その412 センパイ
全裸の女性と、暗い目をした暴漢。
もの凄い絵面の戦いが、目の前で繰り広げられようとしていました。
両者とも、多くは語らず。
ただ、はっきりと相手を始末する覚悟の優希さんに対して、流爪さんの方はどこか、悟ったような表情でした。
「――フ、ン……ッ!」
立ち合いは、一瞬にして片が付きます。
それもそのはず。相手の流爪さんにはそもそも、戦う気持ちがなかったんですから。
とはいえ公平に言って、優希さんの太刀筋も、常人にしてはなかなかのものでした。
渾身の力を込めた、正確な打突。
それを、”飢人”の額に突き立てたのです。
流爪さんは、ほとんど抵抗なくそれを受け入れました。
対する優希さんは、一切の迷いも容赦もなく、てこの原理を利用して切っ先をかき回します。それだけで”飢人”の脳はぐちゃぐちゃにシェイクされ、その機能を果たさなくなりました。
『あり、――がとう…………』
それが、流爪さんが口にした、最期の言葉です。
今日出くわしたものの中では、最も優しい笑顔でした。
「……よし、と」
優希さん、一仕事終えてから刀を床に落として……、
「怪我はないか? お嬢さん」
と、まるでお姫様を助けに来たヒーロー役のように手を差し伸べます。
「え、……ええ……」
その雰囲気に呑まれていると、……目の前の彼女が、ぐらりと重心を崩しました。
「わ、っととと……」
そのまま彼女、その場ですてーんとぶっ倒れて。
「ありゃ? ……力が、はいらにゃい……」
「ゆ、優希さん!?」
そういえば、蘇生直後はしばらく、意識を失うんでしたっけ。
彼女がここまで元気に動き回っていたのは、――気力の為せる技か。あるいは爆弾で無理矢理叩き起こされたからか。
今さらになって私、ずいぶんと恐ろしい賭けをしていたことに気付きます。
彼女を死なせてしまっては、――本当の本当に、この”王国”に来た意味がなくなってしまう。
私は、念のためあっちこっちから布を引っ張り出して即席の布団を作成し、ついでにニャッキーの絵がプリントされたシャツに男性用のトランクスを履かせてから、念入りに《治癒魔法》をかけてやることにしました。
それでもなお、優希さんが目を覚ますのに掛かった時間は、三十分ほど。
私にとっては百年にも感じられる、長い長い休息が必要でした。
▼
あれから、かなり長く一人で居るように思えます。
例の”魔王死亡”のアナウンスの件も関係してか、階下からの応援は来ません。
美言ちゃんたちが空けた大穴から地上を除き見ると、混乱した”非現実の王国”の住民が、老若男女問わずこの”アビエニア城”の周辺に集まってきているのが見えました。
――これから、……あそこでみんなに事情を説明するのか。
あるいは、水谷瑠依ちゃんの話すとおり、この場から逃げてしまうか。
一人、ウンウンと悩んでいると、
「ン…………」
と、神園優希さんが呟きました。
私、素早く彼女に駆けよって、
「優希さん、――神園さん!」
「ああ、君はさっきの……」
「ええ」
「ええと、……名前は?」
「私の名は、――」
言いかけて、
「いや、そんなことより身体は大丈夫ですか? どこか痛いところとかは?」
「ない。問題ない」
そう言って彼女、気丈にもむくりと起き上がります。
「……服、着せてくれたのか。ありがと」
男性ものの下着を履くだけで彼女、そのスレンダーな肉付きも相まってか、男の人みたい。
「……けど、まだ頭がボンヤリしてる。良く憶えてないんだが、ここはどこだ? ひょっとして、天国的なアレか?」
「いいえ。現世です」
「なんだ、そうか。……どーも俺、一度死んだ記憶があるんだが」
それは、――そうでしょう。
彼女は一度、壱本芸大学で捕虜になって、……明智さんとのアレヤコレヤがあった後に自殺した、と聞きます。
少なくとも今の彼女からは、そういう悲劇的なイメージは感じられませんが。
一応、私が知っている情報を口にすると、
「ああ、――まあ。当たらずとも遠からずか」
と、誤魔化すように言ったので、根っこからの間違いではない、はず。
その後、私は彼女が求めるままに、現状に関するざっくりとした知識を授けることにしました。
・”終末”後の、都内の状況。
・”プレイヤー”と呼ばれる超人の存在。
・志津川麗華と、彼女が作りだした”王国”。
・そして、神園優希さんを蘇生するまでに起こった、いろいろな出来事を。
「――はあはあ。なるほど。結構いろいろ、大変だったんだなぁ」
「大変、……まあ一言で言うと、そうですけど」
私、話の間ずっと、優希さんが当たり前のように事態を受け入れていることに驚きます。
まるで、この手のことには慣れっこだと言わんばかりに。
「何にせよ、とりあえず君は、早いとここの場所を離れた方が良さそうだな」
「ええ……」
とはいえ最低限、仲間たちには事情を説明する必要がありますが。
その上で、どうするか相談する、と。
「はあ…………」
私が物憂げに落ち込んでいると、優希さんがぽんと気安く肩を叩きました。
「そんな顔、するなよ。心配しなくてもいい。困ったときには当てにしていい人がいるんだ」
「困ったとき、――ですか。どなた?」
たったいま、人生で一、二を争うくらい困ってますけど。
「センパイって呼ばれてる人でな」
「……センパイ?」
不思議とその呼ばれ方には馴染みがあります。
明日香ちゃんとか、雅ヶ丘高校のみんなは、私をそう呼ぶんでしたっけ。
「先光って男さ」
「先光……先光亮平くんですか?」
「亮平を知ってるのか」
頷くと、
「アイツはダメだ。スケベで根性なしだから」
と、優希さんの斬り伏せるような一言。
「俺が言ってるのは、その兄貴のほう」
「お兄さん?」
「うん。
「ああ……」
”センパイ”というのは、あだ名ってことか。
「センパイはいま、所沢で探偵をやってるらしい。あの人を頼ろう。彼ならきっと、どんな問題だって解決してくれるからさ」
「はあ……」
「何せあの人は、正真正銘の、……
「あーむちぇあ……?」
「知らないか? 家を出ることなく、色んな事件を解決するタイプの探偵」
「ああ……」
私、話半分で優希さんを見上げます。
彼女、その”センパイ”とやらに全幅の信頼を寄せているらしく、ぐっと親指を立てて見せました。
「現に、俺が困った時はいつだって、……ほらッ」
「……?」
優希さん、実に嬉しそうに、ロボットが開けた大穴を指し示して。
私、そちらの方向を見て、思わず「わあっ」と声を上げます。
我々が、そこに見ていたのは、――
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