その275 二人目の……

 この奇妙なロボットを前にして、少女たちはそろって頭を悩ませていた。


「とはいえこれ……どうする?」

「もってかえりたい!」

「無茶言っちゃダメでしょ。こんな大きいもの」

「うごかしてみるよ」

「動かせるの?」

「たぶん」


 すでに美言は、ロボットの脇腹辺りにつまみのようなものがあることに気付いている。

 それを捻ると、プシュー、と、空気が抜ける音と共にロボットが開胸し、コックピットと思しき箇所が露わになった。

 中は人間が入り込めるようになっており、美言はそこに、さっと身体を滑り込ませる。

 するとすかさず、ようやく想い人を見つけた恋人のように、手と足、腰、頭部にベルトのようなものが巻き付いた。


「お、お、お、お!?」

「大丈夫?」

「うん。よていどーり」


 強がってそう言ったわけではない。

 何となく、この中にいると安心できる気がしていたのだ。


 操作そのものはかなり簡単そうだ。要するに、接続されたコンソールを、普段、身体を動かす時と同様に動かせば良いだけ。大きめの着ぐるみである。

 そこで突然、瑠依がぽんと手を叩き、


「わかった! このロボット、なんだわ。だから麗華も扱いに困ったのね……」


 確かにこのコックピット、かなり狭い。

 美言が中に入ってぎりぎりなのだから、大人ではとても使えそうになかった。


「どう? 動かせる?」

「ちょっとまって。……立たせてみる。すこしはなれて」


 両腕と腹筋に力を込めると、金属が軋むもの凄い音と共に、ロボットが動き出す。


「もっと、静かに動いてくれるものだと……”ゾンビ”が来ちゃうわよ!」

「それくらい、なんとかできるようじゃないと、イミない」

「そういう問題じゃ……」


 巨人にでもなったみたいだ。

 ただでさえチビっこい瑠依が、今や子ネズミのように感じられる。


 両腕。

 両足。

 ちょっとだけ背中のマントをいじくったり、モンキー・ダンスを踊ったりして。


 動作に違和感はほぼなかった。

 さすが子供用に作られているだけあって、かなり直感的に動かすことができるらしい。


「うん。――だいたいわかった」

「”ゾンビ”と戦えそう?」

「いけると思う」


 忙しくあちこち見ていると、視界を覆うモニターに白文字で、単語の羅列が表示された。


なまえ:あづき みこと

ジョブ:”みならいせんし”

ぶき:”ゆうきのせんつい”

あたま:”くろがねのかぶと”

からだ:”くろがねのよろい”

うで:”くろがねのこて”

あし:”くろがねのブーツ”

そうしょく:”れいきのマント”


ステータス

レベル:1

HP:21

MP:7

こうげき:67

ぼうぎょ:22

まりょく:1

すばやさ:27

こううん:19


 その……詳しい意味についてはよくわからない。

 ひらがなで読みやすくしてくれているのには助かるが、――もとより美言は、数字を眺めているだけで頭がくらくらするタイプである。

 だから彼女は、目の前にある多くの情報を無視することにした。


「でも、この大きさじゃあ、廊下を通れそうにないわね。……どうやってこの場所に運び込んだのかしら」


 と、その時だった。

 先ほどしっかり鍵を締めていたはずの”第44番倉庫”の扉ががちゃがちゃと音を立てたかと思うと、――どかんと乱暴に蹴り開けられたのは。


「おーい。だれかいるのかぁー?」


 美言と瑠依、揃って、ぎょっとそちらに向く。

 事ここに至って、もはやごまかしはきくまい。

 美言は念のため、傍らにたてかけてあった戦槌を引っつかんだ。


 そして瑠依を後ろに控えさせて、


「ひとりでにげて」


 と囁いた後、


「だれ!?」


 叫ぶ。この場所からでは、いくつもの保管棚に隠れて相手の姿は見えない。


「『だれ』って、おめー、……そりゃこっちの台詞なんだけど」


 聞き覚えのない声だ。

 つまり相手は、――志津川麗華の手のものである可能性が高い。

 ちらと、瑠依を見る。

 彼女は今、歯の根が合わないほど怯えていた。どうもここの連中に見つかるような事態は想定外らしい。

 美言は少しため息を吐いて、


――やるしかない……っ。


 覚悟を固める。


「おめーら、あれだろ。どろぼうだろ。良くないんだぞー? そういうの」


 しかし、闖入者の姿を見て、美言はさすがにたじろいだ。

 現れたのは、ニャッキー・キャット……に見える、何者かであったためだ。


――二人目のニャッキーは、本物よりも身体が小さくて、顔も偽物っぽく、ちょっと不気味なんだってさ。


 否が応でも、瑠依の言葉が蘇る。

 そのニャッキーは彼女の言うとおり、一回り小柄にみえた。

 顔だけは普通のニャッキーと変わらないようだが、小さな身体と比べてアンバランスで、かなり不気味に思える。

 それに、あの虎柄のマント。

 ニャッキーがそのような格好で人前に出ているところなど、見たことがない。


「な……ッ! なにものだ、おまえ!」

「見たらわかるだろ。――ニャッキー・キャットだ」


 うそだ。

 ありえない。


 疑問に思うと、自動的にモニターへ情報が表示されていく。


なまえ:??? ※かおを かくにんして ください

ジョブ:???

ぶき:なし

あたま:ニャッキー・マスク

からだ:とらのマント

うで:なし

あし:うんどうぐつ

そうしょく:ゆうじょうのゆびわ


「ハテナって……わからんってこと?」


――二人目のニャッキーに気付いちゃった人は、ものすごぉく、恐ろしい目に遭っちゃうんだって……。


 背筋を凍らせながら、美言はほとんど戦意を喪失している自分に気付いていた。

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