その359 異界の夜明け
一人取り残され、私はしばし、トラックの上でぼんやり。
犬咬くん、……どうも自分の意志で消えたわけではないっぽい。――それは、なんとなく察することができています。
あるいは、ちょっとした名演技をやってのけたか。
何にせよ、ものの見事に意表を突かれた形でした。一瞬、何者かの攻撃かとすら思いましたもん。
「ふーっ、ちょっと休憩!」
ニャッキーさん、《縮地》して私のお隣に。
”ゾンビ”たちはここに来て、半分くらいに減ったでしょうか。
「……ってあれ? あの銀色鎧マンは?」
「ピカッと光って帰りました」
「そっかー。帰ったかー。じゃ、しゃーないな」
えー?
しゃーないかなー?
「ところでニャッキーさん。私たち二人でこの辺の”ゾンビ”、みーんなやっつけられると思います?」
「よゆーじゃない?」
「……そっちの”魔力”の残りは?」
「えーっと」
彼女、ちょっと腹具合を確かめて、
「お腹いっぱいの半分くらい?」
じゃ、ギリギリってところか。
「私、あのでっかいやつ倒したら、たぶんそれだけでほとんど戦えなくなると思うんですけど。そっちは大丈夫そうですか?」
「だいじょぶ。もし困ったらこれ、飲むから」
そう言って彼女が取りだしたものには、見覚えが。
”エリクサー”っていう、魔力回復アイテムですねコレ。
「じゃ、余裕ってことだ」
「そ。……でも、これを使うのには問題もある」
「ほう。どんな問題が?」
「これを飲むためには、――マスクを取らなくてはならない」
「はあ」
それ、別に大した問題ではないような。
「ダメだ。……もしこのマスクを脱ぐと……ねーちゃんはきっと、びっくり仰天して腰を抜かすことになってしまうから……」
「へー(真顔)」
じゃ、その時は後ろ向いてますよ。
「とにかく二人とも、よっぽどドジ踏まなけりゃ、やられるような恐れはなさそうですね」
「うん」
「じゃ、引き続き雑魚の始末をお願いします。私はデカいの倒したら、また安全な場所に避難してますんで」
「おっけー」
その頃には、太っちょさんのほとんどがこちらに気付いていて、「わーいお嬢さんたち、何してんのー?」とばかり、わらわらと集まってきます。
動きの鈍い巨体”ゾンビ”は、チビたちの最後列。
私はそこで、しばらく麻痺していた左足をぺちぺちしました。
……うん。まだちょっと違和感あるけど、なんとか動きそう。
連中のひどい臭いが鼻につく前に、深く呼吸して。
「ニャッキーさん」
「ん?」
そして、彼女の肩を、ぎゅっと抱き寄せます。
「ただいま」
「うん? …………おっ、おう……」
「ところでスマブラの約束、忘れてませんよね?」
「もちろん」
「ならよし」
彼女との情報共有は、あとでゆっくり。
私は、ニャッキーからぱっと離れて、
「では、手はずどおりに」
「おっけー」
お互い、手慣れた仕事を始めました。
《縮地》で消えた彼女に対し、私は普通の女の子が走るのと同じくらいの速度で”ゾンビ”たちの群れを迂回していきます。
これまで、連中相手にあれこれと戦略を練ってきましたが、――
「おらおらクリボーどもーっ! 1UPの時間だ、こらーっ!」
不思議ともう、彼らを恐れる気持ちはありません。
我々は”ゾンビ”の駆除業者。
彼らの始末は私たちにとって、良くある日常作業にすぎないんですから。
私は、たったったったったった、と、半円形に五百メートルほど走って、水死体”ゾンビ”集団の背後を取ります。
一昔前なら、カンペキに息切れしていたであろう私の肺は、そのペースを少しも乱すことなく。
あの時に比べて私たち、すっかり強くなった。
『ヴェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
ニャッキー向けて吠える巨体”ゾンビ”。
私は彼のお尻をぼんやりと眺めながら、
「行きますよ、ニャッキー・キャット!」
「おう!」
怪物たちが唸る中、凜と冴え渡る返答を聞いて、
「――《バニッシュ・モード》」
《必殺剣Ⅹ》を起動。
何の変哲もない十徳ナイフの刃が闇色に染まっていくのと同時に、ぐきゅるるるるるるる、と、もの凄い勢いで飢餓が襲ってくる実感があります。
そのまま、全身の力をばねにして飛び上がり、跳躍。
「とぉおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃああああああッ!」
巨体”ゾンビ”に負けない咆哮と共に、彼の背中を縦一文字に切り裂いていきました。
不思議なのは、この攻撃を受けた敵にダメージを負っている気配がないところ。
ただ、切り裂いた部分に暗い穴のようなものが出現して、質量問わず、その中に吸い込まれていく感じ。
この技、――正直、時々怖くなる時があります。
ちょっぴり手を触れただけで、敵もろとも、私まで暗闇の中に吸い込まれてしまいそうで。
「……ふうっ」
痕跡一つ残らず、綺麗さっぱり消滅する巨体”ゾンビ”。
文字通り必殺の一撃を決めて、私は一安心しました。
ある意味、――この技を”勇者”に見られなくてラッキー、だったかも。
”魔力”はほとんど空っ穴になっていて、少し足元がふらつきます。
ありゃ、ちょっとだけ早まったかな、と思って見回すと、――いつの間にか、数百匹ほど残っていた太っちょさんたちみんな、残らず地に伏していました。
私が彼らから目を逸らしていたのは、巨体”ゾンビ”に意識を集中していたほんの十数秒ほどだったはず。
その一瞬で、――どうやって?
すると、私に肩を貸すような格好で、ニャッキーが《縮地》します。
見た目よりかなり力強い彼女に支えられながら、私が不思議そうにしていると、
「ちょっとだけ、ズルっこした」
「ずる?」
「まあ、強くなったのは、――ねーちゃんだけじゃないってことだ!」
とのこと。
マスクの中の得意顔、直接見なくても伝わってきますねぇ。
「そんじゃ、帰ろっか」
見上げると、いつの間にか時刻は夜明けを過ぎていて。
雲間から覗く太陽が、”鏡の国”を明るく照らし出していました。
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