その274 強い武器
地獄の釜の蓋が開き、死者が地上を跋扈するようになってからというもの、”ゾンビ”の対処法については常に、あらゆる議論の的となっていた。
現時点でわかっている連中の習性をまとめると、
・歩くスピードには個体差がある。
・眠ったり休んだりする必要はない。。
・脳を破壊しない限り動き続ける。
・掴む力がすごい。
・視覚は退化している。明るい、暗いを見分けられる程度?
・代わりに聴覚と嗅覚は鋭敏になっている。
・一部、隠れて人間を襲う個体がいる。
・唸り声を上げて、仲間を呼んだりする。
・思考力は虫並み。
・人間以外の動物は襲わない。
・共食いはしない。
と、こうなっている。
そんなある日、避難民の一人が、とある妙案を思いついた。
――要するに、連中の敵味方の区別は、その鋭敏化した嗅覚によるものではないか。
――つまり、連中の血と肉を全身に塗りつければ、襲われないのではないか。
聞くところによるとこれ、”ゾンビ映画あるある”のワザらしい。
その後、数名の探索者たちによりこのやり方は実証され、「不意に”ゾンビ”の群れに出くわした場合」の緊急措置として、雅ヶ丘の方ではすでにマニュアル化が進んでいるという。
美言がこの対処法を思い出せたのは、迂回に迂回を重ね、地下迷宮を”ゾンビ”から逃げ惑った末、エレベーター付近にある衣装室まで戻ってからのことであった。
「ううう……最悪。世界で一番、最悪の作戦だわ」
「ごちゃごちゃいうなよ」
「うううう……うう……」
二人は今、ちょうど孤立していた”ゾンビ”を一匹だけ狩り、その内臓をぺたぺたとドレスに塗っているところである。
先ほど夢見心地で眺めていたピンク色のドレスは、今や赤黒い色の呪われたグラデーションになっていた。
オマケとばかりに、ネックレスのように小腸を肩に引っかけると、今度こそ自分にふさわしい血のドレスが出来上がる。
仕上げに、自分の身体に合うよう、洋服の無駄な部分を切り裂いて。
夢の衣装に袖を通すと、強烈なアンモニア臭が鼻についた。百年掃除されていない公衆トイレみたいな匂いだ。
「……本当にこれで十分なの?」
「うん。でも、あんまり長いこと、このカッコでいると、カンセンショーがどーとかでビョーキになっちゃうから。いそぐよ」
少女たちがドレスを身にまとうと、穢れたお姫様が二人、できあがる。
物語の中で登場するならばきっと、魔女の役どころだろう。
▼
その後の美言の足取りは、散歩をするように軽い。
道中、三匹ほどの”ゾンビ”とすれ違う時も、
「ねえ……本当の本当に、大丈夫なんだよね?」
「ん。まあ、もしダメでも、死ぬだけよ」
「そんなぁ」
と、動じるところ一つ見せなかった。
さっきからどうも、二人の立場が逆転し始めている。
というのも、すっかり瑠依が、気落ちしてしまっているせいだった。
仲間に捨て駒扱いされたことをよほど気にしているらしい。
「ところでひとつ、きいていい」
「え?」
やむなく美言は、相方の気が紛れるよう、口を開く。
「ずっと思ってたけどおまえ、チビのくせに頭がいいかんじがするね」
ちなみに今二人は、”ゾンビ”十数匹が廊下にひしめく中を、糸を縫うように歩いていた。
瑠依は、心なしか頭の上に「?」マークが浮かんでいる”ゾンビ”の視線に怯えつつ、
「ああ……そう。ありがと」
「本とか、たくさん読むとそうなるの?」
「いえ、――私の場合は、……”魔王”さまと心が繋がってるからで」
「は? まおー?」
「……えっと。そうね。マオちゃんって子がお友だちにいて、そのしゃべり方をまねっこしてるだけなの」
「ふうん」
「良い友だちを持つと、頭も良くなるものよ」
「じゃ、いつかその子に会わせてよ」
「そうね。……もし今日、何もかもが上手くいけば、ありえるかもしれない」
二人、”ゾンビ”たちの群れを抜けて進むと、今度はほとんど障害らしい障害もなく、目的地に辿り着くことができた。
さすがに”無限湧き”のエリアを大きく迂回することにはなったが、ここまで来るのにかかる時間は三十分、といったところか。
時計を見ると、5時半よりちょっと前。まだ日も落ちていない時間帯だ。
「まったく、余計に時間がかかったわね。もっと楽な仕事だと……」
とはいえこの往復作業は決して、無駄にはならなかった。
藍月美言が、ここまでの道のりを完璧に暗記することができたためだ。
――これで次からは、一人でこれる。
そしてその情報は、可愛い手下達にとって大きな助けになるだろう。
▼
”第44番倉庫”とプレートが掲げられたその場所は、地下フロアの端も端、最も隅にある目立たない部屋だった。
頑丈な鋼鉄の扉を前に、瑠依は急いでポケットの鍵を差し込む。
「よしっ……!」
扉を開くと、――そこは一見、演劇系のアトラクションに使う小道具・大道具めいたシロモノがズラリと並んだ空間に見えた。
ファンタジー世界の産物のような諸刃の剣。弓。杖。魔法の箒のようなもの。
なんだか気味の悪い雰囲気の人形。がたごとと中身が暴れているスーツケース、ただの肉切り包丁に見えるもの、薬入リの瓶が数点。古いヒーローものっぽいデザインのバッジが数点。
全て番号のみ割り振られているだけで、用途などはわからない。恐らく、道具の効果に関する情報は、麗華本人が管理しているのだろう。
「ここは報告通り……!」
そして瑠依は、棚から棚を走り回り、――やがて、ブリーフケース入リにされた書類を引っつかむ。
「……やった! あった! ”悪魔の証明書”!」
瑠依は、それを恋人のようにぎゅっと抱きしめた後、その中にある一枚の紙切れを四つ折りにして、ポケットに突っ込む。
同時に糸が切れたように座り込み、ほっと安堵した。
「あ、ありがと、美言ちゃん。……あなたがいなくちゃ、私……」
しかし美言は、彼女を完全に無視している。
目の前にものに心奪われ、ぼんやり立ち尽くしているのだ。
「美言、ちゃん……?」
不思議に思った瑠依が、とことこと彼女の前に歩み寄って……そこで、彼女が観ているものが何か理解する。
「うわっ! こ、これ……!?」
それは、戦い、疲れ果てた中世の騎士を思わせる格好で横になっていた。
立ち上がれば天井に背が届きそうな背丈。全長は3メートルほどだろうか? その背には、分厚い布地の藍色のマントがある。
そのすぐ隣には、人間にはとても扱えないサイズの戦槌が立てかけられており、どうやらそれが、彼の扱う武器のようだ。
「なにこれ……ロボット? 人型の?」
「うん」
「”試作型対ゾンビ用ロボット”なら見たことあるけれど。あのようなものかしら」
「そうかも」
「まあ、志津川麗華がこんなところに放置してるんだから、――使い道に困る道具なんじゃないかしら。案外、ただのハリボテかもよ」
「…………」
美言にはなぜか、それは違う、という確信があった。
これはきっと、役に立つ、と。
というのも、これと似たような形状のものの情報を一度、雅ヶ丘で耳にしていたためである。
銀色の鎧。その背にはマント。
人間でありながら魔法の力を使うという、とある青年の物語を。
「きっとこれ、――”プレイヤー”にも負けないくらい……つよいブキだよ」
”ロボット”はなんとも応えず、ただ人形のように眠り続けるだけであった。
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