その256 友だちの友だち

 ”賭博師”と綴里たちは、以前に一度だけ顔を合わせている。


――たしか秋葉原での、……”王”との戦いにおける協力者だったはず。


「あの、」


 綴里が何ごとか問いかける……が、彼女は自分の唇に人差し指を当てて、


「わかってる。今は何も言うな」


 わかってる? 何を、どこまでわかっているというのだろう。


「まァ、このタイミングで来たのはグッジョブ。……どうも百花が抱えてる一件、かなりやべーやつらしい。考えるノーミソは、多いにこしたことがないからな」

「やべーやつ、というと?」

「オレサマも詳しいことは知らん。――ただ確かなのは、あいつがここでコツコツ積み上げてきた数ヶ月を犠牲にするリスクを背負ってでも、外出したってことだな」


 その情報は、さっき聞いている。

 ”彼女”の力が必要になって、百花自ら、雅ヶ丘まで向かったこと。

 その結果、合流が少し遅れる羽目になったこと。


「ちなみに、ぶっちゃけオレサマと百花はあんまり仲がよろしくない。だからもし、百花と組みたいってんなら、オレサマとはあんまり絡まんように振る舞うことをオススメしとくぜ」

「……………」

「それとも一つ、一応言っとくな。――オレサマの目には、。……”賭博師”は、あらゆるペテンを見逃さないからな」


 そして彼女は歯を見せて笑って、


「その上で、言わせてもらう。――逃げるなよ。逃げると殺す。お前はもう、引き返せないところにいるんだからな」


 言いたいことを一方的に言って、”実況姫”もまた、脱衣所を去って行く。

 残されたのは、頭に「?」マークを浮かべた君野明日香と、苦虫をかみつぶしたような顔つきの、天宮綴里だけだ。


「明日香さん」

「?」

「あとで刺していただいても結構ですので。ごめんなさい」

「???」


 そして少年は、秋葉原で卸してきたばかりのメイド服に手をかけ、――思い切ってそれを脱ぎ捨て、素早くバスタオルを巻く。


「わっ、早着替え!」

「さっさと行きましょう」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくださいよう!」


 慌てて服に脱ぎ始める彼女を置き去りに、浴場へと繋がる扉へ。

 ドアは自動だった。


――いまさら気付いたけど、この建物、電気が通じてるよな。ずっと《雷系Ⅲ》を使っているわけにもいかないだろうから、きっとこの建物全体を”拠点化”してるな。


 となると、《拠点作成》を覚えている”プレイヤー”がこの辺りにいることになる、が……。

 などと頭の隅っこで想いつつ、湯煙の中を進む。

 深夜アニメの規制シーンを思わせるほどに蒸気が充満したスパ・エリアは、こんな状況でなければ一時間でものんびりしたいくらい豪奢だ。

 秋葉原のシャワールームも最高だったが、それにも増して、ここの水の扱いは贅沢である。

 恐らくここまでもったいない水の使い方をしている空間は、この”終末”後の世の中ではここだけに違いない。


「お、お待たせです~」


 追いついてきた明日香さんと二人、温水で全身を軽く流しては素早くバスタオルを巻き直し、我ながら実に堂々たる態度で風呂場へと進んでいく。


「ちょ、はや……綴里さん、もっとちゃんと洗った方が」

「今も渇きで苦しんでいる人を思えば、水は大切にせねば」

「そりゃそうなんですけど~」


 天宮綴里は、一つ発見していた。どうやら女というのは、自分の身体に自信がある場合、さりげなく肌を露出することでマウントを取ろうとする生き物らしい。

 それはどこか、筋トレ趣味の男が腹筋を見せつけてくる行為に似ていた。


「ねえねえ綴里さん、ちょっとお乳の下のところ、見てもらえません? どーも汗疹ができちゃってるっぽくて……ブラが合わないのかしら」


 あんまり彼女の隣にいると、理性が崩れてしまう一瞬が来る。きっと来る。奇跡は白く。


「……明日香さん」

「ん?」

「申し訳ないのですが、もうちょっと肌の露出を抑えていただけませんか」

「へ? お風呂で? 露出を? そんな無茶な」


 ぽかんとした表情の彼女に、「さすがに無理があったか」と反省。だがやむを得なかった。芸術品めいた”姫”たちの肉体よりも、むしろ君野明日香のように身近な少女の方が男の欲望を喚起するものである。


――優希。私に自制心を与えてくれ。


 綴里は、己の二の腕をちぎらんばかりにつねりながら、話し声が聞こえるエリアに到着した。


「おや。きたね。お疲れ」


 恋河内百花と会うのは、今日が初めてである。

 先ほど初対面の挨拶を交わしたばかりだが、相変わらず現実感のない容姿だ。どことなくCGっぽいというか。加工された美しさというか。

 『ロード・オブ・ザ・リング』という映画の中に登場する”エルフ”そのまんまの彼女は、肩まで湯船に浸かった状態で、特別、こちらを気にしている様子はない。

 なんでも、百花が”転生”する前の時間軸では、自分は早々に死んでしまっていたらしい。

 つまり彼女にとって、自分の存在は丸ごとイレギュラーだということだ。


 百花は、仲間(と表現できるほど”姫”たちは仲良しではなさそうだが)の顔を順番に見据えてから、


「ようし、役者がそろったね」


 声は、天井の高いローマ風建築の室内に反響して聞こえる。


 スパ・エリアは、円形のホールに五つのジャグジーで構成されていて、それぞれの風呂に一人の”姫”が入浴している格好だ。


 綴里は少し迷った末、――”賭博師”が入っている湯船に足をつける。

 なれ合うなと言われたばかりだが、正体がバレている人の近くにいた方が安全だろう。


――ごめんなさいごめんなさいごめんなさい足湯だけにするので許して。


「…………………」


 ”賭博師”は何も言わない。それが却って不気味だ。


「それじゃ、そろそろ話を始めよう。――いま、この世界に迫っている危機についての」

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