その238 死刑囚の麗華

――メアリー・スーか。


 天宮綴里は少しだけ眉をひそめて、静かに耳を傾けていた。

 確かにそれは、”プレイヤー”と呼ばれる連中の一側面を言い当てている。

 もちろん、全ての者が”自分第一”かというと、――少なくとも自分は、はっきりと「NO」と断じることができるが。

 この自分が、ちっぽけでつまらない、取るに足らない人間だということは、ずっとずっと昔から知っているのだ。


 親の虐待、だとか。

 先生の無理解、だとか。

 クラスメイトの嗜虐趣味、だとか。

 その結果として居場所をなくしたり、だとか。

 そういうことの積み重ねがあって。


 なんともありがちな話である。

 どこにでも転がっている、特別誰かに語るまでもない人生。

 そして、――


 先光亮平と、神園優希。


 二人の友だちの出現により、あっさりと救済された人生。


 ぷりぷりした歯ごたえの小海老入もんじゃを食べながら、彼は思索に沈んでいる。


――死者を蘇生する”プレイヤー”、か。


 むろん、大喜びでそんな情報に飛びつくほど愚かではない。

 だけどもし、それが真実だというのなら。


――何を犠牲にしても、優希を蘇らさなくちゃ、な。


 実を言うと”彼女”に同行を申し出たのは、それが目的でもあった。

 そんなことを、ぼんやり考えていたものだから、


「ところで一つ、お聞きしてもよろしぃー?」

「なんです?」

「みなさんの目的ってやっぱ、”死者を蘇生する”プレイヤーなん?」

「え? いや別に、そういう訳じゃありませんよ。単なる人捜しです」

「あら珍しい。――最近この辺を通りがかる人は大抵、死人を生き返らそうってのばっかなんやけど」


 思わず、”彼女”と七裂蘭の会話に口を挟んでしまう。


「本当に、その……っ」


 みんなの視線がこっちに向いて、


「その、……死人を生き返らせられる人がいるんですか? 完璧に健康な状態で?」


 問われた少女はポニーテールをふりふり、首を傾げて、


「まあ、噂ではそういうことになってるなァ」

「実際に生き返った人を見たりとか、そういう情報は……」

「ある」


 蘭はあっさりと首肯する。


「でも、さすがにそうぽんぽん生き返らせられるモンやない、とは聞いた」


 一瞬、心臓がどきりと弾んだ。


――死んだ人間が……神園優希が、生き返る……?


 本当にありえるのか? いや、”魔法”が存在する世の中だ。あり得てもおかしくはない。しかし……、


「その、死者蘇生のために必要な条件というのは?」

「いまんとこ不明やね」

「こんなに近場にいて、何も情報を掴んでないんですか?」

「そりゃいちおう、調査員は派遣しとるよ? もし死人を生き返らせることができるヤツが仲間になりゃあ、そりゃもぉ、最強無敵やし」

「では……」

「残念ながら、戻ってこんの。みんなね」

「一人も?」

「うん。どうも、向こうの生活に感化されちゃったみたい」

「感化されるって……?」

「ありゃりゃ? ……さてはあんたら、例の遊園地で起こってること、ほとんど知らんっぽいな?」


 綴里は一瞬、隣に座っている沖田凛音に視線を向ける。

 彼女なら情報通のはず……かと思いきや、首を横に振るばかり。


「どうも、ただのコミュニティではないって話は聞いてるけど、そんだけ」


 蘭は少しだけ”守護”の仲間たちに視線をやって、謎の意思疎通を行う。


「舞浜で、――何が起こってるんです?」

「うちも商売人の娘やからな。タダじゃあ教えられん」


 すると、もんじゃ作りに精を出していた兄が、


「なんだよ、蘭。それくらい教えてあげたって――」

「にいやんは黙ってて。一生黙ってて」

「い、いっしょう……?」


 まどろっこしい駆け引きは苦手だ。


「……条件を言ってください」

「やることは、すっごく単純」


 そして彼女は、ことんとポケットから無線機を取り出し、


「向こうに着いたあと、この無線機で内部の情報を……もし、きなくさいところがあったらでエエから、教えてほしい。そしたらうちらはあんたたちのこと、外から全面的にバックアップする。……どや?」

「スパイをやれ、と?」

「うん。万が一連中が攻めてきたら、まずぶつかるのってうちらやからねー」


 ふっかけられるかと思ったが、意外と良心的な取引である。

 仲間に相談するまでもなく、”彼女”が頷く。


「わかりました。約束しましょう」

「なら、――教えたる。いま、例のあの遊園地を仕切っとるのは、志津川しづがわ麗華らいかっちゅうてな、”終末”のごたごたで脱走した囚人なんよ」

「囚人? ……罪状は?」

「大学時代、サークルのメンバーをリンチして殺したっちゅう話や」


 ほぼ同時に、”彼女”をのぞく仲間全員の顔色が蒼くなった。

 恐らくみんな、心当たりがあるのだろう。

 ”終末”以降、私刑による集団暴行、殺人の類は常に、人間の最もドス黒く、残酷な部分をさらけ出している。

 個人的に話す分には気の良い人が、集団の一部となると突如変貌して……ということは、本当にしょっちゅう起こっているのだ。 

 それを、”終末”が起こる以前から行っていたとするならば……、


「心して掛かった方がよさそうですね」

「うん」


 蘭が深々と頷いて、


「向こうではあいつ、”死刑囚の麗華ライカ・デッドマン”なんて呼ばれとるらしい」


 デッドマン、か。

 女が好んで選ぶ名ではないが、周囲を脅かすには効果的だ。


「麗華は、例のあの遊園地を縄張りにして、かなり妙ちくりんな法律を敷いてるらしいわ」

「法律?」

「うん。――”楽しませぬ者、喰うべからず”っていう……」

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