その369 やりにくい相手

「うっふっふふ! あなたが疑問に思ったとおり! 本来、”奴隷使い”の《隷属》は”プレイヤー”には無効ッ」


 ふむ。


「けど、先輩のスキルは特別製なのさ!」

 

 やっぱり。


「先輩の《隷属》は、奴隷化に成功した”プレイヤー”をまる一時間、意のままに操ることができるッ」


 ほう。


「とはいえその代わり、普通の人を《隷属》できなくなっちゃったけどね!」


 はあはあ。


「でも、私らみたいなのが一発逆転狙うなら、こっちの方が有効だと判断したわけッ」


 なるほど。


 私はしかめ面で腕を組み、


「よく、わかりました」


 それはそれは、――見事な土下座をしているクドリャフカさんを見下ろします。


「ぜんぶ説明したから! おねがい”名無し”ちゃん! ゆるしてよー!」


 私のすぐ隣には、さっきクドリャフカさんに作られた怪我よりも遙かに重傷を負ったおっさんの姿がありました。


「別に構いませんけど、……さっきはびっくりしたなー。いろいろといわれのない非難を受けた気もしますし」

「ふぇえええええええんっ。だってだってこれ、ゲームなんでしょお? だったらヤったモン勝ちだと思ってさあ!」


 油断なく《スキル鑑定》を行うと、クドリャフカさんのジョブはごく普通の”戦士”で、レベルも27。

 おっさんのジョブは”奴隷使い”でレベル32。

 変異させた《隷属》スキルを除けば、どっちも特筆するところのない感じでした。

 まあ、こんな平和な場所にいりゃあ、レベル上げもサボるか。

 私は、ポケットに入れたフラッシュメモリを取りだし、


「ちなみに、これの内容は」

「もちろんちゃんとしてる! 仕事はするよ。ゲームとは無関係だし」

「そうですか。……なお、つぎに邪魔したら、二人とも殺しますのでよろしく」

「ひええええ……」


 一応、脅すだけ脅しといて、ボロぞうきんのようになった彼氏を解放、クドリャフカさんに引き渡します。


「わあん! 先輩っ!」


 二人のやり口には驚かされましたが、それで恨む気にはなれません。

 さっきのは明らかに、油断していた私が悪かった。もしこれが”ゲーム”じゃなけりゃ、それだけで命を失っていてもおかしくなかったわけです。

 解放された恋人に駆け寄るクドリャフカさんを尻目に、私は足早に電波塔を出ました。



 扉を開くと、まだそこには『もの申す系女子』たちがいて、


「ひっ……」


 と、私を見て、それぞれ怯えに近い表情を向けます。

 まあたぶん、中から聞こえてくる暴力的な音を聴いていたのでしょう。

 《スキル鑑定》したところ、みんな普通の人間みたいですし。


「あ、あのぉ……」


 声をかけてきたのは、彼女たちの中でも一番ふくよかで、丸顔、おかっぱ頭の女の子。

 どことなく、ちびまる子ちゃんっぽい印象の彼女は、深刻な表情で私を呼び止めました。


「ちょっとまって!」

「ごめんなさい。先を急いでいるので」

「し、死んだ弟がいるのっ」

「残念なことに、さっき似たような話を聞いたばかりなんです。ちなみにその人からは騙し討ちを喰らいました。ので、信用できません」

「私は本当よ!」


 まあ、彼も嘘ではなかったのかもしれませんけど。


「それで、――死んだ弟さんを生き返らせたいから、私に捕まってくれ、と?」

「そ、……そうだけど。悪い?」


 悪くはありませんけど。


「弟は”王国”に入る前に死んだの。いま、世界で一番ありふれてる死因、――”ゾンビ”に噛まれてねっ」


 そうして彼女は、弟さんの蘇生のためにこの国に来た訳ですか。

 で、今は必死にお金稼ぎに奔走しているが、個人で蘇生費用を用立てられるほどの稼ぎは得られない、と。


「ねえ”名無し”さん。……肉親が亡くなるって、自分の身体の一部を失うようなものなの。いま、こうしている間だって、どんどん私と弟の年は離れていく。これまでずっと一緒だったのに、二人の感覚がどんどんかけ離れていくのがわかるの。それってすごく哀しいことだわ」


 もちろん内心、同情の気持ちはあります。彼女のように、人命を餌にして労働を強いられているヴィヴィアンは少なくないから。

 でも、私はそういう人たちを踏み越えていかなければならない。


「私がゲームに勝った暁には、麗華さんの所有物を全て譲渡してもらうことにします。そうなったらすぐ、弟さんを蘇生するようにしましょう」

「馬鹿言わないでっ。麗華が、――あの麗華が、そんな条件を呑むはずないでしょ。どうせ意地悪な仕掛けがあるに決まってる。『一万円あげようか』っつって、それを持ち上げて『はいあげたー』みたいなの」


 彼女、『もの申す系』なだけあって、しゃべると饒舌でした。


「でも、さっき麗華がしたアナウンスは嘘じゃない。あいつにしてみれば現実的な報酬。そうでしょ」

「……………」

「麗華は、あなたとゲームがしたいんじゃない。救世主のあなたが……誰も彼もを救ったあなたが、救済する相手を選ばなくてはならない場合、誰を選ぶか。あいつはそれを見たいんだよ。きっと」


 あー……、それは、そうかもしれません。


「ねえ、わかって”名無し”さん。あなたが捕まってくれたら私、なんだってする。”グランデリニア”に移った後も、一生働いてお金を返すわ。――もし必要なら、あなたのために死んだっていい」


 その言葉には、……はっきりと彼女の覚悟が受け取れました。

 きっと弟さんのこと、大切に思ってるんですね。


「麗華のゲームに付き合う必要なんてないんだ。……お願い。私のいうことを……」

「すいませんごめんなさい。さよなら」

「あっ、ちょっと……」


 私、それ以上は耐えられずにぴゅぴゅーっとダッシュ。

 その背中に、――決して悪人ではない人の言葉が突き刺さりました。


「――人殺しッ!」


 自分の手で救えるはずの人を救わない行為は、殺人に値するのでしょうか。

 ”プレイヤー”となった者の多くが、きっと一度は自問する命題の一つです。


「あっ……っ」


 ニセまる子ちゃんは一瞬、自分の放った暴言を後悔するように口を塞ぎましたが、――まあ、一度出した言葉はもう、引っ込みがつきません。

 私はそれに何か応えるようなことはせず、さっとその場から逃げ去りました。


「ウーム……」


 さすがにこの程度でヘコむようなメンタルしてませんけど……、大傑作だと思ったゲームのネット評価が散々だった時くらいのダメージはあります。具体的に言うとFF13の時くらい。


 麗華さんがイジワルのつもりでこのゲームに誘ったなら、なかなかやりますねえ。

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