その247 王国の入り口で

 ”アビエニア”への入り口は、ランドのエントランスをそのまま改造した形になっていました。

 改めて辺りを見ると、ディズニャーランドの”ディズニャー”部分は消され、全てが”非現実アンリアル”に上書きされていることに気付きます。

 かろうじて残されたチケット料金表の『1dayパスポート ¥7,400』の文字を見上げて、あ、そーいやお財布忘れてきたなあとか、間の抜けたことを思ったり。


「ええと、――」


 今のランド入り口は、当たり前ですが”ゾンビ”対策のため、幾重ものバリケードが張られている様子でした。

 ディズニャーランドは外界との隔絶を演出するため、外に存在するあらゆる建造物が内部の人間にみえないよう工夫されていると聞きますが、今はそれをさらに徹底して行っている感じ。


 ”非現実の王国”。

 この中で、どのような”非現実的”なことが行われているのでしょうか……。


 私が思索に耽っていると、待ちきれないとばかりに、美言さんが声を張り上げます。


「だれかーッ!? いますかー! ニャッキーはー? ゴナルドはいますかー?」


 美言ちゃんが叫ぶと、恐らくはランドに取り付けてあったスピーカーから、


『はぁーい。ちょっとまってねー!』


 と、お返事が。

 それから待つこと、二、三分。


 踊るように軽快な足音と共に、私たちの眼前にある、高さ3メートルほどの金網越しに、一人の少女が現れます。

 彼女は恐らく私と同い年くらいの女の子で、綺羅星の如きラメ入リレオタードを身にまとった新体操ファッション。腰には銀のバックル付ベルトが巻かれており、そこに二本の短剣が収められていました。


「どーもー」


 私が手を振ると、彼女は数歩ほどの助走で跳躍します。

 金網を飛び越え、くるくると空中で三回転半、――着地は羽が落ちるようにふわり。

 そして少女は、優雅な仕草でお辞儀しました。


「わーっ! ひゃー! すごーい!」


 私は、ぱちぱちと手を叩きます。

 こういう予期しないところでの見世物は、なんとなくディズニャーの精神が受け継がれている感じがしました。


 ……とはいえ、顔を上げた彼女の目が、蒼く輝いていたことは見逃せません。

 どうも彼女、”プレイヤー”らしいですねー。

 向こうがこっちを見てきたくらいだし、こっちも《スキル鑑定》して構わないでしょう。


ジョブ:踊り子

レベル:44

スキル:《体操術(上級)》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《スキル鑑定》《カルマ鑑定》《実績条件参照》《火系魔法Ⅰ》《治癒魔法Ⅰ~Ⅲ》《短剣の扱い(超級)》《二刀流》《トランスモード》《剣の舞》《癒やしの舞》《解毒の舞》《歓喜の舞》《眠りの舞》《赤い靴》《すばやさⅤ》《電光石火》《回避Ⅴ》《にげる》


「ほう」


 踊り子。さりげに始めて見るジョブじゃない?

 彼女は優雅に微笑んで、


「ごきげんよう! ヴィヴィアン・ガールズ!」

「あ。ども……」

「元気がないゾ! もう一度! ごきげんよう! ガールズ!」

「ご、ごきです……」

「元気が出るまで! 繰り返すよ! ごきげんようガールズ!」

「ごきげんようっ」

「ダメダメ! そこのシャイなちびっ子とメイド……メイド? まあいいやメイドの子も! みんなで元気よく!」


 どうやら、ちゃんと応えないと先に進まないみたい。

 そこでさすがに綴里さん、美言ちゃんも声を上げて、


「「「ごきげんよう!」」」

「よろしい」


 しってるぞ、私。これあれだ。ディズニャーの無駄に元気なアトラクション案内人のノリのやつ。


「うーーーーーーーーーーーーーん! 今日もさいっこーに天気が……良い? ふつう? 曇りか! まあいっか! 元気良くやってこ!」

「お、おう」

「今日は三人とも、どーいうご用かな?」

「あのその……”アビエニア”に知り合いがいるので、中に入りたいのですが」

「入国希望ってことね!」


 すると彼女、急に真面目くさった顔つきで、


「そうなりますと、入国許可申請に必要な書類として、政府に認定されたパスポートが必要ですが」

「えっ? ぱすぽーと?」


 そんなの用意してきてませんけど……。

 ってか、そんなの必要なら他のみんなから何か聞いてるはずです。

 と、思っていると、


「なぁーんちゃって!」


 くるっと回っておどけてみせる”踊り子”さん。

 こちとら、わりとシリアスな雰囲気でここまで来たっちゅーに。


「でもでもね。ふたぁつ! ”アビエニア”入国には条件があります」


 彼女は、指を二つ立てて、


「ひとぉつ! 女の子であること。

 ふたぁつ! 二十歳以下のぴちぴちであること。

 みーっつ! ”たのしい”を仕事にしたい人!」


 そこで、こっそり立てたみっつめの指を不思議そうに見て、


「あれ? みっつあった……? ま、いっか!」


 そして、にかーっと笑います。

 もうね。すごいのがね。

 ここまで”愉快な感じ”を演出しながら、彼女の目、全く笑ってないんですよ。

 これぞプロの仕事って感じ。


「もし条件に当てはまらなくても、”グランデリニア”があるからへーきだよ! さて三人はどーかなー?」


 私は一瞬、綴里さんに視線を送ります。

 彼女、よっぽど肝が据わっているのか、ぱーぺきに平然としていました。

 それどころか、


「もし条件に当てはまらない人が入国した場合は? やはり、何らかの厳罰が?」


 などと危うい質問をする始末。

 それに対する返答は、


「べつにー?」


 と、なんとも適当な感じ。


「まずくても、強制的に”グランデリニア”送りになるくらい? でも、ウソつきは嫌われちゃうから、オススメはしないかな!」

「……そのような緩い感じでは、ルール違反が続出するのでは?」

「まーね。でも、多少の年齢詐称は許されてるの。パークの中で歳を取ることだってあるしね。……それより何より、大切なのは”楽しい”こと!」


 ”楽しい”……ねえ。

 でもこの感じなら、私たちのような者にとっては、わりと助かる条件ではないでしょうか。


「ただ、これからながーく”非現実の王国”で暮らすなら、素直・純真が一番だよ! それこそが”楽しい”を生み出す一番の近道だからさ!」


 綴里さんは、筆で引いたように形の良い眉をひそめて、静かに頷きます。

 そこでようやく私は、ずっと気になっていた質問をしました。


「その、――あなたのいう”楽しい”って、具体的になんなんです? 我々はこの中で、何をさせられるんでしょうか?」


 すると”踊り子”さん、満面の笑みで……どこに仕舞ってあったのか、三台のスマートフォンを取りだし、――ここに来るまで私が、ただの一度たりとも思い浮かべなかったワードを口にしました。


「ゆーちゅーばー」

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