その216 アキバ
おにゃのこ四人の甘い匂いに満たされたバスは、それからほどなくして秋葉原へ到着しました。
車内唯一のおっさん枠である孝史さんは、通りがかる武装した男たちに銃口を向けられるたび、
「雅ヶ丘からでぇーす!」
と、悲鳴のように叫びつつ、器用に障害物を躱していきます。
さすが虎の子の装甲車のドライバーに選ばれただけあって、その腕は大したもの。
どうやらアキバの人々は、上野周辺まで版図を広げる計画の真っ最中のようで、数人組の武装した人々が”ゾンビ”と戦っている姿をあちこちで見かけました。
秋葉原に近づくにつれ、
「――わ」
ビルの隙間から見えてきたものに、私は驚きます。
その区画一帯が、見上げるほど巨大な壁に囲われていたためです。
「すげーっ。『進撃の巨人』みたい」
壁はかなり頑強に作られていて、高さは九十メートルくらいでしょうか?
万里の長城ですら高いところで9メートルくらいだったはずなので、かなり見応えのある建築物ですよ、これは。
壁に囲われたアキバの街は今、一つの都市国家のように見えました。
「……でも、アキバが前の”王”から解放されたのって、わりと最近のことなんでしょう? よくあんなの建てられましたね?」
「あたしらも最初に見た時は驚いたよ。あれ、”王”ってえジョブの力らしい。支配地域の境界線に壁を作ることができるんだとか。リソースをもっと割けば、最終的には鋼の要塞が出来上がるって話だよ」
「へえ……」
私たちは城壁をぐるっと回って、万世橋があった場所に作られた城門に到着します。
そこにはすでに夜久さんが到着していて、取り調べを受けていました。
取り調べ役のおじさんは、RPGに登場する”はがねのつるぎ”って感じの剣を携えて、いつでも抜刀できるように手を掛けています。
まー、それも無理はない話ですよ。
夏場にフルフェイスのマスクを被ったコート男とか、どう考えても頭おかしい。
「ほら、きた。俺、雅ヶ丘の仲間だって……わかるだろ?」
「いやそれはもういいから、とりあえず顔を見せなさい、顔を」
「しかしあんた、ヒーローは正体を隠すものじゃないか」
「は? 何言ってるんだ、君」
「マスクは俺のポリシーなんだ。頼むよ。このとおり、健康保険証なら見せるから……」
「そんなもの、今さらなんの保障にもならない。……ひょっとして、噛まれた場所を隠しているんじゃないか?」
「おいおいっ! さっき《スキル鑑定》したろ。怪我なんてしねえって」
二人の会話がここまで聞こえてきて、凛音さんがやれやれと肩をすくめます。
「あたしが出ても良いけど。……ま、あんたが顔出したほうが早いだろ」
と、凛音さんに促されて、半ば無理矢理、顔をさらすはめに。
門番の剣士さん、私の顔を見るやいなや、
「おお、君か!」
と、親しげに手を振ります。
「今日はどうした?」
「えっと……まあ、いろいろあって。そこのヘンテコなマスクのおじさん、趣味でやってるだけのヘンテコなヘンテコさんなので、通してあげてもらってもいいですか?」
「そりゃ構わんが……万が一にも噛まれちゃあいないだろうね」
「ご安心を。さっき念のため、こっち側でもチェックしましたので」
「ん。了解。普通なら入国審査が必要なのだが、――まあ、君を信頼しよう」
と、すぐに城門を開いてくれました。
入国審査、ねえ。
「あの人……記憶を失う前の私の知り合いでしょうか?」
「多分ね。あんたはここじゃあ救世主だし」
「はあ」
「あと、今のうちに言っておくけど、あんたが記憶喪失になった件、身内以外には誰にも伝えてないから」
「え、そうなんですか?」
「ああ。できるだけ、このことは秘密にした方がいいと思う。今どき誰が信頼できるかわかんないんだ。……それに高レベルのプレイヤーは、ただでさえ標的になりやすい」
「ふーむ……」
「もし親しげに話しかけてくるやつがいたら、テキトーに話を合わせて、さっさと退散すること。わかったかい?」
「ふむーん……」
「何だその返答」
「肯定半分、ため息半分。自信ないけど頑張ります」
私たちが話している間にもバスは万世橋を渡り、鋼鉄の城門をくぐります。
そこは、私も良く見知ったオタクの聖地……に、近くて遠いサムシング。
萌えキャラの看板が掲げられたビルが建ち並んでいるところは大きくかわりません。
しかし、そこを行き交う人々には、大きな違いが見られました。
