その297 小さな成果
私たちが話し合っている間も、『ポークマンズ・クエスト』は淡々と進行していました。
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『昔々、あるところに、それはそれは仲良しと評判の子豚たちがおりました。
ですが、所詮それは、ただの評判に過ぎなかったのです。
四匹はそれぞれ、お互いを軽蔑し、憎み合っていました。
そんな子豚四匹はある日、国の王様のお触れを耳にします。
――邪悪な狼族の手の者に、我が国の美姫四人が攫われた。攫われた姫を救い出した者を姫の婿と認め、王位継承権を与えることとする。
これを聞いた子豚たちは、我こそが、と大発憤。
冒険の旅へ出る決意を固めるのでした。
しかし旅路は困難を極め、精神的に追い詰められた子豚たちは本性を次々と露わにしていきます。
外面を取り繕うことを止めた子豚たちは、やがて、苦難の末に手に入れたトロフィーワイフをも傷つけるようになってしまいました。
結果、全ての美姫は何の救いもなく、その儚い命を散らしてしまいます。
そして、王位を継ぐはずの血脈は絶え、その後、平和だったはずの王国はあっさりと滅びてしまいましたとさ。
この物語の学びは、二つあります。
一つ。
お友達とは仲良くしましょう。
二つ。
ネトラレ展開は、胸糞悪ければ悪いほどに興奮する。
END』
▼
「ふぅむー。……なるほど……いいはなしだ……」
いや、これっぽっちも良くはないんですけど。
最初に遊ぶゲームがこれって、やっぱ情操教育に良くなかったのでは……。
とはいえ少なくとも、このゲーム体験は美言ちゃんの心に響いたらしく、彼女は万感の思いでエンディングを眺めていました。
ゲームの最終的なリザルト画面では、私たちがこれまで取得した経験点、幸福度を総合した値が表示されていましたが、――もはやゲームの勝敗そのものは、大きく関係ありません。
こちとら、完璧に”賭博師”さんの首根っこを捕まえることができましたから。
私は、彼女の耳元にそっと唇を寄せて、
「……な? この一件、みんなには黙っといてあげますから……な?」
あとはわかるやろ? ぐへへ。
そう続く私の言葉に、”賭博師”さんは河豚が膨らんだようになって、ぷいと横を向きます。
「……わかったよ。今回は、オレサマの負けってことでいい」
「それは良かった」
私は両の手を合わせて、にっこり微笑みました。
「でもやっぱり、嘘は良くないですよ。世の中、勘のいい人はいます。そういう人に、いずれバレちゃいますから」
「大半の視聴者は、過剰なまでに初見の腕前を求める。連中はとにかく、鈍くさい奴が大嫌いでな。だから結局は、こういうやり方が一番無難なのさ」
それは、……まあ、わからないでもありませんけど。
「世の中、この手の小さな嘘の積み重ねでできてるもんだ」
「それはそうかもしれませんけどぉ……」
「だいたい、――そーいうオメーだって、嘘吐いてるくせに」
「え?」
今度は私が「びくっ」となる番。
「私が、……どんな嘘を?」
「オメー、記憶が戻ってるフリ、してるだろ」
完全に勝ち誇っていた私の笑みが、そこで硬直します。
「……どうしてそう思うんです?」
「オメーの仲間、――天宮綴里が、どうも様子がおかしいって言うもんだからな」
「綴里さんが?」
「そうとも」
「どうしてあの子が……」
「理由は明白だ。従属した”プレイヤー”である天宮綴里と夜久銀助に、クエストクリア時に得られるはずの経験点が入っている様子がない」
「え」
私は一瞬だけ考え込んで、……そこで、灯台もと暗しにもほどがある凡ミスに気がつきました。
「あ、あーっ! そっか! それ、忘れてた!」
んもー。後付けの知識だと、こういうことがあるから……。
「もし、オメーの記憶が完全に回復してるなら、最低でも一つか二つくらいレベルが上がっててもおかしくないだろ。なのに、二人揃ってレベルの変動がないってのは……やっぱ、おかしい」
「おっしゃるとおりで」
「んで、あいつはこっそり、オレサマに連絡を取ったのさ。……オメーが何者か、調査してくれってな。といっても、直接話を聞いて、正直に応えてくれるわけがないから……」
「それで、あんなゲームを」
「そういうことだ。――縁に無理言って、ちょっとだけ中身を改変したものを用意させてな」
そりゃまた、手の込んだことを。
「で、そこまでやった、あなたの結論は?」
「わからん」
”賭博師”さんはあっさりと白状しました。
「オメーは以前、一緒に”ダンジョン”に潜った奴とは、少しだけ別人な気がする。けどまあ、根っこは変わらない気もする。だからオレサマは、あまり気にしないことにした」
「そう、ですか」
私は苦い顔を作ります。
「ねえ、”賭博師”さん。約束できますか。このこと、恋河内百花さんにだけは秘密にする、って」
「百花に?」
すると、小柄な友人は片眉を上げて、
「……あー、なるほど。だいたい事情がわかった。あのヒステリー女がらみね」
ヒス女って……。
あの子、いつのまにそんな、不名誉なポジションを確立していたの?
「どっちにしろオレサマは、オメーに協力するつもりだよ。二人は、お互いのために命を賭けた仲だ。そうだろ?」
「ええ、まあ……」
応えつつ、その記憶が実感を伴わないことに、一抹の寂しさを感じています。
……。
………………。
うん。まあ、考え込んでも仕方ありません。
何はともあれ、今日という一日を乗り越えたことに安堵しながら、私は席を立ちました。なんでか、ひどく心がくたびれています。
「じゃあ、――今日のところは、帰りますね」
「ああ」
「今後の詳細については、また明日、話し合いましょう。それでよろしい?」
「ああ」
その言葉で、本日の撮影はお開きとなりました。
ちょっとだけおねむの美言ちゃんを連れて、私たちは”ウエスタン・エリア”を後にします。
結局私、今日一日で少なくない宿題を持ち帰る羽目になりましたが。
「なあなあ。……ゲームって、けっこうたのしいな?」
まあ。
この子とちょっぴり仲良くなれたのが、一番の成果かな。
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