その329 風船爆弾

「おい、蘭、――前に出すぎんなって!」

「でも、《防御力》なら、うちかて持ってますし……」

「それで調子に乗りすぎたから、”名無し”もヤられちまったんでしょーがッ」


 東京ビッグモール内部は、サーキット状に建物が作られている。

 買い物にはワクワク感があって楽しい構造だが、人殺しを追いかける場合は厄介この上ない。いつまでも追いつけない鬼ごっこだ。

 しかもあの男、――


『う゛ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 器用にラジコンカーなんかを使って”ゾンビ”を誘導しているらしい。

 よた、よた、と、両手を伸ばす四匹の死人の脳天へ目掛けて、

 

「このッ」

「とりゃ!」

 

 二人は正確にゴルフクラブを振り下ろした。


「くっそぉ。こんなコトんなるなら、サーベル持ってきたら良かった……!」


 仕留めた数は、――蘭が三匹、ナナミがようやくの想いで一匹。


「ってかナナミさん、も、もーちょっとこう、……”ゾンビ”退治に頼りになるスキルとか、ありませんのん? うちの倍もレベルあるんですからっ」

「馬鹿ね。あたしのジョブ、”遊び人”だよ、”遊び人”。強いわけないでしょが」

「そんなぁ……」


 しょんぼり顔の蘭。

 とはいえ、本当に”遊び人”が弱いジョブかというと、そうでもない。

 ただ少々、ピーキーすぎて使いにくい時があるだけだ。


「でも、――舞以さんは大丈夫でしょうか」

「あン?」

「”名無し”さんの救助はともかく、店内の”ゾンビ”もあらかた片付けとくって言ってましたよね」

「ああ……言ってたな。そんなこと」


 いま、”ゾンビ”の群れは、ほとんど敵の制御下にあると言って良かった。

 こうなれば、侵入した”ゾンビ”を可能な限り排除していくしか、避難民の安全を保障する方法はない。


 はっきりいって、かなり無茶だと思った。いくら死んでも生き返れる身体だとはいえ……。

 などと、友人の心配をしていると、


「――おっと!」


 店内を疾走する男の背が、ふいにピタリと止まった。

 全力で奴を追いかけていた二人だが、それ以上間合いを詰めることはせずに立ち止まる。


「うわっ、ロコツに誘われてるなァ」

「ええ……」


 観るとそこは、――とある家電量販店の前。

 これに嫌な予感がしないほど、二人も想像力がないわけではなかった。


「ええっと。どうしましょ?」

「どうするって言われてもねえ。単純な殴り合いなら蘭のほうが強いんだから、あんたが決めなよ」

「ええーっ。駄目なんです、うち、そういうの。軍師役はいつもにいやんだったから……」


 にいやん、ねえ。

 お笑い芸人以外でその言葉使ってる人、初めてかも。


 ナナミはさっとポケットから電子煙草を手に取り、ぷかーっと煙を吐き出す。

 できれば本物の煙草を咥えたかったが、さすがにこの状況ではわずかな魔力の消費もはばかられた。

 しばしの間、肺の中を煙で満たして、――身体の内部に熱が籠もる感覚を楽しむ。

 深い意味はない。この身体になってから、ニコチンの摂取によって気が落ち着くというような効果もない。

 ただ単純に、煙を吸い込むという感覚だけを弄んでいる。


「……しゃーない。あたしが仕掛けてみる…………よ」


 正直、――あまり積極的に戦いたくはなかった。

 彼女には死ねない理由があるのだ。

 成り行きでこんなことに巻き込まれてしまったが、大過なくこの撮影を終えれれば、それに越したことはなかったのに。

 まさか、引退間際の撮影で、こんな厄介な事件に巻き込まれてしまうとは。


「ちっ……」


 舌打ちしながらも、覚悟する。

 どちらにせよ、奴を始末しなければ帰還も適わない。


「とりあえずは時間稼ぎだ。奴を殺すのは、”名無し”にやってもらったほうがいい」

「そう……でしょうか。なんでもかんでも、”名無し”さん頼りというのも……」

「あいつもそれを望んでるさ。委員長タイプだ」


 言いながら右拳をぎゅっと握り、それを筒のようにしてぷくーっと息を吹き込む。

 すると、吹き込まれた息が変化し、鮮やかな黄色の風船が一つ、生み出された。


「おおっ、《風船爆弾》」


 蘭が目を丸くしている間にも、ナナミは様々な色と形の風船を生み出していく。

 内部にさびた鉄釘などが仕込まれたそれらは、目に見えないほど小さな空気噴出口があり、ナナミはそれにより《風船》の軌道を操作することができる。

 ナナミが十数個ほど《風船》を生み出すと、


「よし……いきな」


 それらを、ゆっくりと浜田健介へ向けて飛ばした。

 色とりどりの《風船》が、電気屋にゆっくりと進んでいく。


「が……がんばれーっ」


 緊迫した殺し合いにしてはかなりスローペースな進行で、事態は悪漢を追い詰める方向に進んでいった。

 少し奇妙なのは、健介がそれらを完全に無視しているように見える点。


――なんでだ? どうしてドローンを使うなりして、風船の接近を防ごうとしない?


 あるいはこいつ、こちらを軽んじているのだろうか。

 あり得ない話ではない。低レベルの”戦士”と”遊び人”のコンビである。多少攻撃を受けたところで問題はないと思っているのかもしれない。


――こいつ……ッ。


 この空想は、根津ナナミの頭に熱いものを昇らせた。

 彼女とて、修羅場を通り抜けてこなかったわけではないのだ。


『ひとつ。訊ねていいか』

「……あ?」

『根津ナナミと言ったかな。……お前はどうして、ここに来た?』

「なんだと?」

『思うんだが、お前みたいな女は利己的なものだろう? 英雄にはふさわしくない素質だ。だから俺にはすこし、場違いな気がするんだよ』

「お前……」

『もし望むなら、お前だけは生かしてやってもいい。今すぐ背を向けて逃げ出すなら』


 健介の淡々とした口調からは、その言葉の真偽を確かめることはできない。

 ただ、一つ。

 この男が、心底からナナミのことを軽蔑していることだけは、なんとなく伝わってきていた。


「ふっ、ざっけんなよ……ッ」


 こめかみの辺りに血管が浮き出る。

 一夜限りとはいえ、睦言を交わした男を三人も殺しておいて。

 だが、彼の長話が初歩的な意識誘導ミスディレクションだと気付いたのは、その時だ。

 それも、傍らにいる蘭の指摘を受けて、ようやく――


「あの……ナナミさん、それ」


 足下の方で、自分が産み出した風船が一つ、浮かんでいる。

 ナナミは目を疑う。


――何故? どうして、これがここに?


 疑問の答えは明白だった。

 内部に仕込んだ鉄釘を電気で熱し、風船に穴を開けたのだ。


――こいつ、あたしの《風船爆弾》を一つ、盗んでやがった……ッ。


 そこまで器用な真似ができるのか、という驚きと、

 ”名無し”がこれをチートスキルと呼んだことに対する納得。


「く、そ………ッ」


 自分の運動能力では、とても回避できそうにない。

 次の瞬間、それは弾丸のような勢いで浮き上がり、ナナミの左目のすぐ手前で破裂する。

 左半身に、燃え上がるような痛みが襲いかかった。


「きゃあああああああああああッ!」


 蘭の悲鳴と、


『うん。追いかけてきたのが雑魚で助かったよ』


 健介の淡々とした声が、どこか遠い世界から聞こえた気がして――。

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