その379 1パーセント
頭から血を流して動かなくなった少女。
それを足蹴にしている里留くん。
何もできずに、ただ驚いている私。
「降参……ッ?」
私はすっかり狼狽していて、たじろぎます。
大抵のことは直感的に答えを見いだすようにしていますが、この時ばかりは何が正しいのか見当もつきません。
ただ、一つだけ確信できていることがありました。
この人はきっと今、越えてはいけないラインを越えたのだ、と。
「その娘が、私の仲間が化けた姿……だと?」
「ええ。俺、もともとこの娘には見覚えがあるんす。息づかいや目配せの仕方、しゃべり方から何から、いつものの彼女とは違ってる」
「そりゃ、この状況なんだから、普段と違うのは当たり前じゃあ」
「俺は、間違えない」
里留くんは目を細めて、少女の首元をがっちりと踵で固定します。
これは、――まずい。
その推理の真偽はともかく、彼が「そうだ」と思い込んでいることがまずい。
いずれにせよ、私の行動一つで人命が左右されるのであれば、放っておくわけにはいかないじゃないですか。
「彼女の名前は……確か、吉田
私は唇をへの字にして、今にも息絶えそうな少女に目配せします。
彼女は今、こちらに後頭部を向けたまま倒れていて、視線で意思疎通することすらできませんでした。
「でもそれ、確証があるわけじゃあないんでしょう?」
「ええ。しかしほとんど百%にちかい確率です」
「それでも、――」
と、そこで言葉を切って、……なんと言うことでしょう。私は、胸の中で燃えさかるような怒りが広がっていくことに気付きました。
「1パーセントくらいは、その娘が無関係の確率、あるじゃないですか」
私ならきっと、その1パーセントが恐ろしくてこんな真似、できない。
こんな風に誰かを犠牲にするような真似は。
しかし里留くんは一切動じませんでした。
むしろ、不敵に笑って、
「下手な忍術ですね。無駄っすよ」
「にんじゅつ……? いいえ。単純に事実を言ってるんです。その足をどけて、すぐその娘に《治癒魔法》をかけてあげてください。その間、私も手を出さないと誓います。仮にその娘が私の仲間だったとしても、あなたには決して手を出さないでしょう」
「でもそれ、こちら側にはなんのメリットもない行為っすよね?」
「……………」
私はそこで、刀を一度、地面に置きました。
こうすれば、私が本気だとわかってくれる。――そう思えたのです。
ですが、彼ははっきりと冷徹な表情をこちらに向けました。
そして、……万力で力を込めるように、その右足に、体重を乗せていったのです。
当然、彼の半分ほども体重のない女の子の身体は、軋みを上げます。
「くっ……か、は……ッ!」
少女の喘鳴が聞こえました。人が、死ぬ直前に漏らす呼吸の音です。
「わかってないな。武器を捨てても、あなた自身が凶器なんです。『降参する』と言うんです。はやくっ」
「降参は、――しません」
「わかってください。……俺だって妹を救うのに必死なんすよッ!」
「それはさっき聞きました」
なるほど。
彼の大義はわかります。
とはいえ私は、天涯孤独の身の上で。本質的に、彼の気持ちを理解してあげられないのかも。
だからこそ、こう思いました。
その程度の理由で道理をねじ曲げるのかと。
「気付いていますか? あなたはいま、ものすごく不確かな予測で、」
そこから先は、はっきりと伝わるよう、音節を区切って断じます。
「何の罪もない、小学生の女の子を、踏みつけにしているのかもしれないんですよ」
「…………」
里留くんは、一瞬だけたじろいだように見せましたが、再び噛みつくような口調で、
「血のつながりは、大切にしなくちゃいけない」
そう言いました。
ダメだ。
この人、きっと自分の想いだけで頭の中がいっぱいになってる。
大義そのものに正当性があるからこそ、目の前の事実をねじ曲げてしまうことがあります。
時間をかけてわかりあう暇はありませんでした。
倒してしまう他にない。
ここで私が負けてしまうようなことはつまり、彼のやり方を認めることになってしまう。それだけは絶対に受け入れられません。
童女をくびり殺すような男が、勝ち名乗りを上げるようなことは。
それに、彼が私を越えて先に進んだとしても、――きっとそこで待つのは、不幸な結末だけだと思えるのです。
とはいえ、私に与えられた猶予は、あと十数秒もないでしょうか。
その間に私は、とある決断をしなくてはなりませんでした。
脳裏に浮かんでいたのは、少し前のこと。
”非現実の王国”にいて、
通話の内容は、――そう。
新たに作り出す、オリジナルの”スキル”を習得する方法について。
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