その209 旅の準備

 で、次の日。

 とりあえず今日もセーラー服に着替えて。

 替えの下着と、赤色のジャージをバッグに詰めて。

 専用のケース入りにした祖父の形見の刀も持って。


 「ひょっとしたら誰もいないかも」なんてハラハラしながらマンションを出ると、ちゃーんとみんな揃ってました。

 凛音さん、夜久さん、綴里さん、麻田さん、そして車の点検員らしき、数名の大人の方々。

 みなさん、私より少し早く起きていたらしく、すでに出立の準備を始めている状態です。


 まず何よりも目を奪われたのは、幼稚園向け送迎バスを改造したと思しき、一台の装甲車でした。

 私はまず、その物々しさに息を呑みます。

 ねこさんくまさんうさぎさんが仲良く手を繋いだ絵柄の車体は今や見る影もなく、彼らの首を撥ねるようにして回転のこぎりが装備されていました。

 窓にはぶっとい鉄格子が嵌まっており、天井には鼠返しみたいな鋼鉄製の棘が突き出しています。

 タイヤもばっちり改造を施されており、軍隊仕様の頑丈なものに取り替えられているようでした。

 かつては『みやびがおか ようちえん』と書かれていたフロントガラス上部の看板には、大きく『Don't Panic』の文字が。


「ほへぇ……」


 穢れを知らぬお嬢様なら、見ただけで卒倒してしまいそうな暴力的なデザイン。世紀末だぁ。

 一時期は”お嬢様”側だった凛音さんは、嬉々として送迎バスに荷物を運び込みながら、


「ありゃ、参号機しかなかったっけ。弐号機と初号機は?」

「初号機は先遣隊が、弐号機は綴里さんの要請で航空公園へ出ています」

「そっかぁ。参号機って験が悪いんだよねぇ。前も襲撃に遭ったし」


 わかる。使徒に寄生されそうなイメージ。


「まあいいや。――”ハク”は、装甲車を利用するのは始めてだったよね?」

「今の私は、大抵のことが初体験です」

「そーいやそっか。愚問だった」


 そして彼女は、ぽいっと一抱えほどある段ボール箱入りのサンドイッチを手渡して、


「ほれ。今のうちに食べときな。移動してから食事すると気持ち悪くなるから」

「えっと。……みんなに配るんですか?」

「いや、一人分だ」

「私、小食なんですけど」

「安心しな。今のあんたなら十分食える。”プレイヤー”ってのはそういうもんだ」


 ホントかなぁ。

 とはいえ、昨日の戦いからじゃっかん小腹は空いていたり。

 《飢餓耐性》とやらのお陰でそれ以上ペコることはないのですが、ちょいとばかり気にはなります。

 私はサンドイッチのうちの一つをひょいぱくして、何となく「これまでと違う」という気持ちになっていました。

 これまでの私なら、サンドイッチ一つでもう十分、って感じだったんです。

 だと言うのに今の私ったら、――ポテトチップス一枚摘まんだくらいの感じ。

 スナック菓子を頬張るくらいの気持ちでひょいぱくひょいぱくしていると、――あっという間に段ボール一箱、空になってしまいました。

 それでもなお、まだまだ入りそうな我が胃袋。

 これまであんまり「食べ過ぎて太る」ようなことを意識してこなかった我が人生ですが、これには若干の恐怖が。


「私たちって、太ったりしないんでしょうか?」

「たぶん大丈夫だろ。……それにあんたは、少しくらい肥えた方がいい」

「そう……でしょうか」

「ああ。そうすりゃ、多少は乳にも栄養がいくだろう?」

「うふふ。ぶち殺して差し上げましょうか?」

「はっはっは」


 プロレスめいた会話に、ちょっぴりほっこりしたり。

 そこに、バイクを転がす夜久さんが通りがかって、


「二人とも仲良くしてるところ悪いが、門の辺りに集まっている”ゾンビ”はどうする?」

「ゾンビ?」

「ああ。うじゃうじゃいる。もしなんなら、俺が片付けてくるが」


 凛音さんは首を傾げます。


「そりゃ珍しい。この辺りの”ゾンビ”はあらかた片付けたはずなんだが」


 私の脳裏に、一昨日の夜のライブ・ショーが蘇りました。

 あれって確か、”ゾンビ”狩りの一環……なんでしたっけ。


「それなんだが……」


 夜久さんは少し嘆息して、


「この一件、学校の上層部には話しておいたから、いずれ広く知れ渡ることにはなるだろうが、……”ゾンビ”どもは今後、”無限湧き”するらしい」

「――は?」

「”フェイズ3”のアナウンスで、そういう内容のものがあったんだ」

「それって……」

「”無限湧き”とやらが具体的にどういうもので、どの程度の頻度で起こるのかはわからん。だが、今後しばらくは銃弾や武器を節約した方が良いかも知れない」


 凛音さんは苦い顔を作ります。


「戦って勝てない相手じゃないが、……そうか。数が増えてくる、となると……」

「ああ。事故死の可能性が出てくる。万一、連中の血や唾液なんかが目や傷口に入っちまったら、いくら力の強い”プレイヤー”と言えどもオシマイだからな。未だに”ゾンビ毒”を抜く方法ははっきりしてないし」


 凛音さん、無言で頷きます。

 私はというと、相変わらずその言葉の意味は理解していますが、実感としてはよくわからないまま。


 話を聞いた面子の中で、最も顔色が蒼くなったのは、麻田梨花さんでした。


「えっと」


 そして、しばらく目を泳がせて、


「あれあれ? でもそれだと、……百花さんの話と少し違っている、ような……?」

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