その292 トロッコ問題と三面クリア

スザク『なあ、あなた』

青豚『…………』

スザク『あなたってなんでいつも、ぼんやり遠くを眺めてるんだ?』

青豚『…………』

スザク『あなたは戦士として申し分のない男だ。だが、平時から周囲に敵意を振りまくのはいただけない』

青豚『…………』

スザク『おい。クールぶっているのか知らないが、口を開かんことには話にならんぞ。話し合わなければ、円満な関係を築くこともできない』

青豚『…………』

スザク『――もういいっ』

青豚『…………』


 結局のところ、彼女は寂しかったのです。人(豚ですが)の温かみがほしかったのです。

 だから、私の赤豚ちゃんにあんな風にすがりついて……。

 私は気の毒なスザクさんを、ぎゅっと抱きしめてあげることしかできませんでした。

 もちろん……男と女が同衾したら、あとヤルことは一つだよなあ!?


 私は、心が闇色に染まって行くのを感じながら、スザクさんを手中に収めます。


 これで一応、二人目のお姫様を手に入れたことになる……のかな?

 ゲームクリア後の採点基準がわからないので、なんとも言えませんが。

 その後、なんやかんやがあって、青豚さんの家に火が点けられました。


青豚『スザクは俺にふさわしくなかった。次の嫁を探そう』


 ここまで全て、私のシナリオ通り。

 そして四匹の子豚たちは、東の旧鉱山地帯に攫われていったソウリュウさまを助けるべく、三度目の旅に出ます。

 この一年間ですっかり強化された私の黄豚さんは、ようやく仲間たちの動きについて行ける程度の戦闘力を手に入れることができました。



 新たに始まった『STAGE3』はわかりやすく、トロッコ問題をテーマにしたものです。

 トロッコ問題というのは、――まあ要するに、「誰かを救うのに他の誰かを犠牲にすることは許されるか?」という思考実験。

 最も有名な命題は、「トロッコの進行方向に五人いる。このままではその五人は確実に死亡する。トロッコの進路を切り替えることでその五人は確実に助かるが、その先にいる一人が確実に死亡する。さて、トロッコの進路を変えるべきか?」というもの。


