その291 ヤサイアブラカラメニンニク

「おすすめの店があるんだ。奢るよ」


 とのことで、我々は”賭博師”さんを先頭に、ぞろぞろ並んで夜の”アビエニア”を歩きます。

 光の消えた遊園地は、どこか寂しげな雰囲気。


 私は月の光を頼りに、のんびりと藍月美言ちゃんに歩調を合わせていました。


「なあ、おまえ」

「?」

「あのゲーム、けっこう、たのしいな?」

「……そう思います?」

「うん」


 六時間ほど一緒に『ポークマンズ・クエスト』で遊んでみて、彼女の覚えの早さには驚かされました。この娘、ちょっとした天才肌と言えば良いのか……普通の人よりもゲームに対する理解力が高いように思えます。たぶん世が世ならプロゲーマーを目指せる器。


「じゃ、こんど携帯型のゲーム機を買ってあげましょう」

「まじで?」

「まじまじ」

「うれしいぞ。たすかる」


 お。

 いま、彼女の好感度がぴろりん♪と上昇した幻聴が。

 ちょっとだけ欲を出して、彼女の頭をナデナデしてあげようとしましたが、スピードタイプのボクサーみたいに躱されます。


「なにしやがる」

「ちょっと、あなたの頭頂部をふかふかしようと思いまして」

「つぎしたら、ころす」

「はい……(´・ω・`)」


 野良猫って懐きませんねえ。

 四人はウエスタンエリアを抜け、ファンタジーエリアとカートゥーンエリアを通り過ぎた辺りにいます。

 非現実的な縮尺の建物がずらりと並ぶ空間を抜けて進むと、ちょっとだけ良い匂いが漂ってきました。

 この匂いは、伝説の――


「や、屋台のラーメン……あの、酔っ払ったサラリーマンが締めに食べるという……」

「最高だろ?」

「たしかに。私あれ、ドラマとかアニメの中でしか見たことありませんよ」


 ”終末”以前、近所にこういう屋台、ありませんでしたからねー。

 わざわざあちこち遠出して探すのも危険でしたし。

 ちょっと残念なのは、いまそんなにお腹減ってないことでしょうか。

 貴重な機会なのですが……。


「なあ、”名無し”……いや、”戦士”よう」

「は?」

「飯の前に、ちょっと遊ぼうぜ」


 その時、”賭博師”さんの後ろ回し蹴りのモーションが見えて、――私はしっかりとそれを受け止めます。一瞬だけ触れた彼女のふくらはぎは、見た目から想像が付かないほどに鍛え抜かれていて、柔らかくしなやか。いいにく。


「――ッ!」


 仲良し四人組だった私たちの間に、突如として緊張が走りました。

 もっとも反応が顕著だったのは、藍月美言ちゃんです。

 彼女は一瞬、スカートに手を伸ばして、スローイング・ナイフを収めたベルトを忘れてきたことに、自分でも驚いているようでした。

 私は、その肩をぽんと叩いて、


「大丈夫ですよ。”賭博師”さん、ぜんぜん本気じゃありません」


 と、慰めます。


「このままじゃ、オレサマたちだけメシが楽しめねえだろ?」

「……ご飯のために、喧嘩しろ、と?」

「そうとも。この身体になって一番の不便は、たまにこうでもしなきゃ、せっかくのウマイメシも口にできねえってことさ」

「それは……確かに」

「安心しろ。殺しはしないよ。悪くて死にかけるだけさ」


 物騒なことを言いながら、”賭博師”さんが身構えます。

 私は、改めて彼女に《スキル鑑定》をかけました。


ジョブ:賭博師

レベル:79

スキル:《銭投げ(神業級)》《幸運Ⅴ》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《スキル鑑定》《カルマ鑑定》《実績条件参照》《火系魔法Ⅰ~Ⅴ》《水系魔法Ⅰ~Ⅴ》《雷系魔法Ⅰ~Ⅴ》《治癒魔法Ⅰ~Ⅶ》《運命の操作》《交渉術(死神級)》《夢幻のダイスロール》《逆転の切り札》《ルーレット・ショット》《コイントス》《ペテン(上級)》《命より重い金》《ラッキー・パンチ》


 ふうむ。

 なんか、あんまり効果がよくわからないモノが多いですねえ。

 私は、なんとなく格闘技経験者っぽいポーズで身構え、「しゅっ、しゅっ」とけん制しながら、


「じゃ、あんまりはた迷惑な魔法を使うのはなしで」

「わかってる。だがそれ以外は目つき、金的あり、何でもありバーリトゥードだ」

「金的……?」


 いったい、この付近のどこにおちんちんが?

