その197 本気の本心で

 次の日の早朝、私は約束通り六時前にすっきり起きて、学生服に着替えてから待ち合わせの校門前に到着します。

 そこでマネキンのように微動だにせず立っていたのは、――天宮綴里さんでした。


「あ」「あ」


 お互い、気まずい顔を作ります。

 私としては、とくに間違ったことをしたつもりはないのですけどねー。

 ここは不用意な発言は控えておくべきでしょう。沈黙は金、です。


 ……と、思ったのはどうやら、私だけのようでした。


「”戦士”さん。一つ、お尋ねしたいことが」

「なんですか?」

「あなたは昨日、――仲間を見捨てたのですよ。彼らを救う力を持っていながら。本当にわかっているのですか」


 うわ出た。純度百%の正論。反論の余地もないアレです。

 とはいえ、この世が全て論理的に成り立っているのであれば、もっと世界は平和なはずですし。


「そういう綴里さんだって、戦わなかったという点においては同罪なのでは?」

「それは、……そうなのですけれど……そもそも私は、前線に立って力を振るうタイプのジョブではありませんし」

「そうだとしても、ある朝目覚めたら世界が崩壊していたことに気付いた女の子よりは戦えるのでは? ――私は小学二年生のころクラスの男子に前歯折られて以来、暴力で何かを解決するような真似が大嫌いなのですよ」


 ハイ論破。

 匿名掲示板でするレスバトルの方がよっぽど熱い戦いができたぜ。『FF13』が名作だってそれ、売り上げが証明してますんで。

 綴里さんは、しばらく視線を地面に落としていましたが、


「わた……私は」

「?」

「あなたが少し、神園優希に似ていると思っていました」

「カミゾノさん?」


 どなた?


「私の、その……好きだったひと、です」


 ああ。

 ってことは男性かな。

 男と似てるとか言われても、さすがにフクザツなんですけど……。


「でも、ぜんぜん違ったんですね」


 ええっと。

 よくわかんないけど、レスバで負けたからって嫌味言われてる、私?

 嫌だなぁ……だってこれから六時間くらい後、彼女と二人三脚、協力して夜久さんと対峙するんですよ?

 不仲な状態でちゃんとした話し合いができるとは思えません。

 そうなると困るのは、沖田凛音さんです。

 さすがにそれはちょっと嫌でした。

 クラスメイトにあんまり思い入れがない私ですけど、凛音さんは別。

 私、彼女のこと嫌いじゃありません。

 彼女、クラスの中心にいながら、弱い者イジメを許さない人でしたからね。

 私みたいな根暗オタ勢にもわりと親切でしたし。

 気配りができる人ってきっと、このご時世においてとっても貴重な人材だと思うんです。


 私は深く嘆息して、――わりと珍しいことをする決意を固めました。

 綴里さんを説得し、相互理解を深めようと思ったのです。

 そうすることで、凛音さんが勝つ可能性が1%でも上がるのであれば。


 とはいえ、いかにして人は人に好意を抱くか。

 これはなかなかの難題。これまであんまり考えてこなかったテーマの一つです。


 ぷひーっ、と、深く鼻息をついて。


「綴里さん」

「――なんです?」

「正直に申し上げます。あなたは私に、正しくて優しくて気高い人間を求めているのかもしれませんが、それは大きな勘違いなのです」

「え」

「感覚でわかります。私はきっと、記憶を失う前から善人ではなかった。あなたが私を”良い人”だと思っていられたのは単純に、私に配られた手札がたくさんあったから。それを誰かに譲ってあげられる余裕があったから。私は結局、取捨選択した上で自分に利益があるから、善人のをしていたに過ぎないのです」


 すると綴里さんは、たっぷりと間を置いてから、こう答えました。


「そうは……思えません。かつてのあなたが壱本芸大学のコミュニティに潜入してくれたのは、単純な善意のように見えました」

「きっとそれも、善意などありませんよ。多分その時の私はこう思ったはずです。……『あなたに恩を売っておけば、いずれ役に立つだろう』って。そして実際いま、あなたは役に立っています。私の目論見通りに」


 なんか、自分がしたはずの善行を自分で論破するとか、妙な気分ですけど。


「ことほどさよーに、私は結局、自分の得にならないことはやらない主義なのです」


 これは彼女だけじゃなくて、――麻田さんにも、その他のみんなにも広く知ってもらいたい事実でした。

 私は、正義の味方ではない、と。


「でも、――公平に言って、私は自分を無情な人間だとも思っていません。こんな自分のことを好いてくれる人がいるのであれば、それを喪うことは私の心の傷になることです。それはきっと、私にとって”損”なことだから。だから……」


 私の脳裏に、お隣の田中さんとしたバーベキューが思い浮かんでいます。

 彼を喪った傷は、実を言うと未だに癒えておらず。

 田中さんの存在など、最初から消えてなくなっていても構わない、とばかりに在るこの世の中にずっと、腹を立てていたのかもしれません。


「もし、そういう人が私の前に現れるのであれば。――私はきっと、命を賭けることもあるでしょう」

「そう、でしょうか。……でも、自分の命よりも大切なものなんて……」

「実はそれ、この世の中にはわりとゴロゴロしてるんですよ。だから人間は争いを止められないのです。本当に命が一番大切ならば、それをわざわざ危険に晒すような真似、誰だってしたがらないはずでしょう?」


 綴里さんは、それをどう受け止めたものかと複雑な顔つきをしていました。


 私はあくまで、率直に話しています。

 というのも経験上、上っ面だけの”正しい言葉”が人を惹きつけることが希だと思ったためでした。

 人が人を好くのは、――あくまで、その人が抱えている歪みというか、ヘンテコなところだと思うから。


 だからこれは、本当に本気の本心。


「でも、だからといって、大切なものは、――」

「ええ」


 綴里さんは、少し苦笑して応えました。


「必要に応じて見つかるようなものじゃない」

「そーいうことです」


 そこで「ひゃああああああごめーん遅刻したぁあああああ」という(棒読みの)台詞と共に現れたのは、沖田凛音さんでした。


「いやー、おつかれおつかれおはようー!」

「十五分も遅刻ですよ」

「だからごめんって」


 凛音さんは、「ぐはははははは」と美少女らしからぬ豪快な笑い声を上げて、


「ところで、――二人とも。待っている間、喧嘩とかしなかっただろーね?」


 私は、一瞬だけ綴里さんと顔を見合わせて。


「いーえ、別に?」

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