱えたのは、康介くんでした。

 見つめ合う父子。

 二人の間で、どういうアイコンタクトが行われたかはわかりませんが、


「……ふん。わかった」


 紀夫さんは、あっさりと折れます。

 まあ、今回は比較的安全とされる圏内を行ってくるだけですし、危険は少ないと思いますが。


 と、まあ、そんなこんなで。


 麻田さん、日比谷紀夫さんに私を加えた三人は、表門を出ます。


 正直、今の私にとっては鼻歌混じりの散歩コースといったところ。

 ただ、かといって調子に乗る訳にも行きません。それこそ死亡フラグです。

 私は気を引き締めて、二人の男性の後に続きました。


 ”ゾンビ”が一匹、ふらふらっと現れたのは、それから間もなくして。


『おおぉ……お……』


「待て。……俺が仕留める」

 紀夫さんが、刃を鋭く尖らせたスコップを構えます。


「引きつけますか?」

「いらん」


 言うやいなや、紀夫さんはものすごい俊敏さで”ゾンビ”に跳びかかりました。

 眉間目掛けて、手早くスコップを振り下ろします。


 おおー。あざやか。


「“彼女”の前で、この話をするつもりはなかったが。……麻田さん。こういう仕事は、大人の、それも男がすべきだ。そういうもんじゃないか?」

「……むう」


 おや?

 何か、話題があんまり面白くない雲行きに。


「聞くところによると、あんたらは子供たちに殺しを任せてたって話じゃないか。言っちゃあ何だが、俺は無責任だと思うね」

「……私達も、そのことについては再三議論してきている」

「こんなもの、釣った魚を絞めるのと変わらん。……あんた、釣りの経験は?」

「ないよ」

「そりゃ、損してる。人生を楽しむ唯一の方法だ」


 明日香さんじゃないですが、たしかにこのオッサン、ハードでボイルドな雰囲気、出てますねー。

 こりゃ、わざわざついてくる必要、なかったかな?


「ほら、トラックはこの先に、……待てっ」


 先導する紀夫さんが立ち止まります。


「くそっ。参った」


 その視線の先には、”ゾンビ”が五匹。

 お目当てと思しき軽トラはその先です。


「数が多すぎる。これは、作戦を練り直した方がいいかもしれん……」


 少し、迷いました。

 もちろん、今の私の腕があれば、五匹程度の”ゾンビ”などあっという間に仕留めることができるでしょう。


 ただ、ドヤ顔さらして、いたずらに力を誇示するというのも考えもの。


 紀夫さんは、私が刀を振るうことをよく思っていないみたいですし。

 時間をかけて、少しずつ私の能力を認めてもらった方が良いかもしれません。

 ですが、話によると、この付近には”怪獣”が潜んでいるかも知れず。

 ここでぐずぐずしているデメリットの方が大きい気がしていました。


 うーん。


 紀夫さんには嫌われるかもしれませんが。

 それもやむなし、ということにしましょう。


「私、行ってきます」


 有無を言わせるつもりはありませんでした。


「おい、ちょっと、君……」


 紀夫さんの言葉を置き去りにして、私は鞘から刀を抜き放ちます。

 タイミングを見計らって、横薙ぎに一閃。

 同時に二匹の”ゾンビ”の頭部を跳ねます。

 さらにもう一閃。三匹目。

 後は、残った二匹の脳天目掛けてパーン、パーン、と、一撃ずつ刀を振りおろすだけ。


 五秒もかかりませんでした。


 ね、簡単でしょ?

 (ドヤ顔)


「な……なっ……」


 言葉を失くしたまま立ちすくむ紀夫さん。


なんだ。……私達が“彼女”に頼る気持ちも、少しは理解して欲しい」


 と、眉間を揉みながら言う麻田さん。


 付着した血液を拭いながら、私は刀を鞘に戻します。


「急ぎましょう。その、……不死者とやらが、集まってくるまえに」


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