その29 新しいルール

 その後、魔法についてわかったことがあります。


 どうやら魔法の使用には、自分の中にある何らかのエネルギーを消耗するらしく。

 魔法、使えば使うほど、ものすごくお腹すくんですよ。


 マジックポイント=満腹度


 ってことでしょうか? よくわかりません。

 今になって思えば、《飢餓耐性》と魔法取得がセットであったのはこういうことだったか、と思います。


 とにかく、魔法スキルを取得してからというもの、私の一回の食事量は明らかに常軌を逸し始めていました。


 朝昼晩、みんなの三倍ほど食べても、まだお腹に溜まった感じがしないのです。

 変な目で見られるのも嫌なので、ほどほどにして席を立つようにしていますが……ううん。


 足りない。

 足りない、足りない。

 足りない足りない足りない足りない!

 ぜんぜん足りません!


 かといって、限られた食料を独り占めするわけにもいきませんし。

 まさか、魔法スキルの取得にこのようなデメリットがあるとは。


 その晩、私は生まれて初めて、空腹のため泣きました。



 そして、次の日の朝。

 重大な発表がある、とのことで、いつものように二年三組に集まると、


「学校裏のコンビニから、――必要な物資を取ってこようと思う」


 麻田剛三さんが、重苦しい表情でみんなに言いました。


「……本気ですか?」


 噛み付いたのは、体育の女教師、鈴木朝香先生。


「納得できません。アタシら、そこまで堕ちてええんですか?」

「堕ちるって、そういう言い方は……」

「こういう非常時やからこそ、法を守る姿勢を貫くべきと違うんですか? それが教育と違うんですか?」

「気持ちはわかるが……」

「もちろん、“緊急避難”って法律があることくらいは知ってます。でも、アタシらはまだそこまで追い込まれてない。食べ物は十分ある。当面はそれで凌げばいいだけの話やないですか。それで救助を待てば……」

「しかし……」

「盗んだもんに囲まれて救急隊の助けを待つなんて、アタシは……」

「いやだからね、鈴木くん……」


 麻田さんが何ごとかフォローを入れようとすると、


「生ぬるい!」


 康介くんのお父さん、日比谷紀夫さんが怒鳴りつけました。

 その迫力に、一同の視線が紀夫さんに集まります。


「鈴木先生。――若い君に、二つ、言っておくことがある。一つ、『助けは来ない』。半年か……あるいは一年か。いつまでかわわからん。ひょっとすると、永遠に来ないかも知れん。そしてもう一つ。君の言う”法律”は、二度と、……いいかね。もう二度と、我々の行動を束縛することない」


 ……。

 …………。

 しん、と。


 誰もが口をつぐみます。


「でも……っ」

 なおも食い下がろうとする朝香先生に、気がつけば口を開いていました。


「昨日、“ゾンビ”に追われた私は、商店街のドラッグストアに逃げ込んだんですけども」


 すぐに後悔しました。

 私、みんなの前でしゃべるの、苦手なんですよね。


「私を店に招き入れてくれたのは、以前から顔見知りだったおじさんでした。歳は五十すぎくらいでしょうか」

「それで……?」


 なぜ、そんな話を今? と、朝香先生の表情が言っています。


「私、ほうほうの体でそのお店に逃げ込んだんですけども。そのおじさんは、私が店内に逃げ込むと、突然乱暴しようとしてきました」


 朝香先生が眼を見開きました。


 がたん、と大きな音を立てて立ち上がったのは、康介くんと林太郎くんです。

 二人の眼は、こっちがたじろくほどの怒りに燃えていました。


「そいつ……今、どこにいるんです?」

「クソ野郎、殺してやる!」


「ああ……いえ。その人はもう、この世にはいません」


 その言葉で、おおよその顛末を察したのでしょう。二人はゆっくりと席に戻りました。


「朝香先生。私、先生の言いたいことがわかります。それが、とても誇り高い意志だとも思います。――でも、きっとこれからは、これまで守ってきたルールとは別の、新しいルールが必要なんじゃないかって、私、そう思います」


 話し終えると、朝香先生は軽く眉を揉んで、……深いため息を吐きます。

 そして、すたすたと私の元へやってきて、ぎゅっと抱きしめてきました。


 あー。

 いや。

 別に、そーいう慰めが欲しかった訳じゃないんですけど。

 むしろあのドラッグストアでの思い出は、私の中ではいい感じに変換されてますからね?

 お風呂は入れたし。美味しいものいっぱい食べれたし。

 花火綺麗でしたし。


 ですが、どうやら今後の方針は決まったようでした。


「食べ物は、可能な限り消費期限が近いものから食べていくことにしよう」

「それと、……トラックだ。あるいはバス。急遽移動することになっても、いつでも全員が避難できるように」

「屋上には雨水を貯めるためにバケツを並べよう」

「そうなると、ウォーターフィルターや水質浄化剤なんかも欲しいところだな。確か、隣町のスーパーにあったはずだ」


 この場所で、少しでも長く生きていくために必要なもの。

 医療品にガソリン、ガソリン駆動の発電機や、手動の発電機、などなど。


「万一囲いが破られた時のために、バリケードを強化した方がいいと思う」

「机を分解して、一階の窓は板張りにしよう」

「今のうちに野菜を育てる場所を作ったほうがいいのでは?」


 皆さん、それぞれ自分の中で意見を温めていたのでしょう。

 一度方針が決まれば、後は様々な建設的意見が出始めました。


「それで……コンビニから物資を回収するのは、誰が?」


「言い出したのは私だ。当然私が行く」

 麻田剛三さん。


「俺もだ」

 それに続いたのは、日比谷紀夫さんです。


「はいはーい! オレもオレもオレも!」

 林太郎くん。


「私も行きまぁーす」

 明日香さん。


「……私も」

 理津子さん。


「俺もだ」

 康介くん。


 そして、みんなからの期待の視線を一身に受けているのは……私。


 うわーい。

 この流れじゃあ「いやです」って言えないぞー。


 海よりも深く、ため息を吐きます。


「……そんじゃーまー、いきます」


 ところで。

 私が引きこもりがちの女の子だったって設定、まだ覚えてる人、います?

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