なんというか……みんながみんな、ドラクエの村人のコスプレ風、というか。
どこか中世ヨーロッパ風の服装をしているのです。
それはまるで、予算が足りないにもかかわらず無理して撮ったファンタジー巨編映画を見ているかのよう。
違和感の正体は何かと模索してみたところ、――どうも服の素材が問題のように思われました。
多分ですけどみんな、がさがさの布を使った服を使ってるっぽい。
この場にいては、なんだか貴族のようですらある綴里さんによると、
「どうも、”王”の力の影響のようですね」
とのこと。
この街は、”王”とやらによって服装まで定められてしまっているのでしょうか。
バスは、案内に従って秋葉原駅前の道路に停車します。
外に出ると、その場に行き交っていた人々が一斉にどよめきました。
まるで、有名人がお忍びで街中に現れた、みたいな感じ。
「じゃ、こっからは男女で別れることにする。集合は明日の六時に、ここで」
「オーケイ」
「……それとここでは、あんまりマスクのことで揉めないでくれよ。仲間の迷惑になる」
「わかってる。――今後は、鼻から下までなら妥協していいことにした。スパイダーマンもそうしてたし」
「やれやれ……」
コートをはためかせ、颯爽と立ち去る夜久さんを見送って、嘆息する凛音さん。
「では、私もここで」
「? え? 綴里さんも?」
「はい」
「なんで? もっと一緒にいましょうよ」
ちょっと寂しくなって彼女の手を握ると、綴里さん、ほっぺたをポッと赤く染めて、
「あ……いやその、そういうわけには……えっと。ふ、服を。……服をいろいろと見ておきたいので。アキバにはきっと、そういう専門店があるでしょうし」
「そっかぁ」
残念。
「そんじゃ、あたしらも移動しようか」
「ええ、……でも、どちらに?」
「まずは”王”に会おう。あのオッサンと話せば、役に立つ人を紹介してもらえるかもしれないし」
「なるほど」
私は言われるがまま、黒いのれんで店内を覗けないようになっている、暗い雰囲気のお店に足を踏み入れました。
そこでまず目に入ったのは、扇情的なポーズをとった乳丸出しの女性の写真が大写しになった『THE☆熟女! ~旦那が寝ている間に~』のパッケージ。
「って、うわっ! なにここ……?」
「この店の奥に地下シェルターの入り口があるんだ」
凛音さん、無表情で三角木馬に跨がった風船人形の横を通り過ぎ、大事なところがまったく隠せていない下着がズラリと並ぶ店内をずかずか進んでいきます。
「ほらっ美言ちゃん。目隠しですよ~」
「おっおっおっおっ!?」
麻田さんに目を覆われた美言ちゃんが、よたよた歩きでそれに続きました。
強くなれ、私。
この程度のショックに心動かされていては、今後やっていけないぞ。
店内奥には、顔中ピアスだらけのお姉さんが古い漫画雑誌をめくっていて、
「ん。お客さんかい」
「うっす。あたしだよ」
「なんだ、沖田ちゃんかい。……って、おや? しかも”女神様”連れじゃないか」
どうやらその”女神様”というのは私のことを指しているらしい。
前の私、何考えてそんな風に呼ばせてたんだろ。
「どーも女神です、よろしく」
「お? 遂に自分でも受け入れるようになったか。ははは」
ピアス姉さんはチャラチャラと金属が擦れる笑みを浮かべて、
「それで、今日は何のよう? この前きた時みたいに、ラブドールのおっぱい、揉む?」
なにやっとんねん、前の私。
「”王”、――縁さんに会いに」
「ん。りょーかい」
ピアス姉さんはあっさり頷いて、店の奥を指さしました。
「ただあの馬鹿、今は忙しいかもしれないよ」
「そうなんですか?」
「ああ。……知っての通りここはいま、都内で一番の人口密度だ。人が増えれば文句を言う口も増える。当然のことよ」
「彼は今、何を?」
「ここんとこずっと、国の法律を決めていってる。……”有識者”さんが集まって、毎日毎日、終わらない会議さ。なかなかオモロイよ」
「はあ」
「笑えるよね。いまどき王政なんて、長期的には破綻することがわかってるルールを採用しなくちゃいけないんだから」
よくわからないけど、難しそうな話ですね。
「ま、会議の結果はどうあれ、女神様がご降臨なさるというのであれば、――歓迎しないアキバ民はいないさ。……あんたは私たちの救世主様なんだから」
ふむーん。
むずがゆい。
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