その310 不仲

「それは、――仮にそうだとしても、……ナナミ。あなたにどうこう言われることじゃない。でしょ」


 その声に振り返ると、舞以さんが立ち上がっていました。

 どうやら彼女、自力で《治癒魔法》を使ったみたい。

 泥と埃で汚れた彼女に、私はすかさず《水系Ⅰ》で濡らしたタオルを渡します。


「ありがと、”名無し”さん。《水系》も便利だね」

「でしょ。攻撃に使うのはちょっと弱いけど、生活には役立つし、おすすめです」

「うん。――余裕できたらとるよ」


 そして彼女は、入念に顔をごしごし。

 これでよし。

 顔拭いてすぐ、刃物を振り回す気にはなりますまい。

 

 舞以さんはその後、それまでナナミさんとおそろいだった防弾チョッキを脱ぎ、ぽいっとその辺に放り捨て、タンクトップ姿になりました。


「やっぱり私といえば、身軽な格好、だね☆」


 元気な声色はいつもの彼女ですが、どこかその表情には影があります。

 私は、あえてそれには応えず、


「それより、――二人とも、頭は冷えましたか?」


 と、年上のお姉さんのように言いました。

 ナナミさんと舞以さんは、揃って明後日の方向を見て、微妙な顔。


 それも当然でしょうか。

 二人とも、これっぽっちも自分が悪いと思ってないんですから。


 自己正当化は人間が持つ防衛本能の一種だと聞いたことがあります。

 どのような極悪人も、その心にはその人なりの”正当性”を抱えているのだとか。

 だからこの手の言い争いは、決して絶えることがない。

 きっと二人は、話し合ったところで無駄でしょう。


 私は、長い長い嘆息を吐きました。


 不和が決定的となった以上、もはやリーダー役は、私がやるしかありません。

 その辺さすがに、空気を読まない訳にはいきませんでした。


「しっかりしてください。”ゾンビ”映画みたいな世の中になったからって、展開までその通りになぞるつもりですか?」


 むしろ、あらゆる創作で予言されてきたからこそ、「そうはなるまい」という自戒が生まれるというものでしょうに。

 私は深呼吸して、


「いいですか、二人とも。――先ほどタワーの頂上から、生きた人間を発見しました。東京ビッグモールというショッピングモールだそうです」


 するとナナミさん、目を丸くして、


「えっ! うそ! それマジ?」

「マジです。蘭ちゃんと確認しました」

「すげえ……大発見じゃん! ってかそうなると、これまでの”守護”の調査だって怪しくなるぜ」

「ですね」

「ひっひっひ! やっぱ胡散臭いと思ってたんだよな! 政府だのなんだの名乗る連中は、いつだってくそだ! こりゃあきっと、とんでもないスキャンダルになる!」

「……とりあえず私たち、彼らに接触しましょう。もし必要なら、救助も。――これであなたの言う、”撮れ高”もばっちり。いいですか?」

「もちろん!」

「では、次からは無闇に仲間を突き飛ばしたりしないように」

「へへへ。そりゃーもちろん。しませんよっと」


 これで一応、今後の目的ははっきりしたし、喧嘩の要因も取り除けたはず。

 かといって、二人の感情が納得したかどうかは別の話ですが……。


 私は、少し心配げに舞以さんの顔を覗き込みます。

 いったん気絶したお陰で怒りもリセットされたのか、彼女(私に向けてだけ)ニッコリ笑って、頷きました。


「困ってる人がいるなら、――助けなくちゃ、ね」


 少なからず良識のある人で、ほっとします。

 と、そのタイミングで、

 

「ちょ、ちょっとぉ~~~~」


 頭の上の方から、悲鳴が聞こえました。


「非常口が壊れてるみたいで……これうち、降りられへんのですけどぉ~~。”名無し”さぁん~~~助けてぇ~~~~」


 少女の哀れな声に、私たちはちょっとだけクスクス。

 東京タワーと同じく、今にも崩れてしまいそうな私たちの関係ですが、――少なくとも、目的が一致しているうちは、ぽっきり折れますまい。


 私は、三度目の《魔人化》を行い、蘭ちゃんの救出を行います。



 東京ビッグモールまでの道のりは、反転した都内をなんとなく南下していけば到着するみたい。

 事ここに至って地図はほとんど役に立たず、瓦礫に埋もれた道なき道を行く、といったような格好ですが、そこはさすが超人四人組、と言ったところ。それぞれほとんど歩調を緩めるようなことはなく、常人であれば迂回に迂回を重ねるであろう道のりを、軽く踏破していきます。


「東京ビッグモール、結構綺麗なとこなんですよ。出来たてほやほやの新築やし、こっちの世界でもちゃんと残ってるかも」

「だから避難民の人たちも、そこを避難場所に選んだのかも知れません」

「……ええ。ちなみにあっこなら、食べ物もしこたまのこっとるはずですよ。缶詰の専門店があるとかで。在庫もたくさんや」

「そういえば、この世界の食べ物って、食べられるんですか?」

「食べれる。味はなんかぼんやりしとるっちゅーか、ビミョーやった思うけど」

「ふーん」


 蘭ちゃんと仲良くおしゃべりしている間も、ちょっとだけ後ろの二人にも意識を向けてみたり。

 うすうす感づいていましたが、ナナミさんと舞以さん、以前からの知り合いのようでした。

 それが何らかの理由でチーム解散となり、今に至る、って感じかな。


 その、――”何らかの理由”には何となく、心当たりがあります。

 私一応、舞以さんの動画にも、ナナミさんの動画にも目を通していますので。


 舞以さんの”踊ってみた”系の動画は、――なんと言いましょうか。観る人を選ぶ内容というか。ちょっと芸術的で、難解な印象なんですね。


 それに対してナナミさんの動画は、とにかく滑ることを恐れず、短いテンポで小さな笑いを幾度となく狙っていくスタイル。


 アーティストとエンターテイナー、と表現すべきでしょうか。


 もし彼女たちがかつて組んでいたのなら、方向性の違いは明白でした。


「ただ、――それをこの、”ゾンビ”まみれの世界にまで持ち込まないでくださいよね……」

「ん? ”名無し”さん、何か言いました?」

「いえ、何にも」


 思わず独り言も漏れるってものです。

 やれやれだぜ。

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