その10 ひとあんしん
裏門を施錠した私と女先生は、念のため敷地内をぐるっと見まわったあと、玄関口へと戻ります。
確認の結果、ウチの高校はフェンスと塀、それに頑丈そうな鉄門に囲まれていて、“ゾンビ”が侵入する可能性はかなり低いことがわかりました。
学校って、基本的にどこも外部の侵入を遮断する作りになっているところが多いようで、最初の目的地としてここを選んだのは大正解だったようです。
▼
とまあ、そんな訳で。
イ カ れ た メ ン バ ー を 紹 介 す る ぜ !
なんつって。
いやまあ、別にそこまで変な人はいませんけども。
話によると、ここまで避難してこられた人たちの総数は43名。
子供からお年寄りまで、難を逃れてきた方は少なくありませんが、やはりこの学校の生徒とその家族が多いように思えます。
当然といえば当然かもしれませんが、みなさん疲れきったご様子で、怪我をしている方も少なくありませんでした。
中でも一番の重傷者は、車いすに座った男性のご老人。道中、階段から転げ落ちた結果、したたかに身体を打ったらしく、包帯の上から血が滲んでいるような状態です。
幸い、面倒見の良い息子夫婦に恵まれたお陰で、なんとかここまで来られたようですが……。
……と、まあ、そんな調子で43名全てを一人ずつ紹介する訳にはいきませんので、ここでは主要な人物のみ紹介させていただくことにします。
まず、リカちゃんのパパこと、麻田剛三さん。
少しなよっとした印象がある麻田さんは、それでも警察官だそうで。
一応、このグループのリーダーは麻田さんということになっているようでした。
次に、佐々木葉介先生。
先生は最初から学校にいたんだとか。土日出勤お疲れ様です。
救助を求める人を学校に招き入れたのは、佐々木先生であったようでした。
そして、一緒に裏門を締めに行ったのは、女先生こと鈴木朝香先生。
その際、お互い名乗り合わなかったのは、
私のほうは「あんまり興味がなかったから」で、
向こうは「当然自分の名前を知っていると思ったから」とのこと。
どうやら彼女、生徒はみんな自分の名前を知っていると思ってるらしく。
……ちょっとだけ、自意識過剰?
いやまあ、いいんですけども。
一応、この三人が中心になって、このコミュニティは秩序が保たれているようです。
佐々木先生は大人の相談役。
朝香先生は子供(一応、ここにいる人々の半数以上は十代です)の相談役。
それを取りまとめるのが、リカパパこと麻田さん、という塩梅で。
▼
みんな、まだ校舎の外に出る勇気はないようでしたが、敷地内の安全が確保できた、とのことで、かなり安心していただけたようでした。
一仕事終えた私は、一時的な集合場所になっていた2年3組の教室の隅っこで、持ってきたカロリーメイト(チョコレート味)をかじります。
ウマすぎる。
欲を言えば牛乳が欲しい。
元々あまり食べる方ではないのですが、その日ばかりは身体を動かしたこともあってか、かなりお腹が空いていたようです。
二箱、一瞬して消え去りました。
食べたら眠くなりますよね。
「すぐさ。長くとも数日じゃないかな……。なんにせよ、そんなに続く騒ぎじゃないよ。すぐに収まる。すぐに……」
などと、催眠術のように家族に言い聞かせているおじさんが近くにいたのもあってか、気がつけばウトウトしていました。
すると、
「あのーっ……」
と、舌足らずな声をかけられます。
顔を上げると、幼女が一人。
「おねえちゃん、つよいの?」
彼女の視線は、私が抱えている形見の刀に注がれていました。
どう応えるか迷っていると、
「ごめんなさいねぇ」
お母さんが現れ、半ばひったくるような感じで幼女をさらっていきました。
そこでようやく気づいたんですけど。
どうやら私、ちょっと周りから距離を置かれてるっぽいです。
まあ、真剣振り回してる時点でカタギじゃないので、当然の措置だと思いますが。
なるべく周囲から浮かないよう、息を潜めて生きてきましたつもりですが、ここにきてこの目立ちよう。いやはや。
意識し始めると、途端に他人の視線が痛く感じられます。
私はトイレに行くふりをしながら、どこか一人になれる場所で寝ていようと思いました。
どこがいいかなと考えて、自然に足が向いたのは我がクラス、3年3組です。
階段を登って最上階へ。
校舎のちょうど真ん中あたりに、そのクラスはありました。
中に入ると、見慣れた、でもちょっとだけ違って見える教室が。
何か違和感あるな、なんだろうと思っていたら、下履きで教室に来たのが初めてだったからのようです。わりとどうでもいい。
とりあえず着席。
静かです。
あんまりにも静かなので、退屈しのぎに窓を開けてみると、街の風景が一望できました。
黒い煙が、ところどころから上がっています。どうやら遠くで火の手が上がっているようですが、出処は見えません。
道路の方に目を向けると、当然のように”ゾンビ”たちがうろついていました。
生者の姿はどこにも見えません。
歩いているのは死者ばかり。
改めて、現実離れした風景だな、と思いました。
手のひらには、肉と骨を断った感触がまだ残っています。
どこか、夢の中にいるようでした。
「えっと……」
と、その時。
扉の方から、リカちゃんのか細い声が聞こえます。
見ると、康介くんの姿も見えました。
リア充カップルの登場です。
「おじゃまですか?」
首を横に振ると、リカちゃんはちょこちょこと小走りで寄ってきて、机を動かし、そこに中身を並べていきました。
チョコレート菓子一箱、缶ジュースが数本。
