その219 午前一時のチャイム

――”勇者”ね。


 なんか、いかにも主人公っぽいジョブだなあ。

 と思うと同時に、少し前、於保多さんという身体の不自由な老人と話したあの夜のことを思い出します。


――銀色の鎧をまとった少年。


 もちろん、その少年と”勇者”を関連づける情報は特にありません、が。

 いかにも”主人公”ぽいっていう、そういうゾワゾワする感じは似ているかも。


「わかった。目的地に着いたら、彼女を頼ってみるよ」

「あ……もし良かったら、俺からの伝言もいいっすか」

「なに?」

「えーっと。そうっすね。『だれを愛そうがどんなに汚れようがかまわぬ。最後にこの俺の横におればよい!』……で」

「なにそれ」

「ラオウの台詞っす。『北斗の拳』の」

「漫画の引用ってこと?」

「ええ、まあ」

「あんた、さてはモテないだろ」


 皮肉を言いつつも、凛音さんはくすりと笑って、


「わかった。確かに請け負ったよ。――それで、あたしたちの部屋はどこ?」

「ああ、それなら……」


 その後は特筆するようなことはなく。

 私たちはシェルター内の部屋をそれぞれ借りて、その日は一休みすることに。


 事件が起こったのは、次の日の深夜。

 午前一時過ぎのことでした。



 ぴーんぽーん。

 という電子音で目を覚まします。


 シェルター内の出入り口は、私の住むボロマンションよりも遙かに頑丈な鋼鉄製で、どうやら扉を叩く音すら遮断する作りになっているようでした。

 そのため、内部に声を掛けたい場合は、チャイムを鳴らす必要があります。

 しかしこのチャイム、どうも間延びしていて音が小さく、ぐっすり眠っている人を起こすほど自己主張してくれません。


 ぴーんぽーん。

 ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。


 そのため私は、無駄にでっかいベッドの上、大の字のポーズで寝たまま、しばらく起き上がることはありませんでした。


 ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。ぴーんぽーん。


「……みゃう」


 一言唸って、半身をむくり。

 シェルター民全員に配られているという、ぱっさぱさの布地で織られたパジャマ(なんでも会議の末、”衣食住”の”衣”が優先されなかった結果のこと)を身にまとった私は、目を擦りながら扉を開きます。


 その先には、顔を真っ青にした麻田さんが立っていました。


「せせせせ、センパイ!」


 なんか似たようなシチュエーション、前にもあったな、と思いつつ、


「どうしました?」

「藍月ちゃんが! 藍月美言ちゃんが!」

「?」

「いつの間にかいなくなっちゃってたんです! これ! メモ一つ残して!」


 麻田さんが私に突き出したのは、『もどされるのは すごくいや。なので ばいばい』という下手くそな文字が綴られた一枚の紙切れ。


「ありゃまあ」


 私はその、笑っちゃいそうなほどわかりやすい家出の書き置きに目を丸くします。


「一応聞きますけどこれ、なんかのギャグじゃありませんよね」

「もちろんですっ」

「他の人は?」

「まだ、誰も……だってここのチャイム、押しても押しても、みんなぜんぜん起きないんですもの!」


 うん、わかる。実際ぜんぜん起きれなかったし。

 時計を見ると、一時過ぎ。全人類に「たたき起こされたくない時間」でアンケートとったら多分一位か二位くらいの時間帯です。


「彼女がここを出たのは、何時くらいでしょうか」

「わかりません。一緒にシャワー浴びて、ベッドに入ったのが十時過ぎ。私、いつの間にか寝ていて、……気付いたのは、ついさっきです」


 だったらまだギリギリ、探せば見つかるかも。


「しかし、ここの出入りってちゃんと管理されてたはずですよね」

「それはそうなんですが。――あの子、どこにでも入り込むから。嘘も上手ですし」

「とはいえ、ここにとどまっている可能性は高い」

「はい」


 麻田さん、すっかり困り顔。


「でもでも! 夜のアキバは危険なんです! 地下はわりと大人しいんですけど……、地上はどうしても、まだ発展途上なところがあるって、スラム化が進んでるって、お父さんが」

「……わかりました」


 昼に見かけた感じだと、そういう雰囲気はありませんでしたが、――あの時はまだ、壁の付近をちょっと進んだだけでしたからねえ。

 麻田さんは気遣わしげに、


「あのその……センパイ」

「なんです?」

「地上が危険な理由って、”王”に経験点を与える役割の”プレイヤー”たちの扱いがゆるゆるだからって聞きました」

「え。そうなの?」

「は、はい。街のみんなも、彼らのお陰で生活が成り立ってるから、強く言えないって。……『そんなに危険なわけがない』って出かけた人が五分後血まみれで帰ってきたとか、女一人で出歩いたら150%の確率でレイプされるとか。……ちなみにこれは、一度襲われた後また襲われる確率が50%という意味だそうです」


 マジかよそれ。


 私は、於保多さんと歩いた夜に出くわした、ヘンテコなおじさんを思い出します。

 あれのスーパーマン版みたいな人が現れたら……。

 うわうわ。ちょっと想像しただけで怖いんですけど。


「もしその、センパイがその。……アレなようなら、――みんなを起こしてからにした方が……」


 私は最後まで言わせず、ため息交じりにこう答えます。


「だったら一秒でも速く、美言ちゃんを助けに行かなくては」


 気は進まないけど。

 まあ、しゃーない。


 すると麻田さん、どこか目が覚めたような顔をして、


「あっあっあっあっ。……そ、そうですね! 私、できるだけ早く駆けつけますっ!」


 たたたたたたっ、と、短距離走を走るようなスピードで走り去っていきました。

 取り残された私は、唇をへの字にしてシェルターの出入り口に向かいます。

 途中、無意味に壁をワンパンしたりしつつ。


 ノンレム睡眠中にたたき起こされた人特有の、理不尽な怒りがこみ上げてきていました。


 今の私なら、メチャクチャに暴れることだってできそう。

 喧嘩ってけっきょく、ストレスいっぱい溜め込んだ人同士が出くわした時に起こるものなのかも。

 なんて。

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