その378 卑劣

 辺りは薄暗くなったり、明るくなったりを繰り返しています。

 雲の足が速く、太陽がしきりと出たり隠れたりするためでした。

 私は心のどこかで、里留くんが気候をも自在に操っているのではないかと思います。それほど、彼はその身を隠すのが巧みなのでした。


「この……ちょこまかと……ッ」


 まだ十分に明るい時分であるというのに、私は彼を捉えられずにいます。

 翻弄、されていました。

 度重なるダメージのせいで身体をうまく動かせない、というのもあります。

 ではそれなら、と《治癒魔法》を使おうとすると、

 

 ぴゅっ


 と、風を切りながら手裏剣が飛んでくるのでした。

 ……ええ。そうです。手裏剣です、あの。ニンジャが使う奴。どこで買ったんだろ。

 何にせよあれ、実際に殺意を込めて投げられた時の怖さが半端ありません。今の私の身体なら致命傷にはならないだろうとわかっていても、回避に専念せざるを得ませんでした。


 しかし、小細工を弄するということはつまり、まともな打ち合いでは勝負にならないと言っているのと同じこと。なんとか間合いを詰めることさえできれば……。


「さっきから、卑劣ですよ、卑劣! 男なら正々堂々勝負しなさい! ジャンプ漫画の主人公のように!」


 下手な挑発は、もちろん不発。


 私が彼を追い、彼が逃げ回る。

 こうなってくると、どっちが鬼ごっこの鬼なのかわかりません。

 不毛な時間を続けていると、二人はいつの間にか中世ヨーロッパ風の街並みが並ぶ、ファンタジー・エリアへと移動していました。

 颯爽と里留くんが向かう先には、ディズニャーのシンボルでもあるアビエニア城。

 目的地に近づけたのは良いのですが、その前にまず、彼を倒さなくては。


「にゃろうっ」


 しかし里留くん、私よりもよっぽどディズニャーの地理に詳しいらしく、木組みの街を右に左に逃げ回り、やがては、とあるお土産物屋さんに飛び込みました。

 すかさずその後ろ姿を追うと、ピーターパンやピノキオ、シンデレラや白雪姫など、お馴染みの童話の登場人物の人形がズラリ。

 汚いなさすが里留くん、きたない。

 一人の女の子として、この場で下手に刀を振り回すのは気が引けます。


 慎重に店内を進むと、『不思議の国のアリス』のお茶会メンバーの人形が立ち並ぶエリアに行き当たりました。


『たしかにあなたは狂っているわ。』

 ~You’re entirely bonkers. ~

『でも、こっそり秘密を教えてあげる。』

 ~But I’ll tell you a secret. ~

『優れた人はみんな、狂っているものなのよ。』

 ~All the best people are.~


 ”お茶会”にてアリスが語った有名な台詞を横目に、私は人影を探ります。

 そして、……ふと、人の気配に気付いて。

 素早くそちらに白刃を向けると、――


「わあっ!? ”名無しのJK”さん!」


 そこにいたのは、先ほども見かけた丸顔の女の子でした。

 この再登場にはさすがの私も驚いて、


「なんで逃げてないんですか!?」

「だっ、だってだって……」


 彼女、少し視線を泳がせて、


「あなたの友だちが、――伝えてくれって。って」

「友だち?」


 誰でしょ。

 この状況で手を貸してくれそうな人って、綴里さんと明日香さん、賭博師さん、あと彩葉ちゃんあたりかな。

 しかし私は、首を横に振りました。


「せっかくですけど、その人の元に戻って『その必要はない』と応えてください」


 言葉は抑え気味に、早口で。


「えっ。なんで?」

「気に入らないんです。どうも、助けが来ることも含めて里留くんの手のひらの上、って感じがする」

「それ、考えすぎじゃ……」

「いいえ。私は先ほど、ほとんど《雄叫び》を使うしか手段がないところまで追い詰められました。あれはきっと、味方を呼ばせようとしたんじゃないかな。もしそうなら、私の仲間はまんまとおびき寄せられたことになる」

「…………………」


 先ほどまでは半信半疑でしたが、今やこの推理には信憑性があります。

 というのも、どうも里留くん、さっきからアビエニア城に近づいているように思えるためでした。

 もし私の仲間があの、志津川麗華さんのアナウンスを聞いたらどう動くでしょう?

 たぶん合流のため、一度ゴール地点であるお城を目指して、それから騒ぎが聞こえる方向に向かうのではないでしょうか。

 で、あれば彼は、わざわざ邪魔が入る可能性が高い場所、――私の味方がいる確率が高い方角へ逃げていることになります。それは少しおかしい。


「いいですか。はっきりと伝えてください。『この戦いには一切手を貸さないこと』。もともと私は、一対一だからこの勝負を受けたのです。その約束をこちら側から反故にはできない」

「……わ、わかった……」


 少女は少し変な顔をしましたが、しっかり状況を理解したらしく、とてとてと土産物屋を後にします。

 これでよし。

 などと、戦場にいてホッと一息吐いたのが拙かったのかも知れません。

 彼の接近に気付かずにいたのです。

 私への、ではなく。――目の前を走る、丸顔の女の子への接近に。


「えっ」


 一瞬、彼の意図を図りかねていると、里留くんは一切の躊躇なく、その少女の後頭部に強烈な蹴りを打ち込みました。

 べち、と、少女は強かに地面に頭を打ち付け、血痕が跳ねます。

 それきり、彼女はぴくりとも動かなくなりました。


「ばっ」


 馬鹿な。

 だって里留くん、さっき彼女を傷つけようとはしなかったのに。


「何やってるんです、あなたっ!」


 口からは、思わず叱りつけるような声が出ていました。


「第三者に化ける”実績報酬アイテム”があると聞いた。――

「いや、ちがっ……」


 言いかけて、その可能性はゼロではないことに気付きます。

 ”ばけねこのつえ”。確か、壱本芸大学へ潜入する時に使ったアイテムですよね。

 天宮綴里さんなら、あれを使ってもおかしくない。


「さて。――お察しの通り、これが”二ツ目”の勝算でね。今から俺は、この子の首の骨を踏みにじるでしょう。ので、今すぐ刀を捨てて降参してください。是非」

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