その218 アキバの現状
がに股でよたよた歩く仲道縁さんに導かれ、私たちは再び地下シェルターを歩きます。
シェルター内は各区画ごとに番号が割り振られているため、わかる人は迷わないようにできていますが、異邦人である我々にしてみれば
私はなんだか、一生元の世界には戻れないような気がして、頭がくらくらします。
道中の会話は、基本的に凛音さんが請け負ってくれました。
「――それで、あれからここいらの具合はどうだい?」
しかしこの娘、年上相手にメッチャタメ口ききますね。
とはいえ縁さん、それほど気にした風でもなく、
「問題はないっす。少しずつ領地に住む人も増えてきて、衣食住も充実するようになってきてますし」
「ちょっと前みたいな豪勢な暮らしはできなくなってるみたいだけど」
「親父の時は、みんなを仮死状態にして操ってましたんで。リソースが浮いた分、いろいろとできることがあったんですよ」
「なるほど。悪党には悪党なりのやり口があったってわけか」
「……ええ」
私は彼らの話を右から左に聞き流し、キャラメル味としお味のポップコーンを交互に食べています。
うん、すごい。
永遠に食べられる組み合わせだ。
「そういやいっかい、シェルター内部で”ゾンビ”化した避難民が出たって聞いたけど」
「はい。……ただ、各部屋は”ゾンビ”の知能では開けられない構造になってますし、アナウンスも行き届いたので、――すぐに何とかなったっす」
「そりゃ良かった」
”ゾンビ”っつっても、一匹二匹程度なら一般の人でも対応できますからね。
「まあ、ロメロ三部作の時代から、連中そのものは決して致命的な問題じゃなくて、たいていの場合は――人間側に問題が起こって、ってパターンが物語の主でしたからね」
「問題、ないかい。人間側は」
凛音さん、さっきの会議場でのことを言ってるみたい。
「いや、うはははは。お恥ずかしい。……まあ、こういう状況っすから、どっかしら不満が溜まるのは仕方ないとこ、あります」
「同調圧力にやられて”中央府”と開戦……みたいな展開、あたしは嫌だよ」
「いやはや。みんなあれで、そういうことは愚策だって、それはわかってるんです」
「ならいいけど」
「でもときどき、馬鹿馬鹿しいってわかってても、昔の人が戦争に手を出した気持ちが実感としてわかるんスよ。個人の、一人一人の想いなんて置いてけぼりで、いつの間にか引き返せなくなって……って感じっす。人間って結局、争いを止められない生き物なんだなって……」
「あんた……」
心配そうに彼を見上げて、
「本当に大丈夫?」
「大丈夫っす。少なくともいまは、身内で争っているような状態じゃない。……”人間”が滅びるかどうかの瀬戸際っすから」
「それがわかってるなら、いいけど」
「最悪、もしみんながその一線を越えるときが来たら、――俺が止めます。俺には”王”の力があるから……」
「そっか」
とはいえ、”力尽く”にはならないこと祈っています。
神の気まぐれで与えられた力は、同じく神の気まぐれで取り上げられることもあるでしょう。もしその日が来た時、――人に恨まれた”王”の結末は、歴史が幾度となく繰り返してきた悲劇を生むでしょうから。
「ところで、みなさんもやはり、千葉に向かっているんすか?」
「ん。なんでそう思った?」
「いや、しばらくここに逗留していた日比谷親子の……子供の方。康介くんがそう言ってたもんすから。”死者を蘇生”するプレイヤーに会うって」
「そっか。康介のヤツ、そんなことを」
凛音さん、ちょっと複雑そうな顔。
「? 聞いたらマズかったやつっすか?」
「そうでもないよ。あんたには元々、話すつもりだったし。……なあ、縁さんは最近、”フェイズ3”のアナウンスを聞いたかい」
「ええ、もちろん。みなさんもそうでしょ?」
ジャージ姿の美女はそれに応えず、
「”クエスト”は?」
「もう達成済っす。たしか”領民を五千人以上にしろ”とか、そんなんだったはず」
「あんたの仲間で、失踪したヤツはいないかい」
そこで縁さん、目を丸くして、
「どうしてそのことを?」
「やっぱり。……その失踪したやつって、”ギルド”の関係者じゃないか」
「そうっす。琴城両馬さん。ちょうど一週間前くらいっすかね。彼、お腹に子供がいる女性を放って、どっか行っちゃったんす。一応、彼の写真を撒いて探してるんすけど……」
「見つからない?」
「ええ」
「そっか」
「何か、心当たりが?」
「いや。……いなくなったのは、”ギルド”のメンバーだけかい」
「いいえ。他にも流爪って人が。その人は、弟の流牙さんが探してます」
知らない人の名前がぽんぽん出てきて、私ちょっと困惑気味。
電車の中で聞こえてくる、サラリーマン同士の仕事の話を聞いてる気分。
とりあえず、こう理解しておけばいいかな。
”フェイズ3”以降、ちょくちょく失踪している”プレイヤー”がいる、と。
「ひとつ、あんたに頼み事してもいいかな」
「なんでしょう。ものによりますが」
「明日、あたしらは千葉の”死者を蘇生”するって”プレイヤー”の元へ向かうつもりだ。それであたしら、戦力になる人を探している。ちょうどいいのはいないかい」
すると縁さん、苦虫をかみつぶしたようになって、
「それは……ちょっと厳しい、かも」
「あらそう?」
「うちにいる仲間はみんな、俺に経験点を供給するためにあっちこっちで走り回ってるんす。みんなの要望に、俺のレベリングがどうしても追いつかなくって」
「なるほどね。……腹を空かした子がいるなら、こっちも力は借りられない」
「そう言っていただけると助かります」
そう言いつつも縁さん、何とか希望に応えたいらしく、頭をウンウン捻ります。
やがて彼は、ぽんと手を打って、一つの提案をしてきました。
「あ、でも。俺の手を借りるまでもなく、手伝ってくれる人がいるかもしれません」
「へえ? どこのどいつ?」
「”戦士”さんもよく知ってる人ですよ。……苦楽道笹枝っす」
「ササエ……サン」
縁さん、顔面の筋肉をこれでもかと緩めつつ、
「この前、個人的に連絡があったんす。急にいなくなった詫びも兼ねて。……ふへへ」
すごい。
この人、鼻の下、伸びてる。マジで。漫画のキャラみたいに。
「いま彼女、例の夢の国に潜入してるって。……なんでも、どうしても生き返らせたい人がいるんだそうっす」
「へえ。どなた?」
「彼女によると、この、……怪物だらけの状況を終わらせることができる力を持つ人、だそうです」
「ふむ」
「名前は知らないんすけどね。ただ、ジョブだけは聞いてます。――”勇者”だとか、なんとか」
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