その29 新しいルール
その後、魔法についてわかったことがあります。
どうやら魔法の使用には、自分の中にある何らかのエネルギーを消耗するらしく。
魔法、使えば使うほど、ものすごくお腹すくんですよ。
マジックポイント=満腹度
ってことでしょうか? よくわかりません。
今になって思えば、《飢餓耐性》と魔法取得がセットであったのはこういうことだったか、と思います。
とにかく、魔法スキルを取得してからというもの、私の一回の食事量は明らかに常軌を逸し始めていました。
朝昼晩、みんなの三倍ほど食べても、まだお腹に溜まった感じがしないのです。
変な目で見られるのも嫌なので、ほどほどにして席を立つようにしていますが……ううん。
足りない。
足りない、足りない。
足りない足りない足りない足りない!
ぜんぜん足りません!
かといって、限られた食料を独り占めするわけにもいきませんし。
まさか、魔法スキルの取得にこのようなデメリットがあるとは。
その晩、私は生まれて初めて、空腹のため泣きました。
▼
そして、次の日の朝。
重大な発表がある、とのことで、いつものように二年三組に集まると、
「学校裏のコンビニから、――必要な物資を取ってこようと思う」
麻田剛三さんが、重苦しい表情でみんなに言いました。
「……本気ですか?」
噛み付いたのは、体育の女教師、鈴木朝香先生。
「納得できません。アタシら、そこまで堕ちてええんですか?」
「堕ちるって、そういう言い方は……」
「こういう非常時やからこそ、法を守る姿勢を貫くべきと違うんですか? それが教育と違うんですか?」
「気持ちはわかるが……」
「もちろん、“緊急避難”って法律があることくらいは知ってます。でも、アタシらはまだそこまで追い込まれてない。食べ物は十分ある。当面はそれで凌げばいいだけの話やないですか。それで救助を待てば……」
「しかし……」
「盗んだもんに囲まれて救急隊の助けを待つなんて、アタシは……」
「いやだからね、鈴木くん……」
麻田さんが何ごとかフォローを入れようとすると、
「生ぬるい!」
康介くんのお父さん、日比谷紀夫さんが怒鳴りつけました。
その迫力に、一同の視線が紀夫さんに集まります。
「鈴木先生。――若い君に、二つ、言っておくことがある。一つ、『助けは来ない』。半年か……あるいは一年か。いつまでかわわからん。ひょっとすると、永遠に来ないかも知れん。そしてもう一つ。君の言う”法律”は、二度と、……いいかね。もう二度と、我々の行動を束縛することない」
……。
…………。
しん、と。
誰もが口をつぐみます。
「でも……っ」
なおも食い下がろうとする朝香先生に、気がつけば口を開いていました。
「昨日、“ゾンビ”に追われた私は、商店街のドラッグストアに逃げ込んだんですけども」
すぐに後悔しました。
私、みんなの前でしゃべるの、苦手なんですよね。
「私を店に招き入れてくれたのは、以前から顔見知りだったおじさんでした。歳は五十すぎくらいでしょうか」
「それで……?」
なぜ、そんな話を今? と、朝香先生の表情が言っています。
「私、ほうほうの体でそのお店に逃げ込んだんですけども。そのおじさんは、私が店内に逃げ込むと、突然乱暴しようとしてきました」
朝香先生が眼を見開きました。
がたん、と大きな音を立てて立ち上がったのは、康介くんと林太郎くんです。
二人の眼は、こっちがたじろくほどの怒りに燃えていました。
「そいつ……今、どこにいるんです?」
「クソ野郎、殺してやる!」
「ああ……いえ。その人はもう、この世にはいません」
その言葉で、おおよその顛末を察したのでしょう。二人はゆっくりと席に戻りました。
「朝香先生。私、先生の言いたいことがわかります。それが、とても誇り高い意志だとも思います。――でも、きっとこれからは、これまで守ってきたルールとは別の、新しいルールが必要なんじゃないかって、私、そう思います」
話し終えると、朝香先生は軽く眉を揉んで、……深いため息を吐きます。
そして、すたすたと私の元へやってきて、ぎゅっと抱きしめてきました。
あー。
いや。
別に、そーいう慰めが欲しかった訳じゃないんですけど。
むしろあのドラッグストアでの思い出は、私の中ではいい感じに変換されてますからね?
お風呂は入れたし。美味しいものいっぱい食べれたし。
花火綺麗でしたし。
ですが、どうやら今後の方針は決まったようでした。
「食べ物は、可能な限り消費期限が近いものから食べていくことにしよう」
「それと、……トラックだ。あるいはバス。急遽移動することになっても、いつでも全員が避難できるように」
「屋上には雨水を貯めるためにバケツを並べよう」
「そうなると、ウォーターフィルターや水質浄化剤なんかも欲しいところだな。確か、隣町のスーパーにあったはずだ」
この場所で、少しでも長く生きていくために必要なもの。
医療品にガソリン、ガソリン駆動の発電機や、手動の発電機、などなど。
「万一囲いが破られた時のために、バリケードを強化した方がいいと思う」
「机を分解して、一階の窓は板張りにしよう」
「今のうちに野菜を育てる場所を作ったほうがいいのでは?」
皆さん、それぞれ自分の中で意見を温めていたのでしょう。
一度方針が決まれば、後は様々な建設的意見が出始めました。
「それで……コンビニから物資を回収するのは、誰が?」
「言い出したのは私だ。当然私が行く」
麻田剛三さん。
「俺もだ」
それに続いたのは、日比谷紀夫さんです。
「はいはーい! オレもオレもオレも!」
林太郎くん。
「私も行きまぁーす」
明日香さん。
「……私も」
理津子さん。
「俺もだ」
康介くん。
そして、みんなからの期待の視線を一身に受けているのは……私。
うわーい。
この流れじゃあ「いやです」って言えないぞー。
海よりも深く、ため息を吐きます。
「……そんじゃーまー、いきます」
ところで。
私が引きこもりがちの女の子だったって設定、まだ覚えてる人、います?
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