その237 メアリー・スー

 ところ変わって、東京メトロ月島駅。

 より正確に描写するならば、大幅な改装と入念なる清掃を行われた結果、秘密基地みたく変貌した駅構内、……その一室にて。

 私たち雅ヶ丘からやってきた六人は今、――なんか、もんじゃ焼きをご馳走になっています。


「いやー、さっきはマジで助かりましたわ! レベル85パイセン!」


 と、威勢良く話すのは、先ほどまで”ゾンビ”と戦っていた四人組の一人、――七裂ななさき里留さとるくんです。

 彼は今、”ゾンビ”の血で汚れた制服を脱いだTシャツ姿で、手際よくもんじゃをかき混ぜていました。

 わざわざ地上から持ち込まれた鉄板の上から、カッカッカッカッとろりジューッ……という、心躍る音が聞こえています。

 ……まーでも私、あんまり食欲ないんですけど。

 だってほら……目の前のこれ……さっき見た”ゾンビ”の死骸っぽくて。


「もー、どん! どん! 喰っちゃってください! ぶっちゃけ俺ら、中央府から物資をふんだんにもらってるんで、喰うモンには困ってないんすよ!」

「はあ……」

「今どき珍しい、新鮮な野菜もたっぷり! 卵もあるよ! どーですどーです?」

「えっと……」

「今! もしご入隊いただけるんなら……ふふふっ! トイレットペーパー一年分もおつけしちゃう!」

「いや、それはちょっと」


 あからさまな勧誘を躱しつつ。

 こちとら、やることがありますんで。


「え~? マジぃ~?」

「まじまじ」


 できあがったチーズ入りもんじゃを口に運ぶと、なかなかの味わい。

 チーズとキャベツが良い仕事してる。甘い。

 私が一口もぐもぐすると、それに続くようにみんな、もんじゃに手を伸ばします。

 ……あれ? いま私、毒味させられた?


「でも、うちら公務員なんすよ。どーすか、公務員。みんなの憧れ。”将来の夢”に書いたら親に喜ばれる職業の代表っす」

「にいやんにいやん」

「ん?」

「さすがにそろそろ、しつこいで。みんな困ってるやん」


 その隣で座っているのは、七裂らんちゃん。

 先ほどは見事なサーベル捌きを見せてくれた、ポニーテールの女の子です。

 蘭ちゃんと里留くんは兄妹で”プレイヤー”みたい。


「それよりにいやん、つぎは明太子入り焼いてぇや」

「よしきた!」


 慣れた手つきでキャベツの千切りを炒める里留くん。

 なんでも彼、もともと大衆食堂でコックさんをしていたらしく、この手の作業には慣れっこだそうです。


「そういえば、トール・ヴラなんとかさんは?」

「トールは例の魔法使って、点滴受けてます。めちゃくちゃ消耗する術なんすよ、《光魔法Ⅹ》って」


 その時、妹の方が、「ちょっと、にいやん……」とたしなめますが、


「別にいいんじゃん? この人たち、良い人そうだし」


 とのこと。

 里留くん、ちょっと危機感に欠けるところがあるみたいですね。

 私たち、まだそこまで信頼し合える仲ではないように思うのですが。


「それともう一人、素手で戦っていた”プレイヤー”がいたはずですけど」

「あいつは……蘇我そが亮二りょうじって言うんですけど……すんません。一応、来るように言ったんだけど、来てねえみたいっす。自由なやつなんす」

「ふむ」


 気のない返事をしつつ、小さいヘラでもんじゃをすくって、パクリ。

 なんとなく食が進まないのは、さっき”ゾンビ”の死骸を目の当たりにしたせいだけではありません。

 壁際、私たちを取り囲むように、緑色の軍服を身にまとった人たちがズラリと並んでいるためです。

 彼らはみんな、制服の上からでもはっきりわかるくらい鍛え抜かれた身体をしていて、深く被った軍帽で隠れたギラつく目で、こちらをじっと注視していました。


「えっと、……その。他の皆さんは、お食事しないので?」

「みんなはもう食べたみたいです」

「そう……なんですか」


 そして里留くん、ちょっと声を潜めて、


「なんかそういう訓練してるのか、めちゃくちゃ喰うの早いんですよ、この人たち。俺らも時々誘うんですけど、みんないつも『食い終わった』ってばっかで」

「へえ……」


 それってつまり、避けられてるってことじゃない?