「おお、すばらしい。たこのけの里ですか……」
私は根っからのたこのけ派です。きなこ派とは敵対しています。
「職員室でお菓子がたくさん見つかったって、佐々木先生が。一緒に食べませんか?」
「よろこんで」
先ほど食事を済ませたばかりなのに、どういう訳か早くもお腹が空いてきていました。
ひょっとするとこれ、スキルの副作用かしら。
何がおかしいのか、リカちゃんはくすくすと笑って、言いました。
「センパイ、さっきみんなの前で、カロリーメイト食べてたでしょ?」
「それが何か?」
「それでみんな、ようやく気づいたんですって。ここに逃げこんでから、まだ何にも食べてないって」
「へー」
何気なく応えながら、早くも食いしん坊キャラが定着してしまったか、と、少し暗鬱な気分になります。
「しっかし、殺しやった後すぐ飯とか、図太い神経してるっすね、センパイ」
そう言ったのは、康介くん。
「もー。コウちゃん、言葉を選びなよ」
私はというと、アハハハハと愛想笑いでごまかしますが、内心冷や汗モノでした。
言われてみれば、少し無神経な振る舞いだったかもしれません。
高二の夏、飲まず食わずでゲームばかりしすぎた結果、過労でぶっ倒れた経験があります。
同じ轍を踏むまい思った結果のことだったのですが……。
なるべく控えめに見えるよう計算しながら、たこのけの里をつまみます。
「あの刀、どこで?」
康介くんが、興味津々で訪ねてきました。特に隠す必要もないので、私はありのままを伝えます。
「祖父の形見っすか……カッケェ……」
今の話のどこに「カッケェ」部分があったのかは不明ですが、彼はしきりに感心しているご様子。
「ほら、やっぱり。やくざから盗んできただとか言ったのは誰?」
リカちゃんが唇を尖らせました。
「ちょっと待って下さい。私、やくざ関係者に見えました?」
尋ねると、二人は慌てたように首を横に振ります。
「いやいやいや。ただ俺、普通の人じゃないって思っただけで。それに、あの腕前は玄人の技だって、……朝香先生が」
あの女教師、陰でそんなことを……。
いやまあ、いいんですけども。
そう思われても無理ないですし。
「私、ゲームが好きなごくフツーの女子高生ですよ」
「ですよねえ」
それ見たことかと言わんばかりに、リカちゃんは頷きます。
まあ、今朝あたりからちょっと人間離れし始めちゃってますけどね。
そこで私は、学校に来た本来の理由を思い出しました。
情報収集です。
なんだってこんな状況になっているのか。
原因は何なのか。
国はどう対処しているのか。
どれくらいで事態が収まりそうなのか。
残念ながら、どの質問も私の満足いく答えは得られませんでした。
なにせ彼らも、寝耳に水のことだったようです。
ことの始まりは三日前だったと聞きますが、なんともまあ、自分の暢気さ加減に呆れ返るばかりというか。
外では世界が滅びていっているというのに、三日もゲームに熱中したまま気がつかないとは。
ただ、事態がこの近辺に及んだのは、割と最近、……昨日の夕方ごろのことだったようです。
恐ろしい数の”ゾンビ”たちが、波のように池袋方面から押し寄せてきて、彼らが通り過ぎていったころには、街はめちゃくちゃになっていたようです。
それは、街中に突如として発生した嵐のようであったと聞きます。
二人は”ゾンビ”が渋谷に現れた時点で早めに学校に避難したため、どうにか難を逃れることができたようでした。
アウトブレイク発生直後は、少なくない人たちが“ゾンビ”の一件を趣味の悪いテレビ企画だと信じて疑わなかった、とのことで。
実際、昨日の昼ごろまでは“ゾンビ”の存在を芸人さんが茶化したりする番組も放送されていたとか。
気持ちは痛いほどよくわかります。
”ゾンビ”と言ったら、アメリカ映画かゲームの世界にだけ存在する架空の生き物だと相場が決まっています。
その先入観は思っていたよりも強く、私自身、今朝この眼で”ゾンビ”を見た時も、しばらくは信じられなかったくらいでしたから。
「なるほど……」
話を聞き終えて、深く納得しました。
「でも、リカの親父さんの話だと、一昨日の時点で自衛隊が動き始めてるって聞いた。そんなに長くかからないだろうって」
一理あります。
私程度でも対処可能な”ゾンビ”です。銃火器で武装した自衛隊員さんなら、簡単に始末してくれることでしょう。
ですが、一つだけ気になったことがありました。
「……”ドラゴン”は?」
「へ?」
二人は目を合わせます。
「“ドラゴン”については、ニュースに出てなかったんですか?」
康介くんの表情が変な感じになりました。まるで、私の正気を疑っているかのような……。
「ええっとその。”ドラゴン”って、『ドラゴンクエスト』とかに出てくる?」
「うーん。あれよりもう少しゴテゴテした感じで……強いて言うなら、『モンハン』に出てくるリオレウスが近かったかな」
「それ……マジっすか? 冗談とかじゃなしに?」
「はい。今朝、私のマンションから見えました」
それまで空想の存在だとされた”ゾンビ”が実在するのです。
”ドラゴン”がいたとしても、おかしくはないでしょう。
目の前の二人は、ようやくその事実を受け入れることができたようで。
その表情は、みるみる凍りついていきました。
嘆息混じりに、確信を持ちます。
この一件は、終わりかけてなんかいない。
きっと、始まったばかりなんだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます