その287 子豚たちの冒険

四匹の子豚『ブヒッ! ブヒブヒブヒ! ブヒッブヒヒ~!』


 我がゲーマー史上最悪の絵面が、モニターに表示されています。

 私たちの目の前で繰り広げられているもの。

 それは、本物の豚さんたちの交尾を映した資料映像(無修正)でした。


四匹の子豚『ブヒ~ッ! ブヒブヒヒィ~!』


 しかもこのシーン、長い。どのボタンを連打してもスキップされない。とてもねっとりと描写されている。

 これにはさすがの藍月美言ちゃんすら苦虫をかみつぶした表情で、その拷問に似たシーンを眺めていることしかできません。


「かるい説教で済ませてやろうと思ったが……あの野郎、ぐーぱんだな、ぐーぱん」


 ちなみに私の相手は、お岩さん。これはやむを得ない措置でした。現状、私のキャラはぶっちぎりの最弱で、やれるようなことはほとんどありませんでしたから。


黄豚『……ふう。いい女だった』

白豚『ですねえ。イヒヒヒヒ』

青豚『…………くくくっ』

赤豚『今に見ていやがれ……』


 当然と言うべきか、私の幸福度はほとんど回復しません。

 画面はセピア色を通りこして白黒に近づきつつあります。

 それどころか画面隅にうっすらと、先ほどの資料映像(ハイライト版)が、トラウマっぽく流れているではありませんか。


「大丈夫か?」

「ええ……」


 なんかこの画面、見ているだけで体調悪くなってきそうなんですけど。

 私が苦い表情でいると、


「まあ、そういう顔するなって、――オメーには、魔法攻撃を担当してもらうからさ」


 そして彼女から、少なくない量のアイテム(回復役、罠、魔法の巻物など)を受け取ります。


「おおっ。助かります」

「適材適所さ。オメーのキャラ、物理攻撃はぜんぜんできそうにないし。それに、――」


 そこで、”賭博師”さんのキャラのレベルが3に。


「仲間にものをくれてやることでこっちの幸福度が上がるし、強くなれる」


 なるほど……。

 ちなみに、さらに幸福度が減少した赤豚くん曰く「ものを恵まれたのがムカつく」とのこと。じゃあなんでこの冒険の旅にでてしまったんや、君。


 その後、私たちは、宿屋の宿帳にてセーブを行い、”西の通行証”を門番に提示し、いよいよ狼族の砦へと旅立ちます。


黄豚『よーし、冒険の旅に出発するぞ!』

白豚『ですねえ。イヒヒヒヒ』

青豚『ちんちんがかゆい』

赤豚『……チッ』


 地平線まで続いていく(ちょっと手抜きの)マップをずーっと歩きながら、我々は魔法の練習、攻撃の訓練などを行います。


「そういえばこのゲーム、ランダムにエンカウントする雑魚敵みたいなのは出てこないんですねぇ」

「ああ。……厄介だな」

「?」

「レベル上げができないってことだろ」

「あっ、ホントだ」

「しかも、さっきから各パラメータをチェックしてるんだが、このゲーム、放置しているとレベルがどんどん下がっていく仕様らしい」

「げ」

「あんまりのんびりしてると、腕が鈍るってことだろうな」


 そんなとこまでリアルを追求しなくても。

 とはいえ、そういう仕様だと言うことは、それ前提のゲームバランスになっているはず……と、信じたい。


 そこで一行の道を塞ぐ影が。

 それは、四頭の馬に跨がった、四匹の人狼でした。

 こちらと同じ頭数の彼らは、ギラついた表情を向けた後……、


狼族『ここから先は、我らの領地。侵入することまかりならんぞ』


 と、警告の言葉を口にします。


「どうでもいいけど、馬は馬のままなのに、狼とか豚は人間っぽいのはこれ、なんでだろうな?」

「ファンタジーあるあるですねー」


 カバオくんはしゃべれるのにチーズがしゃべれないのは何故? 的な。


「あるいは原作者のやなせたかし先生が語った『ミミ先生はセックスアピールがすごい』発言が、あの世界観を読み解くヒントなのかも知れない」

「……オメーってそういう謎知識、どこから仕入れてくんの?」

「いんたーねっと」


 などと、ちょっと視聴者を意識した会話を挟みつつ。


「それで、どうする? 戦う以外にも、『賄賂を渡す』とか、そういう選択肢もあるみたいだが」

「もちろん、殺しましょう」

「だな」


 今のうちに、狼族の戦闘力を知っておいた方がいいでしょう。

 どうやらこのゲーム、ただレベルを上げて戦闘力を上昇させるだけではクリア出来ないみたい。ということは恐らく、ゲームの腕を磨くことが、攻略の近道になるはず。


 私たちがそれぞれ武器を抜くと、よくできたもので、応えずとも狼族は抜刀しました。


狼族『いくぞォ!』


 戦闘は一瞬にして乱戦となります。

 惰弱なスケベ豚と馬上の狼では勝負にならないように思われますが、意外なほど我々は善戦していました。さすがにこのゲーム制作者も、最初の敵くらいは容赦したろうと思ったのか、見た目ほどは強くないみたい。

 ……というかむしろ、戦闘に余裕があるのは、


「あいたぁ!? こら”名無し”! ちゃんと狙えっ」

「……魔法は狙いがつけにくいんですよ。わざとじゃないです」


 こういうことですよね? たぶん。

 私はバレない程度に、仲間たちにも攻撃が当たるよう魔法を放ちます。


「ここに、ピンチになった人用の回復薬を置いておきますので、どうぞ~♪」

「やれやれ……って、ぎゃあ! なんでここに罠を仕掛けるんだ罠を!」

「あれー? それって仲間に当たるんだぁ? 仲間には罠が掛からない仕様だと思って……つい……」

「まったく。気をつけろよな」


 仲間が苦しめば苦しむほどに、私のキャラクターの”幸福度”はてきめんに上がり、レベルもばんばん上がっていきます。

 恐ろしいことに、それがちょっとした愉悦となっている自分に気付きつつありました。

 まるでこのゲームそのものが、「お前はそういう人間だ」と言っているようですらあります。


 狼族を全員殺した頃には、私をのぞく三人はすっかりズタボロになっていました。


「くそ……レベルは上がったが、体力が減ったな。いったん街に戻るか?」

「それはいけません。回復薬はまだまだ残っていますし、……それに、悠長にしていると、どんどんレベルが下がってこちらが不利になっていく。そうでしょう?」

「しかし、幸福度が」

「幸福度が辛いのはお互い様ですよ」

「まあ、確かにな」


 仲間の不幸がこちらの幸福であるというゲームバランス上、私には冒険を続けさせる必要があったのです。


「”仲間が怪我をした”、”身体が血で汚れている”、”殺しをした”、”女を抱きたい”、”虫刺されがひどい”、”背中の傷が痛む”、……か。結構なマイナスが溜まってるな。あんまり幸福度が下がって、気が変になったりしなけりゃいいんだが」


 ところがどっこい。

 こちらはそれが目的なのですよ(ニチャア……)。


 と、その時でした。

 私たちのすぐそばにいる草むらが、がさりと揺れたのは。

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