その324 効率的な生き方
実に効率的な人生だった、と思う。
中学、高校、大学と、やるべきことはやる……そういう雰囲気を出すことだけは得意だった。
学校で出される宿題も、課題も、必要最小限の努力のみでクリアするのは未だに自信がある。
コツは、最も簡易な設問から暗記に努めること。
それと各教科の教師とはそれなりに良好な関係を築いておくことだ。
不良のように、あからさまに手を抜くこともなく。
優等生のように、体制にこびへつらうこともなく。
それが最もカロリー消費の少ない生き方だと、そう信じていた。
勉強が嫌いだったわけではない。ただ本質的に、学校で学ぶ多くのことは、その後の人生においてほとんど無意味に思えたのだ。
――結果、俺は正しかった。
「将来」とか「老後」についての警告をしたり顔で語ってきた人間の多くはもう、この世のどこにもいない。
どいつもこいつも、『あうあう』とか『うえええ』しか言わないアホな生き物に成り果てている。
自分は賭けに勝ったのだ。
それが判明するまで、辛酸をなめた時期がなかった訳ではないが。
▼
”プレイヤー”としての目覚めは、”終末”が起きた一週間後だった。
今にして思えば小さめの、三十人前後のコミュニティに安住を見いだしてからのことである。
強固な石壁に囲われていた幼稚園の中で、ある日突然、自分にしか聞こえない声がして。
――”スキル”。”レベル”。”魔法”。
ドラクエ、FFなどが大流行した世代の彼にとって、新たな力のルールを理解するのは早かった。
とはいえその扱いは、――とにかく慎重に。
壁の中から、ざく、ざく。
”ゾンビ”たちを丁寧に、一匹ずつ始末していって。
リスクはとにかく、必要最小限度に抑えることにした。
効率的に。
危険は最小で。
ざく、ざく、ざく。
地道なレベル上げの日々。
物資の探索にも、仮病を使ったりして。
その結果、仲間に死傷者が出たことがわかっても、それでも、――あくまで慎重に。
一線を越えたのは、、防御系のスキルと攻撃系のスキルが一通り揃ってからだ。
もはやその時点の浜田健介にとって”ゾンビ”は敵ではない。
それがはっきりとわかって、そうして初めて、彼は英雄として名乗りを上げた。
”ゾンビ”を駆逐し、周辺の物資を集め、あっというまにコミュニティは豊かになって。
皆が皆、浜田健介を崇めた。
救世主ここにあり、と。
避難民の子どもたちも、すぐに彼に夢中になった。
彼らにとって浜田はヒーローだった。
ある日うっかり、しばらく自分の力を隠していたことについて口を滑らせるまでは。
その結果として、一部の仲間を見殺しにしていたことが判明するまでは。
――だとして。そうだったとして。俺は悪かったのかな……。
今になっても、よくわかっていない。
実際、表だって彼を批判するような者は現れなかったし。
――こんな不思議な力……慎重になるのは当たり前じゃないか。
――万が一俺が傷ついたら、コミュニティのみんなはどうなる?
――あの場所の、当面の生活を保障したのは、他ならぬ俺だったのに。
コンビニ一件分の物資を運び込むことに成功したとき、仲間たちは笑っていた。
これからもずっと、自分たちの守護者でいてくれ、と。
あの笑顔が嘘だったとは、……どうしても思えない。
それでも結局、ある日のこと。
健介が噛んだホットドッグに、”ゾンビ”の指が混入されていた。
それに気付いた時はすでに一部を呑み込んだ後で、何もかもが遅かった。
浜田健介は、未だによくわかっていない。
――俺が……悪かったのかな。
ただ自分は慎重に、効率的な生き方を求めただけなのに。
▼
一人、がらんと静まりかえったモールの中を歩いている。
服を引っぺがされたマネキンが、感情のない視線をこちらに向けていた。
ほとんど温度も感じられない身体になってしまったが、なんとなく寒々しい気持ちがする。
――いつの間にか、孤立させられていたな。
手口は実に巧妙で、夕食が始まるころには”勇者”の言伝が出回っていたらしい。
まるで、自分の身体が変わってしまった、あの日のように。
いつの間にかまた、仲間ハズレにされていたのだ。
一人、また一人と、寝食を共にしている仲間が、便所に行ったきり帰ってこなくなって。
中でも、一番親しく接していたつもりの男には、最後にこう言われた。
「もし悩みがあるなら、相談にのるぜ」
と。
今思えば、危うい一言だったように思える。
彼を見逃してやったのは、自分の心にまだ友情が残っているからだろうか?
