その186 仲間

 宣告を待つ被告人の気持ちで部屋にいると、再びノックが。

 扉を開けると、まず麻田梨花さんがひょっこり顔を出して、


「お待たせしました、センパイ。みんなを連れてきましたよぉ♪」

「……はあ」


 彼女の後ろには、なんだか見慣れない顔が並んでいます。


 一人は、浅黒い肌の少女。

 一人は、スコップを担いだ女の子。

 最後に、気の強そうなジャージ姿の女性。


 気の強そうな女性には見覚えがありました。

 たしか私が通っている高校の体育教師、だったはず。


 メンツが女性ばかりなのは、私を気遣ってのことでしょうか。

 顔合わせしたみんなは、なんだか目を丸くしていました。


「っていうかあれ? そのかっこう……?」

「? 何か問題でも?」


 私は今、雅ヶ丘高校の学生服を着ています。胸の所におっきいリボンがくっついているのがギャルゲーっぽいって、わりとネットでは有名だったりするやつ。


「学校に行くかも知れないと思いまして、一応制服に着替えたのですが」

「そう……ですね。佐々木先生も話したいって言ってたし、できれば学校には行きたいところです」

「じゃ、着替えて正解でした。それとも何か、この格好だと問題が?」

「いえ……。あのその、ジャージじゃないセンパイってほら、……ちょっとレアなお姿というか。スカートとか履くイメージがなかったというか……」

「レア?」


 どこが?

 基本的に平日は、この格好でいることの方が多いはずですが。


「それに今のセンパイ、――刀を持ってません」

「刀? 刀って、祖父の形見の?」

「はい」

「なんでそんなものが必要なんです?」


 すると、女教師さんが難しい顔をして、


「本気でいっとるなら、重傷やな」

「重傷?」

「なあオマエ、さいきん強く頭を打ったりしたか?」

「……? いいえ?」

「あーいや。考えてみりゃ、頭を打った記憶そのものをうしなっとる可能性もあるわけか。……じゃ、頭が痛んだりとかは?」

「特には」

「まあ、そりゃそうか。確かオマエ、怪我してもすぐに治ってしまうんやったっけ」

「なんですか。人を化物みたいに」

「化物……いや。そういうつもりは。気に障ったんなら謝る」


 そして、素直に頭を下げる女教師さん。

 軽いツッコミのつもりだったのですが、真面目な人ですねぇ。


 ま、とにかく。なんにせよ。

 私もそろそろ、この人が何を言いたいか飲み込めてきました。


「私は……記憶喪失になってしまったんですか?」


 なるほどそうであれば、先ほどから感じている違和感について説明がつきます。

 先ほどから遠く、蝉の鳴き声が聞こえていました。

 もう疑いようもありません。

 今日は、――とある冬の日でもなんでもなく、夏真っ盛りのいつか。

 そういうことでしょう。

 となると私、だいたい半年間くらいの記憶がなくなっているということになりますが……。


「ん。さすが理解が早いな」

「でも、なんでこんなことに?」

「わからん。……わからんけど、最近では普通じゃ考えられんようなことがたびたび起こるからなァ。とりあえず学校に移動できるか?」

「その前に二つ、確認したいことが」

「なんや?」

「まず、お隣の田中さんですが、……彼がどうなったか、ご存じでしょうか」

「わからん。知らん」

「ですか」


 心配ですねぇ。


「ではもう一つ。記憶を失う前の私と、……あなたたちはその、――どういう関係だったのです?」


 すると、目の前の少女たちは一様に気まずそうにして、


「……仲間や」


 そう応えました。



 その後、四人に囲まれるようにして私はマンションを降りていきます。

 ちょっと歩いただけでも、世界が様変わりしていることがわかりました。


 壁とか、床とか。

 あちこちに、……血の痕と思しきドス黒い色が跳ねていたり。

 遠く、何かが焼けているような不快な匂いがしたり。

 そしてそれらを誰一人として気にしていないようだったり。


 マンションを出ると、違和感はさらに加速していきました。

 ベランダからちらと見た時も思ったことですが、……とにかく、あっちこっちが様変わりしてしまっているのです。

 特にマンション付近にある大通りの変化がすごい。

 そこには、一朝一夕で作り上げられたとは思えぬ分厚い鋼鉄のバリケードと、それを見張る砦のようなものが建てられていたのです。

 あんなものが道路にあっては、二度と車が行き来できない気がしました。


 そこまでしなくてはならない理由はなんでしょう。


 どうもここの人々は、過剰なまでに”何か”の侵入を恐れているようでした。

 しかし不思議なのは、それでも行き交う人々の顔には暗いところがなく、――前向きっぽい雰囲気をまとっているところ。

 どうも彼らは皆、こう信じているようでした。

 これからきっと、自分たちの生活は少しずつ良くなっていく、と。


 道中、四人に掛けられる声は多く。


「麻田さん! 物資保管庫の件で、ちょっと聞きたいことがあるんだけど~」

「りっちゃん、スコップの在庫、見つかったよ! 明日には調達班を組んで……」

「あすかちゃん! 今晩のボドゲ部だけどさ、集合時間をずらせないかな」

「鈴木先生、いま子供たちが喧嘩していて困ってるんです!」


 どうもみんな、この辺りの住人にはわりと頼られる側のポジションのようですね。


「みなさん、人気者なんですねえ」

「センパイが私たちにしてくれたことを、みんなにした結果なんですよ」


 と、麻田さん。

 私はそれに応えられません。

 まるで別人について話されてるみたいで。


 ぞろぞろと歩く一行が、校門前に到着したあたりでしょうか。

 ふと、キャッキャッキャという話し声と共に、四人ほどの女の子グループが私たちの行く手を塞ぎました。

 歳はみんな、――中学生くらいかな?


「明日香先輩!」


 呼び止められたのは、スコップを担いだ女の子。

 ”明日香先輩”とやらは、少し困ったように笑って、


「みんなごめんね。今ちょっと忙しくて。話なら、また今度に……」

「あ、あ、あ、あの! 私たち、どうしても次の探索に加えてほしくって……!」

「だからその話は、次の機会に、」

「それで、これ、見てください!」


 そして彼女たちは、背中に隠していたものを突き出しました。


「………………っ!?」


 同時に、私は目を疑います。

 私より五つは年下に見える少女が取りだしたのは、――人間の生首だったのです。

 何ごとにも動じない私も、これにはさすがにぞっとして、数歩ほど後じさりました。

 気にせず、生首を掲げた少女は続けます。


「さっきミコトちゃんが仕留めたんです! 私たち、戦えないわけじゃない……だから……っ! ぜひ、連れてってくださいよ!」


 ツクリモノ……じゃ、ありませんよねこれ。まちがいなく。

 もはや男女の区別すら付かないほど破損しているその生首は、血と泥に汚れ、あちこちに引き裂かれた痕があって、一度見たら二度と忘れられないであろう、苦悶に歪んだ表情で固まっています。

 その額にはナイフが一本、深々と突き刺さっていました。


 明日香さんはそれに大きな動揺は見せず、代わりに苦々しい嘆息を吐きます。


「今はまだ、ダメです」

「えーっ! なんでー!?」

「戦えないからとか、そういう理由じゃないんです。……あなたたちにはもう少し、誰かを気遣える心の余裕が必要なの」


 そう話す明日香さんは、――あとあと聞いたところ、私と同い年らしく。

 すごいな、と思いました。

 もし私が彼女の立場なら、きっとあんな風に、優しく後輩に諭してあげるようなこと、できないでしょうから。

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