「ここには他に、何人の”プレイヤー”が?」

「それは、――さすがに、機密事項やね」


 兄の代わりに応えたのは妹の方。

 蘭ちゃんは兄ほどこちらを信用していないらしく、油断ならない表情で、


「ただもちろん、うちらだけやないよ。仲間は今、都内にいる”プレイヤー”を団結させるためにあっちこっち走り回ってくれてるとこ」

「へえ」


 綴里さんが会った”守護”の人も、そのうちの一人かな。


「それで、”プレイヤー”を団結させて……どうするつもり?」

「そりゃもうもちろん、みんなで協力して”ゾンビ”をやっつけて、首都を奪還することよ」

「”プレイヤー”の軍団を作る、と?」

「うん。なんでも上の人は、十年後の絵図まで描いてるって話やで」

「ほほう」


 「将来を見据えている」アピールのつもりでしょうが、私にはそれが「来年のことを言うと鬼が笑う」に聞こえています。


「年明けには軍団を編成して、”ゾンビ”と”怪獣”を一掃する計画なんやて。……んで、さささっと国内再統一したら、今度は海外に向かう予定らしい」

「海外?」

「うん。……アメリカとか、ヨーロッパとか……ここよりもっと酷い状況らしーからね」

「他国のピンチを利用して……ってことですか」

「そういうことやね。……ちょっと不思議なんは、海外には”プレイヤー”があんまりおらんって話。”プレイヤー”って、関東に住んどる人を中心に多いらしいんよ」

「へえ」


 それは初耳。


「ってことは、出身によって”プレイヤー”になれるかどうか決まるんでしょうか」

「わからん。いちおー北海道や沖縄にも”プレイヤー”になっとる人はおるみたいやし、あくまで確率の問題っぽいな」


 へー。なんでだろ。


「トールさんを見る限り、人種が問題って訳ではないでしょう?」

「せやねぇ。ひょっとすると、ある時点で国内に住んどったことが条件なんかも知れん」


 なるほど。それは考えられます。


「ま、何にせよ、今この国に、不思議な力を使える人間がたくさんいるっちゅうアドバンテージは活かさんとあかん。……上の人は、うちらの力を利用して世界を救済、統一したろーって考えらしい」


 世界統一。

 なんだか壮大すぎて、ちょっと私の想像のレベル超えちゃってますけど。


 混乱している私をよそに、すぐそばでもんじゃを食む五人の仲間たちはそれぞれ、ほぼ同時に発言しました。


「そりゃ無理だな」

「ん、無理」

「不可能です」

「ちょっと、厳しいんじゃないかのぉ」

「ばっかみたい」


 だれがどの発言かはまあ、ご想像にお任せするとして。

 五人を代表して言葉を紡いだのは、夜久銀助さん。

 一人だけビールを飲んでいる彼は、半分だけ露出した口元を赤く染めて、


「蘭ちゃんと言ったかな。もし君に発言権があるなら、その”上の人”に言っとくといい。『そういう甘い見通しでことを進めるのは、止めた方がいい』ってさ」

「…………なんでよ?」

「そりゃ単純さ。……”プレイヤー”どもは全員、メアリー・スーだから」


 メアリー・スー。

 作者が自己投影した最強系登場人物とか、そーいうのを指す創作用語ですよね、たしか。


「は? 誰? メアリー?」

「……まあ要するに、俺たち”プレイヤー”はそれぞれ、自分のことを物語の主人公みたいに思ってる。”神に選ばれた存在”だってな」

「それが……?」

「考えても見ろ。”神に選ばれた存在”が、自分を犠牲にしてみんなのために行動できると思うか? 仮にそれをしたとしても、きっとそれは独善的なものになる」

「それは……、そーかもしれん、けど」

「ちょうど、この部屋をぐるりと取り囲んでる連中は多分、自ら志願して国のために尽くすと誓った連中なんだろう。訓練を受けて、国民を救うことに命を賭けられる、立派な人たちだ。……だが”プレイヤー”のほとんどは、そうはなれない。俺たちは、苦しい時、辛い時、……本当の苦境に立たされた時、……必ず自分にとって都合の良い道を選んじまう。自分は”特別な存在”で、その他のモブキャラどもと違って、”主人公”だから」


 そして夜久さん、鉄板の上のもんじゃをいちばん大きなヘラで全てすくい上げ、自分のお皿にべしゃりと載っけます。


「…………あっ……」

「だから、俺たちの軍団を作るのは不可能なのさ」


 明太子入りのそれを、蘭ちゃんは哀しげに眺めていることしかできないのでした。

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