いや、違う。
自分はこれから、数多くの者を殺すだろう。
その時、かつての友人を目にしたとしても、容赦なく始末できる自信がある。
結局のところ、自分がしているのは、苦しみを長引かせただけ。
不意に、健介の前に躍り出た人影は、四つ。
計画がご破算になった原因。四人の少女たちである。
とはいえこれは好都合だった。
”魔王”に命ぜられた目的は、あくまで”勇者”の足止め。
《不死》スキルの都合上、”勇者”を殺すわけにはいかないが、この邪魔者たちはいくら始末したとしても構わない。
「やあ。――どうも、みんなの姿が見えないんだが、――」
浜田健介は、彼女たちと”勇者”の関係が薄弱だと見越して、芝居を続ける。
応えたのは四人の代表格、”名無し”の少女であった。
「声がうわずってますよ。化かし合いは止めましょう」
「化かし合い……? いや、ちょっと言ってる意味が」
その瞬間、空気がぴんと張り詰める。
「あなただって、本当は内心、気付いてるんじゃないですか? 今朝の三人の死には、大きな落ち度があった」
「落ち度? 今朝の……自殺が?」
「それですよ。普通の感覚なら、あれが自殺じゃないってことくらいわかるはず。……あなたがあれを自殺だと言い張るから、――みんな、あなたのことを不気味に思って……」
「? すまない。ちょっと言っている意味が……」
「だって、いくら死ぬつもりだとしても、あんな臭いところでワインなんか飲むわけないでしょ。どっかで毒殺されて、あそこに捨てられたと考えるのが自然ですよ。どー考えても」
ああ。
内心、健介は手をポンと打っている。
だからみんな、妙な顔でこちらを見ていたのか。
「みんなに迷惑が掛からないよう、鍵をかけられる場所を選んだのかもしれないじゃないか」
「だとしても、もうちょっと良い場所選びますよ。……例えば、屋上とかなら見晴らしも良いし、発見される時間帯も予測が可能です。あんな、誰が通りがかるかもわからないところより、よっぽど最期の場所としてはふさわしい」
話を聞きながら、思わず、笑い出しそうになる。
結局のところ、自分にとって知られたくない秘密というものは、やがて白日の下にさらされる運命にあるのだ、と。
「そういわれても、死者の気持ちなんてわかりっこないじゃないか」
「そうかも知れませんが、あなたがそれに気付かなかった理由なら説明できますよ」
「?」
「”飢人”は、一部の五感が鈍いと聞きます。あなた実は、ほとんど何の臭いも感じていないんじゃないですか?」
「……ふむ。だから俺が、見当外れな決めつけをした、と」
「ええ」
「だとしても、それを証明する術がない」
「それは……確かに」
「だろ?」
「でも、わざわざ証明する必要、ありますか?」
「?」
その次の瞬間だった。
”名無し”の姿を見失ったかと思うと……自分の頬が、冷たい床に叩き付けられていることに気付いたのは。
一拍遅れて「ああ、右側頭部を蹴っ飛ばされたのか」と気付く。
『――ッ!』
衝撃に耐えながら、――健介は、自身のドス黒い血液が宙を舞っていることを、どこか痛快な気持ちで見守っていた。
「どーせ私、暴力で真実を確かめるつもりだったんですから」
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