その311 落書き

 それから数十分もせず、目的地は見つかりました。

 日本有数の大型複合施設――東京ビッグモールです。

 その建物は超巨大な”V”の字になっていて、それを取り囲むように立体駐車場が三カ所、入り口付近には小型の遊園地みたいなものが併設されていて、メロンパンやスープ、ミックスジュースなどを売る移動販売車がズラリと並んでいました。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 もちろん、それより何より、私たちの目を引いていたのは、――


「やっぱりここいらの”ゾンビ”、みーんなここに集まってたんやね……」


 その、恐るべき量の”ゾンビ”たち。

 前世の情報を含めても、私はここまでの群れを観たことはありません。

 その数はもはや人間の認知能力を超えていて、具体的にどれほどの”ゾンビ”が集結しているかは想像するほかありませんが、日本で一番人気のミュージシャンでもこれだけの人(?)を集めることはできないでしょう。

 赤坂見附、永田町周辺の通りは最早、”ゾンビ”ですし詰め状態。ここからはよく見えませんが、国会議事堂なんかも同様の状況かと。恐らくですが、そこいらに集まっている”ゾンビ”の総数は、少なくとも二百万、下手するともっともっとたくさんの可能性があります。


 もはや、”ゾンビ”たちのうなり声は喧騒のようになっており、彼らのざわめきが、離れたこちらにまで聞こえてくるようでした。


 私たちは今、道中にあった高層ビルに昇って、数キロほどの距離からその様子を見下ろしています。

 そこからはちょうど、東京ビッグモールの屋上が見渡せる高さになっていて、今のところ人間の姿を確認できていませんでした。

 ただ、建物の屋上には赤色のスプレー缶で描かれた、


『HELP!』

『だれかたすけて』

『かみさま』

『おなさけください』

『おんな』

『FUCK』

『おっぱい』

『(たぶん女性の裸を描いたと思しき下手な絵)』


 などの、あまり品性を感じられない雑多な落書きが見えています。


「どうも、救助を求めていることだけは確かなようですが……」

「それはいいけど、――ひひひ。どうする? どうやって助ける? さすがにあの数を相手にするのは無理だぜ」

「確かに、”魔力切れ”で全滅するオチが見えますね……」

「いちおう、中に入るだけなら、手がないこともない」

「なんです?」

「”ゾンビ”の死骸を身体に塗りたくって、連中に擬態していく」

「それは、……やめときましょう」


 汚いし、臭いし。

 それに、万一連中のド真ん中で擬態がバレた場合を考えると、リスクが高すぎます。


「ちなみにこの中で、空、飛べる人ってどれくらいいます?」


 私が訊ねると、残りの三人は揃って微妙な表情になりました。


「そう簡単に言われてもなぁ。厳しいね」


 あー、やっぱ無理かー。


「百花さんを連れてくるって手もありますけど」

「げっ。……それはやめよーよ。あいつキレたら何するかわかんないもん」

「私が話せば言うこと聞くと思いますよ」

「それでも、――こっちに繋がる”扉”、ドラゴンは通らないんじゃないかな」


 それもそうか。


「じゃ、私が空を往復する形になりそうですね。向こうの状況がわからない以上、すぐにでも出発しましょう」


 チョコバー、たくさん持ってきて良かったぁ。

 アドバイスサンキュー、トールさん。


「それはいいんだけど……まさか墜落したり、しないよね?」

「大丈夫ですよ。――ただ、あんまり重いものを背負って動くのは……魔力の消耗的にも……」


 言って、ナナミさんの重装備をちらり。

 彼女、しばらく苦い顔してましたけど、


「あーっ、もーっ。わかったよ。軽くすりゃ良いんでしょお?」


 とのことで、ヘルメットから何から、ぽいぽいぽいっと放ります。

 結果、ナナミさんと舞以さんは、再びほぼお揃いの格好に。


「でもみんな、念のため自殺用の拳銃だけは持っておいてよねっ」

「わかってます」

「それと、――飛ぶ順番は……」


 そこで、舞以さんが口を挟みました。


「ねえ、”名無し”ちゃん。……できれば、私から先でいい? ――どっかの馬鹿を先に行かせると、まーた良からぬコトを企みそうだから」

「ひっひっひ。誰が、――馬鹿だって?」

「さあ、誰でしょー? 当てて見たら?」


 なんか空気悪くなあい?

 必要あらば、再びお灸を据えようかと思いましたが……まあ、まだそこまでする必要はありますまい。


「わかりました。向こうに運ぶのは、舞以さん、蘭ちゃん、最後にナナミさんの順番。……いいですね?」

「えーっ。私が最後なのーっ!?」

「我慢してください」

「ちぇーっ。まあいいけどさあ」


 言いながらも、唇を尖らせるナナミさん。物わかりの良いことで。

 そもそもこの順番、あなたと舞以さんが二人きりになるのを避けた結果なのですよ。


「ところで、一つ気になることがあるんです」

「なあに?」

「あそこに描かれた落書きですけど、――どうも、鏡文字ではないみたいですね」

「ああ……そういえば」

「これって、どういうことでしょう。てっきり私、”鏡の国”の人間なら鏡文字を書くモノだと思ってたんですけど」

「さあ?」


 ナナミさんはどうでも良さげに応えました。


「ここで考えるより、直接会ってみるのがイチバン早いんじゃね」


 ま、たしかにそれもそっかー。


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