その360 帰還

 いやー。

 終わってみると、容易いお仕事でした。


 私とニャッキーが“異界の扉”をくぐり抜けると、狭い廊下に所狭しと避難民のみんなが揃っていて、


「ブラボー!」


 と、名演奏を聴いたオーディエンスのようにぱちぱち。


「いやー、てへへへへ……」


 照れるニャッキー(オイシイところ総取り)。


「しかも……お? ラッキー! あーしレベル上がったー」

「あらそう?」

「ねーちゃんは?」


 こっちは上がってる……様子はないなあ。

 まあ、レベル85ですから。多少の人助けではレベルが上がらないのはしゃーない。


「ってかいつの間にか、すげー差がついてるじゃん。へこむなー」


 別に良いけどこの子、正体隠すの下手すぎない?


「ニャッキーならすぐに追いつきますよ」


 苦笑気味に彼女を励まして。


 その後私は避難民をかき分け、コウくんに声をかけます。

 子どもたち二人の肩を抱く彼は、本当のお兄さんみたいでした。


「あの……」

「わかってござる。――犬咬どのが消えたところ、見ておりました」

「彼、私にあなたのことを頼む、と」

「そうですか」

「なにか、彼がいなくなるような兆候はあったんですか?」

「まあ我々、足手まといでしたからなぁ。置いて行かれても仕方ありませぬ」


 そう話すコウくんは、少し寂しげ。

 こんな友だちを置いていくなんて、――犬咬くんも薄情ですねえ。

 私はそんな彼を慰めるように、


「あ、ちなみに私、面倒を見る代わり、あなたの持っている情報を全て話してもらうように約束してます」


 と、ちょっとした方便を。

 まあ、話をスムーズに進めるためのやつです。


「もちろん協力は惜しみませぬぞ。……といっても、あまり拙者も情報通というわけではござりませぬが」

「ではここを出たら、ゆっくりお茶でもしましょう」

「了解しました。オシャレして出向くとしましょうぞ」


 そうして我々、今ではすっかり”ゾンビ”たちが片付けられた地下通路をぞろぞろと進んでいきます。

 そこで私、遅ればせながら柴田さんたちにこの”非現実の王国”における暮らしについてを語りました。

 もちろん彼ら、最初こそ不気味そうな顔をしていましたが、


「まあ、あまりここに長くいるつもりはないし」


 ということで、ちょっとした不思議の国の観光気分に。

 たぶん彼らは”グランデリニア”で面倒を見てもらうことになるので、この後しばらくお別れになるでしょうね。


 あとはナナミさん、舞以さんが無事に帰ってくることを祈るだけ、と。


 ニャッキーさんの先導で例の従業員用通路を通り抜けた私たちは、そこでようやく、建物の外に突風が吹き荒れていることに気付きました。


「あ、言い忘れてたけど今、台風きてるから」


 あらそう。

 まあ、多少の雨風くらいなら、ディズニャーの強力な建物はびくともしないでしょう。


「でも、都内の地下鉄はまた水没してるところが増えるかもしれませんね」

「ああ。……まあ、あーし、ここを出るつもりないから。しらんけど」


 またまたー。そんなこと言ってー。


「気が変わるかもしれないじゃないですか」

「あーしは”不死隊”だぞ。そう簡単には”王国”を出ない」

「ふーん」


 そう言い張るということは、何か事情がある、ということでしょうが……。

 とにかく私は、……彩葉ちゃんが元気よくしていることに、思わず口元が緩みます。

 無闇に彼女の頭をぽむぽむぽむぽむと撫でてみたりして。


「おい、やめろ。あんまりなれなれしくするな。世界のニャッキー・キャットだぞ」

「いやあ、大ファンなもので」

「ふつうならグリーティングに何時間も並ぶのに」


 志津川麗華さんがどういう人であれ、――彼女を蘇生してくれたことだけは感謝しなければなりませんねー。



 地上に顔を出すと、早朝の”アビエニア”は、雨風が猛烈に吹き荒れていました。

 さすがに水はけに関しては計算され尽くしているだけあって、ランド全体が水没するようなことはなさそうですが、植木などが一部、冠水によりダメになっているのがわかります。


「こりゃひどい……。都内の被害が思いやられるな」


 避難民の一人が、ぽつり。

 彼らの帰る場所、――東京駅が心配みたい。


 と、その時です。

 ぴしゃーん! ごろごろごろ……と、雷が落ちる音がして、


『キィ――――――――――――――――――――――――――ッ!!』


 と、ガラスを引っ掻くような鳴き声が辺りに響き渡りました。

 ほとんど脊髄反射的に、男性陣を護るよう身構えると、


「喰らいぃぃぃぃぃ……――やがれぇ!」


 すぐそばで《火系》の五番を使う、聞き覚えのある声。


「さらに! ――《火柱》!」


 見ると、――そこでは、私の目を疑う光景が広がっていました。

 ”賭博師”さんと、……体高2,3メートルほどもあるネズミの”怪獣”が戦っているのです。


「ヒャッ……キモッ!」


 女子のたしなみとして、私は悲鳴を上げました。まあ水死体”ゾンビ”の方が百倍グロかったですけど。

 一拍遅れて、ニャッキーが欠伸混じりに付け加えます。


「そーいや、いうの忘れてたけど”怪獣”も出たよ」

「ああ……そう」


 それ、台風よりも先に言って欲しかったんですけどー。


「まー、ヤツらはこっちのみんなに任せときゃだいじょーぶだろーと思って」


 まあ、――それは確からしく。

 ”怪獣”はたったいま、何人かの”プレイヤー”の手によりちょうど駆除されたところみたい。


「うぉおおおおおおお! 獲ったどぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 丸焼きにされたネズミの上で、”賭博師”さんが高らかに勝ち名乗りをあげていました。

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