その215 ざんばら髪の少女
その後、私たちは念のため周辺を探索しましたが、”人を喰う男”の手がかりは見つからず。
夜久さんが屋根伝いに駆けたと思しき痕跡を発見したものの、そこで道はぷっつり途切れてしまいました。
「やれやれ! シャーロック・ホームズみたいにはいかないね」
「ええ……」
ここでこれ以上、足止めを喰らっても仕方ありません。
いまや、夜は怪物たちの時間。
後ろ髪を引かれる思いになりながらも、我々はアキバへの道を急ぐことにしました。
先行する夜久さんを見送って、私たちは自転車で引き返します。
ちょっとだけ急く気持ちになりながら送迎バスがあった場所に戻ると、――そこには十数匹の”ゾンビ”の死骸に囲まれたバスの姿が。
「襲撃があったのか。……まったく。”ゾンビ”が増えてるのは間違いないね」
”無限湧き”とやらの被害が、早くも。
「麻田さーんっ! 孝史さーん!」
叫ぶと、バスの中から手を振る、三人分の人影が。
「ってあれ? 三人?」
同乗者って他にいましたっけ?
ちょっとホラーなんですけど……。
凛音さんはいち早く新キャラの正体を察したらしく、
「おまえ、藍月!
ミコト。
どこぞでそんな名前を耳にした気がしますが、アニメキャラと混同している可能性高し。
呼ばれた美言ちゃんとやらは、いたずらがバレた仔犬のように首を傾げつつ、バスの中から現れます。
姿を見せたざんばら髪の少女は、――麻田さん、凛音さん、綴里さんで見慣れているからか、若干
とにかく目つきがすごい。”三白眼”という言葉は彼女のためにあるような、この世に対する憎悪と怒りを体現したような目をしています。
歳は中学生……いや、あるいは背の高い小学生かもしれません。
「……どうも。沖田先輩」
顔に似合ったぼそぼそ声で、彼女は応えます。
その頬には、返り血と思しき赤黒い色が。
どうやら彼女の武器は、金属バット一本と、腰のベルトにスカートの如く装着された八本の投げナイフのよう。
「あんた、どうして……!」
そこで、彼女を庇うように麻田さんが前に出て、
「物資の一つに隠れてたみたいです」
「なんだってそんな真似……」
「どうしても探索班に加わりたかったんだって」
「馬鹿っ!」
凛音さんがぴしゃりと怒鳴りつけました。
対する美言ちゃんは、スマホを取り上げられた不良みたいににらみ返すだけ。
とはいえ悪気はないらしく、
「ふひひっ」
と、サイコな笑みを浮かべていました。
どうもそれは、彼女なりの愛想笑いらしく。
麻田さんはそれを取り繕うように、
「で、でも美言ちゃんのお陰で”ゾンビ”をやっつけられたんですよ? いやー助かった助かった」
「……あたしたちを待てばよかったじゃないか。わざわざ危険なことをする必要はない」
「そういうわけにはいきませんよ。あいつらバスをばんばん叩いてきますし。あんまり放っておくと故障しちゃうかもだし」
「装甲車はそう簡単には壊れないよ」
おや? どうも喧嘩が始まりそうなアトモスフィア。
ここはリーダーらしく、間に割って入ることにしましょう。
「まあまあ二人とも、喧嘩はよくないですよ。それより、この後彼女をどうするかを考えた方がいいでしょ」
「………つ、つ、つっ」
美言ちゃんは、喉に魚の骨がつっかえているような口調で、
「ついていきます。さいごまで」
「ついてくる? ついてくるってひょっとして、ディズny」
”千葉ディスティニーアイランド”ね。
「――までかい?」
「は、は、はい」
「ダメだ。アキバで降ろすから、そっから帰りの便を探しな」
「そ、そんな! ここまできて……ッ」
「馬鹿ね。不正な手段で実力を示したところで、無駄になるって決まってるんだ。それがオーケーってことになったら、みんながみんな、段ボールに隠れてバスに潜むことになる」
「うううう…………」
美言ちゃん、哀しげな……というか、「じゃあぶち殺す」とでも言わんばかりの表情で凛音さんを見上げています。
「お、おね、おねがいします! あたし、なんでもしますから! ”ゾンビ”だって殺せます! もし死んでしまっても、哀しむ人、いませんから! 家族はもう、みんな……」
「手の込んだ自殺を手伝う気もないんだよ。悪いが決定は覆らない」
「叔父が」
「?」
「叔父が毎晩、私のからだにいたずらするんです。裸で一緒に寝ようって言ってくるんです」
凛音さん、痛む頭をこねくり回すようにして、
「……そのやり方、流行ってるみたいだけどあたしには通じないよ。あんたの叔父さんとは一緒に仕事をしたことがあるが、良い人だ」
「ううう………」
そしてまた、目つきの悪い顔。
きっと彼女は一生、この愛想のなさで苦労することでしょう。
たぶん私も似たようなもんですけど。
ちょっとだけ感情移入した私は、
「まあまあ凛音さん。ミコトさんとやらも悪気があってしたことじゃないんですから……」
「そこの女! そこの役立たずの女よりは役に立ちます!」
優しげな言葉を投げかけようとした私の親切心は、見事に裏切られました。
彼女が真っ直ぐ指さした「役立たずの女」とは、他ならぬ私のことだったのです。
マジか。なんでや。
ワイ、こう見えてマスク頭の変態男からみんなを守ったんやゾ。
これにはさすがの凛音さん、麻田さんも驚いて、
「ちょ、あんた……なんてこと……」
「ど、ど、どういうコネかしらないけど、たまたま力を分けてもらっただけなのに! 自分では戦わないって! ひ、卑怯者のすることだし!」
ぐぬぬ。
此度もまた、正論が私を苦しめるのか。
ただ一点、彼女が勘違いしているのは、どうやら私もまた「綴里さんに力を分けてもらった」側の人間だと思われているっぽい点。
雅ヶ丘高校に避難してきた初期のメンバーと、あとあと保護されてきた避難民の間には情報に差があるようですね。
うーん。
ま、それはそれで別にいいんですけど……。
「おぉーい! 皆の衆、あんまりここでグズグズしたくないんじゃが……」
と、そのタイミングで運転手の孝史さんからクレームが。
言われるがまま、私たち全員が乗車すると、ぶるんと身震い一つさせて、エンジンがかかります。
秋葉原には、あと一時間足らずで着く計算でした。
ふと気付けば、私のすぐ隣の座席に不機嫌な顔つきの少女が三角座り。
「………………………」
「………………………ふんっ」
大丈夫。気まずい空気には慣れてます。
ぼんやり景色を眺めながら、空気になればいいのですから。
それに関しては私、専門家を自負しているのでした。
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