「……オメー、そーいう謎知識、どこで覚えてくるの?」

「いんたーねっと」


 クラスで私だけ大学に進学しないのがちょっとだけコンプレックスで、みんなが受験勉強に忙しい時期、海外のえらい教授の授業を拝聴していたことがあります。

 その時の知識が、今さらになって活かされたのでした。


 四匹の豚の目の前には、一つのトロッコと、わかりやすく左右に切り替えられるレバー、そして、その先に待ち受けているものが描かれた立て札があります。


 まず手始めに選ばされたのは、――一人の男と、五人の男。

 これは特に議論の必要もなく、


「五人を助けましょう」

「まあ、どういう奴かは知らんけどな。数で決めるしかないよ」


 トロッコが走り出します。

 すると、『うぎゃああああああああああっ!』という、なんとも後味の悪い断末魔が聞こえました。


――四人の老人と、二人の赤ん坊。


「うわ、いきなり攻めてきたなあ」

「うーん……これは悪いが、赤ん坊で」

「残りの余生を計算して、きっと長い方、ってことですね」

「ああ」


四人の老人『老後の蓄えがああああああああああああああああッ!』


――母親と恋人。


「答えは沈黙! と、行きたいところですが。待ってても何も起こりませんねー」

「どうする?」

「お母さんにしましょう。恋人は死んでもまた作ればいいですが、お母さんは世界にただ一人です」

「…………。オメーの恋愛観を垣間見た気がするよ」


恋人『きゃああああああああああああああああああああああああ!』


――がんの特効薬を作れる一人の天才と、百人の凡人。


「うわあ、これ難しいぞ」

「オレサマは天才がいいな。癌が治るなら、百人くらい犠牲にしたって構わない」

「……まあ、世界中の病人が救われるなら、そうかな」


百人の常人『おたすけえええええええええええええええ(残響音)』


――毛生え薬を作れる一人の天才と、百人の凡人。


「お前それ……それは……うーん」

「ハゲを苦にした自殺者の統計を出してほしいな。それが百人以上なら……いやでも、しかし……」

「髪には犠牲になってもらいましょう。それで百人もの人を死なせるのは……」

「男の視聴者に怒られそうだけどな……、ごめんっ」


天才『髪は死んだあああああああああああああああああああああ!』


――連続殺人鬼一人と、かわいい猫。


「ねこ! ねこ! ねこ!」

「……と、言いたいところだが、個人的には殺人鬼かな」

「えーっ」

「今どき、人殺しなんて珍しくもない」


猫『にゃああああああああああああああああああああああああん!』


――勤勉なサラリーマン一人と、無職五人。


「これ、無職殺した方がよくね」

「いや、ここは頭数が多い方を助けましょう」

「そうか?」

「今や、自分から動かなくては生きていけない世の中ですし。それに、病気や怪我で働けない人だっています」

「なるほど」


サラリーマン『私には嫁と子がああああああああああああああああ』


――たった一人で十億稼ぐ実業家と、勤勉だが年収五百万のサラリーマン×10。


「皮肉な問いかけだな。前問と繋がっているのか。稼ぎが生きる価値に直結するかどうか……」

「まあ、私たちはぶれませんけど」

「ってか、今どき金稼ぎが上手くてもなぁ」

「勤勉な人たちを助けましょう」


実業家『金なら払うのにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい』


――あなたの恋人一人と、見知らぬ一万人。


「これは……意見が分かれそうだな。オレサマはパス」

「私なら、恋人を殺す、かな」

「そうか?」

「ええ。もし私がその人の立場なら、一万人の命の上に立ちたいとは思いません」

「……………」


恋人『さよなら愛しい人よおおおおおおおおおおおおおおおおお!』



 ……と、こんな風に二択を選び続けて、私たちのトロッコは延々と旧鉱山地帯を進んでいきます。

 「そろそろ最後かな?」と思い始めた、その時でした。


――あなたの親友を殺した殺人犯と、数千人を苦しめる独裁者。


 少し、妙な立て札に出くわします。

 それは、味も素っ気もない明朝体で書かれたもので、デザインもどうやら、テキストファイルのコピー&ペーストって感じ。


「これ……」


 私が首を傾げていると、……突然でした。


――けど、一つだけ理解してほしい。……もしこれで、オレサマとたもとを分かつようなことになっても、”王”をたおさなけりゃならないことには変わりがないってことを。

――。オレサマが殺した。もう、この世のどこにもいない。


 どこかで聞いたような。

 どこでも聞いたことがないような。


 そんな、”賭博師”さんの声が聞こえたのは。


「……どうした?」


 しかし、当の”賭博師”さんは、素知らぬ表情で私を観ています。


「なんなら、一度カメラを止めるか?」

「いえ。大丈夫です」

「そうか。――で、どっちを選ぶ?」

「それは、……」


 私は少しだけ押し黙って、


「独裁者、を、選びましょう。今現在、苦しめられている人がいるのなら、そちらの排除を優先すべきです」

「……ん」


 そこで終点に到着しました。

 そのままトロッコは、終点付近にたまたま詰まれていた火薬樽の山に突っ込み、大爆発を起こします。


狼族『きゃおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんッ!』


 狼族の砦が、それ一発でメチャクチャに破壊されました。

 間一髪、難を逃れた子豚たちは、火だるまとなって死んでいく敵軍を、つぶらな瞳で眺めています。

 みると、すぐそばには、たまたまソウリュウさまが囚われている牢屋がありました。

 ご都合主義ばんざあい。


白豚『それで……今回の姫は、誰が?』

黄豚『もうじゃんけんでよくね』

赤豚『そだね』

青豚『わかった』


 屍山血河の隣で、じゃんけんぽんのミニゲーム。

 これまでの頑張りは何だったのか、というくらいにあっさりと勝負が決まります。

 見事勝利したのは、”賭博師”さんでした。


「よーし。これでこっちにも一人!」


 にっこり笑顔を作る彼女に、――私は一言言ってやろうかと思います……が。

 まあ、本番中ですし。


 私たちは続けて最終面、『STAGE4』へとゲームを進めていきます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る