その411 希望の人

――”安息期”は、人類の休息期間です。

――これに伴い、プレイヤーのステータス値が変動します。

――カルマ”善”のプレイヤー:あらゆるステータス値が強化されます。

――カルマ”中立”のプレイヤー:ステータス値の変更なし。

――カルマ”悪”のプレイヤー:あらゆるステータス値が弱体化します。


――”強奪”に関するルールが変更されます。

――カルマ”善”のプレイヤーがカルマ”悪”のプレイヤーを殺した場合、追加でスキルを獲得できるようになりました。

――カルマ”悪”のプレイヤーがカルマ”善”のプレイヤーを殺した場合、スキルの強奪が不可能になりました。(経験点は引き続き取得可能です)


――フェイズの中断により、”敵性生命体”の習性が変異します。

――”ゾンビ”の運動能力、人類を感知する能力が減少します。

――これまで活性化していた一部の”敵性生命体”が不活性に戻ります。


――”魔王”討伐により、実績報酬システムは凍結されます。

――すでに取得済みの実績を除き、新たな実績の解除が不可能になります。

――実績報酬に代わる追加要素として”クエストボード”が追加されました。

――詳細は、各地に配置される”クエストボード”にてご参照下さい。


――プレイヤー専用の特殊武装が解禁されます。


――フェイズ3中断により、全ての上級職が解禁されます。

――フェイズ3中断により、以下のスキルが解禁されます。

――《交渉》系スキル

――全てのユニークスキル

――全てのジョブスキル


――フェイズ3中断により、特殊な条件を満たすことで習得可能なスキルを追加しました。


――フェイズ3中断により、フェイズ3で提示された未達成のクエストは強制終了します。

――クエスト未達成によるデメリットは無視されますが、クエスト達成ボーナスも得られません。


「…………………………」


 私は、黙って全ての情報を聞いていました。

 ですが、聞こえてくる内容はどこか、頭の中を素通りしていくようで。


 だから、かもしれません。

 いつの間にか、もう一人の侵入者が現れていたことに、気付かなかったのは。


『よう、――お嬢さん』


 声に反応して見上げると、そこにいた人には見覚えがあります。

 使い古した道着を身にまとった、巌のような顔面の男性。――流爪りゅうそうさんでした。

 極太のペンで眉を描いたようなその人は、以前に会ったときと比べて肌の色が良くありません。

 それもそのはず、――やはり彼も、”飢人”に変貌してしまっていたのです。


『憶えてるか。私のことを』

「憶えてます」


 秋葉原でちょっと顔合わせした程度ですけど。

 ……結構、濃いめのキャラだったので。


『そうか。それは嬉しいね』


 彼は、少し視線を床に落として、


『一つ、頼みごとを聞いてもらってもいいか』

「…………なんです?」

『私を、殺して欲しい』

「…………………」

『知っての通り、”魔王”は死んだ。お陰で、奴とのリンクが途切れて――正気に戻ったんだ。……それで、思い出した。少し前、弟と戦ったことを』


 ああ、厭だ。厭だ。

 私は耳を塞ぎたくなりました。

 これ以上、……残酷な事実を知りたくない。


『そして私は、……弟を、流牙を殺してしまった。それだけではない。その心臓を喰ったのだ! 悪の手先として、さらなる被害を生むために』


 やっぱり。


『全てを思い出した今……もうこれ以上、生きてはいられない。……願わくは、君の手で殺して欲しい』


 私は、ふるふると首を横に振りました。

 心がずたずたに引き裂かれていて、何をする気力も湧いてこなかったのです。

 できればこの人も、私の知らないどこか遠くへ行って欲しかった。

 それほどに私は、自分がしでかした失敗に心を引き裂かれていました。


『身勝手な頼みだということはわかってる。だが、もはや私は、自分で自分を許すことができないのだ。……もし、思いを遂げられないのであれば、……自分でも何をしでかすかわからない』


 ”飢人”の爪が十本、私に向けられているのがわかります。

 私は、眉をハの字にして、憐れっぽい視線を向けました。


 せめて、……一晩。

 それだけで良いんです。

 わんわん泣きべそをかいて、温かいお布団で眠ることができれば、きっと次の日の朝からは元気を取り戻しているでしょう。

 

 だから今は、――今だけは、そっとしておいてほしい。


 しかし果たして、肉親を喰らった男に交渉の余地があるかどうか。


『悪いが、そっちがこないなら、こちらから行くぞ……。言っておくが、死んでも文句は言うなよッ』


 彼自身、自分の論理が破綻していることには気付いているのでしょう。

 その目は、本気でした。

 気が、触れている。

 自分のしでかした罪に耐えきれず、心を病んでいる。


 「正気に戻った」と彼は言いましたが、その「正気」が彼を悪魔に変えようとしているのでした。

 ここで私が敗れれば、彼は本物の殺人鬼と化してしまうでしょう。


 そこまで理解してなお、私の四肢には力がこもりませんでした。


「うう…………」

『…………?』

「ううううううう…………」

『………………………』

「わ、私、は…………戦いたくない」

『…………そうか』


 流爪さんの目に、殺意が漲りました。

 それならもう、オマエは用なしだ、とばかりに。


 ”飢人”が、ゆっくりとこちらに近づいてきます。

 私はうなだれたまま、傍らに転がる刀をぼんやりと見ていました。


 その時です。

 聞き慣れない誰かの声がしたのは。


「……おい」

「え?」

「しっかりしろ。希望を捨てるな」


 顔を上げます。


「楽観主義者だけが、――あらゆる苦難の中にチャンスを見いだすんだぜ」


 それと同時でした。

 何者かが、引ったくるように私の刀を取り上げたのは。


 逆光を受けて立つその人は、一糸まとわぬ無防備な格好で、怪物の元へと歩いて行きます。


 もちろん私は、その人の名を知っていました。

 さっき蘇生のため、苦心してそれを文字にしたばかりでしたから。


「…………神園、優希さん?」

「うん」


 彼女は、すらりと刀を鞘から抜いて、


「しょーじき、状況は全くよくわからんがッ」


 惚れ惚れするような立ち姿で、それを両手で構えました。


「――俺はいつでも、可愛い女の子の味方だ!」

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