その391 UMAふたたび

 ぎゅるるるる、と、ドリルを突き立てられたみたいな感触がして、藍月美言は”名無しのJK”のこめかみに奇妙な棒状のものが突き刺さっているのを見た。


 それには、見覚えがある。

 謎の生き物。

 改めて見ても、それについては他に表現のしようがない。

 それは、体長30センチほどのロッドを思わせる生物で、そこに小型の翅が六枚と、帯状のヒレがくっついたような形状をしていた。


 すでに彼女は、この生き物についての知識を得ている。

 これの名は確か、スカイ・フィッシュ。――に、小麦粉をまぶしてカラッときつね色に揚げたもの。

 瑠依が”フィッシュ・ディッパー”と呼んでいた、実績報酬アイテムだ。


 美言にはその詳細までわからないが、どうやらその個体、以前見かけたのと同一のものに思える。

 ここで、これがこちらに襲いかかっている、ということは……、


――に屈服させられたのか。


 ”名無し”は少し当たり所が悪かったらしく、こめかみから血を噴き出しながら、片膝を突いていた。


「――ぐッ……」


 嘆息、一つ。

 そんな彼女を誰よりも早く助けたのは、美言である。


 彼女は、その奇怪な生き物を視界に入れた次の瞬間には、ベルトに収めた小型のナイフを閃かせ、その得体の知れない生き物を真っ二つに切り刻んでいた。

 べしゃ、と、手のひらに何か気味の悪いものが触れた感触。

 とはいえ、美言はその程度で心が動くようなタチではない。


「”名無し”さん!」


 綴里が叫んで、倒れかけた”彼女”を支える。

 内心、美言は「そうじゃないだろ」と思っていた。こいつは、誰かに支えられる必要などない。一人でも生きていける女だ。


 そう。――自分と同じように。


「おい、そこの男」


 美言は、苛立ち混じりに言った。


「おとこ……って、えっと、私のこと?」


 と、綴里。


「おまえは、その女を連れてけ。ここは私が食い止めるから」

「ええっ……なにそれカッコいい台詞……いやでも、君じゃ」


 周囲の気配を探る。

 次に攻撃が来る気配はない。恐らく様子見か。


「わかってる。だからお前のその……なんか、ふしぎな力をよこせ」

「《強兵化》しろ、と?」

「よく知らんけど、じゃあそれで」

「う……でも……」

「いそげ。時間がない」


 早口で言うと、渋々、といった感じで、彼は美言の頭に手を当てた。

 

 《格闘技術(上級)》、《射撃術強化(上級)》

 《自然治癒(強)》、《皮膚強化》、《骨強化》、《飢餓耐性(強)》

 《スキル鑑定》 

 《拠点作成Ⅱ》、《武器作成(下級)》、《オートメンテナンス》

 《投擲Ⅴ》、《攻撃力Ⅰ》、《防御力Ⅰ》、《魔法抵抗Ⅰ》


 これだけの”スキル”を一挙に取得した美言は、自身の体重がほとんど感じられないほどに軽くなっていることに気付く。


「……ふん」


 とはいえ、それに関して彼女は無感動だった。

 それはかつて、喉から手が出るほどに望んだものだったが。


――どーせ、”プレイヤー”とかいうやつらの力だ。


 一時的に借りておくだけ。それ以上は求めない。

 今の自分にはあの、”ロボット”がある。


「でも、無理しちゃだめだよ。約束だよ」

「安心しろ。やつは人殺しをしない」

「えっ。……知り合いなの?」

「そう」

「だれ?」

「うーん。せつめいが、めんどうくさい」」


 そう言って、不思議そうな表情をする彼の尻を蹴る。

 前後不覚に陥っている”名無しのJK”を追い出した美言は、ぱたんと後ろ手で扉を閉めて、牢屋になっている地下室を睨んだ。

 ディズニャー・ヴィランの人形が並んだその中に、一人、いてはおかしい者がいる。


 みんなの人気者、友情と博愛の体現者。――ニャッキーキャット。

 南部出身のシャイボーイ。友情に厚いが、ねずみ差別主義者でもある。イタズラ好きだがジェントルマンで、しっかり者だが金銭的にはルーズ。趣味はスポーツと読書で、口癖は「He-he!」(Wikipedia情報)


「よう、ニセニャッキー」


 訊ねると、かぶり物をした少女は随分と気まずそうに「おう」と応えた。

 彼女は、


「……ひょっとしてお前、あーしに気を遣ったのか?」

「は? いみわかんない」

「いや、……なら、いいや」


 そして、すぽっとマスクを取る。

 隠しているくらいだからよっぽど醜い顔なのだろうと思っていたが、意外にもその容姿は整っていた。――鏡でときどき見かける、あばただらけの自分の顔面とは大違いだ。


「あーしは……麗華に生き返らせてもらった”恩”がある。だから、ねーちゃんたちとは敵にならなくちゃいけない」


 そう言って深刻にうつむく彼女に、


「おまえ、ばかみたい」

「――は?」

「おまえが気にしてるのは、そんなことじゃないだろ。――あの”名無し”のやつにとって、自分が一番じゃなくなったからだろ。……おまえは、うまれたての赤んぼうといっしょだ。ママに甘えているチビといっしょだ」

「……なっ」


 その一言は、――恐らく、真理を突いていた。あるいはニセニャッキーにとって、の一つだったか。


「それは……その。こ、子供にはわからないじじょーってものがあるんだよっ」

「おまえだって子どもだろ」


 場の空気が変わる。

 何にせよその瞬間、この場で彼女の手加減は望めなくなった。

 まあ、それでいいと思う。口先であれこれするようなのは、自分には向いていない。


 藍月美言は、スローイング・ナイフを収納したベルトを外して、床に落とす。


「いちおう、ブキは使わないでおいてやる。……おまえをころしたら、あの女が哀しむだろーしな」

「……………ッ! 良い度胸だ、こらーっ!」


 ニセニャッキーの絶叫が、ぐわんと地下室に響き渡った。

 だが、彼女はわかっているだろうか。


 神に甘やかされた連中と、――本物の修羅場をくぐった者の、決定的な差を。


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