その172 殺し合いを前にして

 “王の間”にたどり着いたのは、それから数分後のことでした。


 どこかのオフィスの一室であったと思しき陰気な広間に、ボロい背もたれ付きの椅子が一つ。

 一瞬、誰の姿も見当たらないなあと思っていたら、くるりと椅子が半周して、こちらに向き直ります。

 小柄な老人が、暗い目をして座っていました。


ジョブ:王

レベル:鑑定不可

スキル:鑑定不可


 ……なんか、さいきん役に立たないこと多くなってない? 《スキル鑑定》。


「また会ったな、”戦士”よ」

「どうも」


 軽く会釈をします。

 老人は、しばらく黙っていました。


「……何をしにきた」


 言わずもがな。

 やるべきことは決まっていましたが、


「降伏しなさい」


 戦闘が避けられるなら、それに越したことはありません。


「嫌だと言ったら?」

「殺します」


 私は要求を簡潔に伝えました。

 ”王”はそれでも何か言いたげにしていましたが、私の隣に立っている縁さんの顔を少しだけ見た後、


「では。……断る」


 まるでそうすることが、もっとも誇り高い生き様だと言わんばかりに。

 だけど、私はこう考えていました。

 この人は結局、もっとも安易な道を選んだのだ、と。

 もし、自分の過ちを見つめなおして、贖罪の道を歩むというのなら。

 それこそが、彼の進むべき最も困難な道であった、と。


「降伏勧告はわしがするつもりだったのだが……ふん。まさか、仲間がいるとはな」


 やはり、アキバの人を人質にするつもりでしたか。

 残念ながら、その手は苦楽道さんの読み筋です。


 ”雅が丘”のみんなは今、予定した通りに動いてくれているようでした。

 ふと、殺し合いを前にして、私の胸に温かいものが流れ込みます。


「ところで、お前ら」


 老人はそこで、やれやれ、とばかりに私たちを見据えて、


「……ぞ」


 ”何か”を行いました。

 すると、


「おお……っと」


 私の頭を抑えつけるようなエネルギーが働いて、一瞬だけよろめきます。

 どうやらこれが、縁さんの言っていた”法律”の強制力のよう。

 隣の縁さんを見ると、辛そうな表情で頭を垂れていました。


「ぐ、……《内政モード》……いまの”法律”をキャンセルしろ!」


 するとようやく、”王”の力が消失します。


「大丈夫ですか?」

「ええ。っていうか戦士さん、いまフツーにしてましたけど、大丈夫だったんすか?」

「おもったより我慢できないこともなく」

「……俺、ひょっとして来る意味なかった?」

「そんなことありませんよ。頭重いまま戦うの、嫌ですし」

「うわ、すっげー頼りになる。ほとんどチートクラスじゃないっすか」


 ですが、対する”王”の余裕を消すほどではなかったようで。

 彼はサーカスの道化でも観ているように笑っています。


「なるほど。では、次の手だ」


 すると。

 何もないはずの空間から、ぞわぞわぞわぞわ、と這い出るように、一匹の獣が現れました。

 それは……見るからに奇怪な生き物で。

 獅子の頭部、ヤギの胴体、――蛇の尾。

 全体的な大きさは、ライオンより一回り大きいくらいでしょうか。

 これと似たようなものを、ファンタジー系のRPGで観たことがあります。


合成獣キマイラ、ですか……」


老人は、暗い目を細くして、


「どれ。こいつはなかなかぞ?」

「じゃ、さっさとけしかけてみたらどうです?」

「いいだろう……行け!」


 すると、その奇妙な獣が鋭い鳴き声を上げて、飛びかかってきます。


「……ひぃ!」


 縁さんが数歩、たじろぎました。

 私はキマイラの動きを、はしゃいでいる子犬を抱きかかえるような気分で捉えながら、


――ざっ!


 一刀のもとにその首を跳ねます。

 断末魔さえ上げさせない早業で、キマイラは沈黙しました。

 年季の入った床に、血液が広がっていきます。


――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!


 おっ。

 ついでにちょうどレベルが上がったみたい。


「ホホォー。なかなかやりおる」


 ”王”は、感心したように声を上げました。


「では、次の手をどうぞ」

「ん。良かろう」


 すると、”王”はゆっくりと椅子から立ち上がりました。

 そして、ぽきぽきぽきぽき、と、身体中の骨を鳴らしながら、素人丸出しのファイティングポーズを取ります。


「まず、軽く撫でる感じでいくが、構わんか?」

「ドーゾ」

「では、これからちょっと本気で戦うから、――おい、縁。下がってなさい」


 この状況で、妙な気遣われかたをして、縁さんが微妙な顔になります。


「い、いまさらあんたの言うことなんて……!」

「縁さん、言うとおりに。――ここから先は、あなたを護りながら戦えるとは思えません」


 ”王”に縁さんを始末させる訳には行きませんでした。

 彼には、”法律”をキャンセルする仕事があるのですから。


「それでは、行くぞ」


 次の瞬間です。


「――ッ!」


 私の腹部に、老人の拳が三度、突き刺さりました。


「……わあ!」


 早い。

 本当に早い。

 弾丸のような、という形容がよくありますが、今の動きはまさしく、、といった感じ。

 次の瞬間、がくん、と後ろ髪を引っ掴まれ、気がつけば床に頭を叩きつけられている自分を発見しています。


「あぎゃ」

「せ、戦士さんっ」


 がばっと顔を上げた時には、”王”はすでに元の位置に立っていました。


「……ありゃまあ。ずいぶんとまた、お強いカンジでいらっしゃる」

「今のが? 軽く撫でただけだぞ」


 口の減らないお爺さんだなあ。


――“王”はたぶん、この世界に存在する“プレイヤー”の中でもっとも経験値を集めていると思う☆ ……恐らく、あの“勇者”よりも、ずっとね♪


 ……とか、春菜さんは言ってましたけど。

 この力が“周囲から経験値を吸収した”結果ということでしょうか。

 思ったより正統派の強さですねえ。


 だが、しかし。

 どうにも“王”は、一つ一つ、自分にできることを確認しているようでした。


「さて。……もう十分わかった。……おぬしに勝ち目はないことがな」

「敗北フラグのフルコース、ごちそうさまです」


 私は刀を構えて、


「実戦はほとんど初めてと見ました」

「まさしく」

「で、あれば、私にも勝ち目があるはずでは?」


 それでも老人は、にやにやと口元の笑みを絶やしません。


「知らないなら教えてやろう。――この世で最も恐ろしいのは、死に物狂いになった老人だということを」


 それはまるで、今、ここが、彼が考えている理想の死に場所であると確信しているかのよう。


「では、――本番、いくぞ」


 あるいは。

 “王”のそれまでの動きは、全て計算しつくされた行動だったのかもしれません。


 私も、油断していた訳ではないのですが。


――《法令遵守コンプライアンス》が発動しました。

――特定の条件を満たしたため、あなたのスキルが全てオフになります。


「ほへ?」


 羽のように軽かった刀が、ずしりと重くなったことを感じて。

 老人が嗤います。


はまだ、――貴様らは知らんはず。……じゃろう?」

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