その345 陽動作戦

「《パレード》、ですか」


 そのワードには聞き覚えがありますねー。

 確か、私が核ミサイルをぶった切った時、ランドの方でどんちゃん騒ぎがあったと聞きますけど。


「それ、具体的にどういう術なんです?」

「そうだな、――簡単に説明するなら、大人数を相手にした《交渉術》ってかんじ?」

「交渉術……?」


 そのスキルなら、”賭博師”さんも覚えてました。

 とはいえそれ、ある程度の意志力があれば簡単に跳ね返せるみたいですけど。


「それが、何の役に立つというんです?」

「《パレード》は、――ていうか《交渉術》は、”敵性生命体”にもそこそこ有用なのよ」

「ほう?」

「《交渉術》って言葉だとちょっとイメージが弱いけど、ほとんどあれ、洗脳に近いスキルだからね。《パレード》はその広範囲版ってとこ」


 ってことは、その効果が及ぶ範囲にいる生き物みんなを洗脳する術ってこと?

 っょぃ。


「といっても、《パレード》にできるのは、回りのみんなの気持ちをなんとなく盛り上げたり、イライラを緩和したりすることだけ」

「ふむ」

「普通の人を殺人鬼に変えたり、危険思想の持ち主を改心させたりすることはできない。ただ、……もともと危ない考えの人の行動を助長することは容易いの」


 そこんとこ、実際のパレードとあんまり変わらないイメージ。

 やろうと思えば、革命を起こしたりできそう。


「ってことはそれ、”ゾンビ”たちの敵愾心を高めるのに使えば、――」

「勘が良いね。広範囲に渡る陽動作戦ができるってことよ」


 それって、つまり……、


「ナナミさんはおとりになるってことですか?」

「そーいうことになるかな」


 今、我々の命の価値は平等ではありません。

 ナナミさん一人を犠牲に、安全にみんなが帰れるならそれに越したことはない、と。


「でも、――いいんですか?」

「もちろん、積極的に死ぬつもりはないさ。テキトーなタイミングで引き返すよ。蘇生にかかる費用も馬鹿にならないしね」

「……………」


 果たして彼女一人で、あの大群を出し抜けるものでしょうか。

 私はまだ少し迷いを覚えつつ、食卓に広げた地図を指でなぞります。


「もし、その案で行くなら……我々は、すぐ目の前にある青山通りを北上していって表参道駅を通り過ぎれば、すぐに渋谷ですね」


 確かにそれは、子どもでも間違えっこない、極めて楽な道のりでした。

 徒歩で進めば一時間ほどの行程になるでしょう。


「んで、あたしはその道を逆方向にぐるーっと進みながら”ゾンビ”を誘導する」

「ふむ…………」


 渋い表情を作ります。

 悩む私に、ナナミさんは畳みかけるように続けました。


「それに、あたし思うんだ。浜田の野郎が罠を仕掛けるとしたら、ビル伝いに進むルートじゃないかってさ。野郎はあんたの能力を知ってるから……。でも少なくとも、あたしの《パレード》はバレてない」


 なるほど。それは一理あるかも。

 浜田さんの罠を回避できる(かもしれない)メリットもあるわけですか。


「俺も、ナナミさんの案に賛成ですね。この場所にいる時間が長ければ長いほど危険が増すものと考えた方が良い。短時間に何もかも終わるなら、それがベストだ」


 とは、犬咬くんの弁。

 それに続くように、避難民代表の二人も頷きました。


「そうですね。我々もナナミさんの案に賛成かな」


 そう言ったのは、元会社経営者の柴田さんという方。


「しかし、――」

「お嬢さん。我々は何も、よちよち歩きの赤ん坊じゃないんだ。そんな風に、何もかも面倒を見てもらう必要はないんだよ」


 ぐぬー。


「元々、我々とて東京駅から派遣されてきた探索班だ。自衛の心得はある」

「……そこまでおっしゃるなら……それでも構いませんが」

「しかし、たとえ生き返るからといって根津さんを犠牲にする案には納得できないな。彼女が生還する確率を上げる策はないだろうか」


 そこで、舞以さんがさっと手を挙げました。


「じゃ、私がナナミの護衛につくよ。それならちょっとくらい雑魚に襲われても平気だし」

「よし。それがいい」


 さすが、元々は人の上に立つ仕事だっただけあって柴田さん、あっという間に話をまとめていきます。


「では、我々31名と、”名無し”さん、犬咬くんは渋谷駅へ。

 根津さんと左右田さんは”ゾンビ”を惹きつけつつ南下して、遅くとも一時間後には引き返すこと。……これでいいかな」


 最後まで、ナナミさんの案に対して微妙な立場をとり続けていたのは、私だけ。

 というのも、やはりまだ、私一人が頑張れば済む話じゃないかと思っていたのです。

 もちろん、あの用意周到な浜田さんが何か罠を仕掛けてないとも限りませんが……。


 そんな私の迷いを断ち切ってくれたのは、やはりナナミさんでした。


 彼女の秘策は実を言うとまだ、もう一つあったのです。

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