 そう訊ねようとすると、私の背後にいたタマちゃんが、ぴょんと跳びはねます。


「えっ?」


 一瞬だけ、そのひらひらのドレスに目を奪われていると、――強烈な蹴りが、私の背中にぶち込まれました。


「げぶーっ!」


 私はギャグ漫画のキャラクターのようにずこーっと地面に転がります。


「わぁ。やられたぁ」

「嘘つけ。針山の上でも平気だったくせに」

「あー、……まあ……うん。それな」

「………………」


 いかん。”賭博師”さん、また胡散臭そうな顔してる。

 私は疑惑をこれ以上深めないために、さっと立ち上がり、


「それじゃあ、――いっちょう、お返ししますか」

「よーし」


 そうと話が決まると、


「おい、おまえ……ほんとにだいじょうぶか?」


 美言ちゃんが、思い切り顔をしかめました。

 無理もありません。超人に囲まれて、少し不安なのでしょう。


「数分ほど待っていて下さい。すぐに晩ごはんにするので」



 で、それから。

 思ったより時間が掛かって、十数分後でしょうか。


「ヤサイアブラカラメニンニク増し増し。チャーシューはWで」(”賭博師”さん)

「……同じのを」(タマちゃん)

「ヤサイアブラ増しカラメ増し増しニンニクだけ少なめを。あ、ときたまごとチーズをトッピングで」(私)

「ふつうのラーメン。ましましで」(美言ちゃん)


 店の前で”プレイヤー”同士が戦うのはわりとお馴染みなのか、”グランデリニア”から出張中の店主さんはこれっぽっちも物怖じせず、ゴムのような太麺をを茹でていきます。


 私たち四人は、外傷こそ《治癒魔法》によって回復しているものの、そろってボロボロの格好でした。

 なぜ美言ちゃんまでボロボロかというと、――もちろん、彼女なりの善意でもって加勢を試みた結果です。

 何に驚かされたって彼女、わりとタマちゃんと良い勝負した点。

 タマちゃん自身、半分の半分も本気を出していなかったようですが、それでも普通人が”プレイヤー”と渡り合えるというのは、大したものです。


 出されたラーメンは、もやしとキャベツが山のように盛られた、十代の女子が食べるにしてはあまりにも見栄えを無視した一品。

 それに勢いよく箸をつけて、ずぞぞぞぞーっとすすると、魔力が全身に行き渡っていく感覚がありました。うん。うまい。チーズと卵が、よく煮込まれた野菜に染みこんで、味をまろやかにしている。ニンニクはもうちょっと多めでも良かったかな。舌の上で暴れるピリリとした辛みが心地よい。


「それで、どうでした?」

「ん」

「今さっきのやつは、私のこと、試したつもりでしょう」

「ああ――まあな」

「私、どこか変わりましたか」

「強くなったな。前より」

「そうですか」


 そりゃそうでしょう。

 今の私は、前世の”私”との訓練を経て、かなりの戦闘経験を得ているはずなので。


「他には?」

「…………。いや」


 いい加減その、意味深な表情を作った後、なんとなく否定するやつ、止めてほしいんですけどー。

 それで誤魔化されるのって、鈍感系の主人公だけですよ?

 ……まあ彼女、何を話すにしてもこのコラボ企画を終わらせてから、ってつもりみたい。

 ならばしゃーない。

 最後まで付き合うとしましょう。


「よおし! 豚肉もたっぷり食ったことだし、後半戦もがんばるか!」


 おーっ。

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