その160 脱出
長い。
ずいぶんと長い日々でした。
最後の最後でなんだか腑に落ちない展開が待ち受けてましたけど、気にしないことにします。
大事なのは結果なのです。ええ。
万感の想いで『とき恋』のエンディングを眺めていると、ぱちぱちぱちぱち、と、ひとしきり盛大な拍手が。
そして、”ダンジョンマスター”、仲道縁さんは言いました。
「おめでとう、異界の冒険者たち。君たちが記念すべき最初のクリア者だ」
「うぃす。どもっす」
「もし望むのならば、この世界の半分を進呈するが。それともあるいは、苦しみと狂気と腐った死体に満ちた現実世界へと戻るか。……どうする?」
うん。
そういう、遊園地にあるアトラクションの案内人めいた茶番はもういいので。
「現実に戻して下さい」「左に同じく」
すると縁さんは、満面に笑みを浮かべて、
「いいだろう」
「あっ、でも……その前に一つ、お願いごとを聞いてもらってもよろしい?」
「ものによる」
「両馬さんたちのグループがいまどうしてるか、教えてもらいたくて」
「両馬というと、あの、”射手”の?」
「ええ」
縁さんは一瞬だけ迷っていたようですが、
「まあ、害がある訳でもなし。いいだろう。――彼らは今、”地下一階”に新しく入った”フロアボス”に挑んでいるところだ」
「そうですか」
私は、小さく嘆息します。
「先に進むかどうかは、少し、――仲間内で揉めたようだった。彼らは”地下三階”の針山地獄のトラウマがあるからね。だが結局、前に進むことを選んだらしい。……君たちに”借りを返したい”のだそうだ」
「ですか」
ひょっとすると、今度顔を合わせたらワンパンお見舞いされるかもしれないってことですよね。
やれやれ。慣れない説教なんかするから。
「そんじゃ、もし彼らが”地上階”に出られたら、これを渡しといてもらえます?」
そう言って手渡したのは、さっき手に入れた、”幸運の金貨”。
「……む? しかし、いいのか? 一応、”マスターダンジョン”をクリアした時に得られる経験値は、君たちが持っているゴールドやアイテムの量で決まる。……それを手放すということは、クリア後の経験値も少し減ることになるが」
「構いません」
縁さんは、しばらくその金貨を眺めていましたが、……
「まあ、それもいいだろう」
と、納得してくれます。
「しかし、ここのシステム上、タダでくれてやる訳にはいかない。――何か、”幸運の金貨”を手に入れられるイベントを新しく作ることにする」
「それで十分です」
すると縁さんは、魅力的にニコリと笑いました。
おっ? なんかいま、好感度が上がった音がしたぞ?
……ゲームのやり過ぎかな?
「よし。確かに受け取った」
そして彼は、大仰な仕草で両腕を広げて見せます。
「では、君たちを現実世界へと戻すことにする。……さらばだ」
そこで、たぶんドラクエのメインテーマにインスパイアされたと思しき、壮大なファンファーレが流れました。
「……最後まで世界観の元ネタがバラけた空間でしたね、ここ」
そう呟いた瞬間。
ふわっと意識が遠くなり。
自分の身体が、どこか遠い場所に飛び出していくような感覚がして。
▼
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!
今となっては随分懐かしくもある、テンプレ台詞が。
――おめでとうございます! 実績”マスターダンジョンマスター”を獲得しました!
――あなたは、はじめてS難度の実績を獲得しました!
――現在、あなたがクラスチェンジ可能なジョブが 三つ 存在します。
――”嫌われ者の王”が敵対行動を取っています。
――彼を殺すか、降伏させてください。
……と。
矢継ぎ早に頭の中でメッセージが流れて、――
見たこともないどこかの部屋で佇んでいる自分に気づきます。
苦楽道さんに呼び出された時と同様に、素っ裸で。
目の前には、スーパーファミコンにつながれたテレビがずらりと並んでいるのが見えました。
そのうちの一つから、件の壮大なファンファーレが流れているのを発見します。
そこに表示されているのは、製作者『ナカミチ エニシ』の名前と、『THANK YOU FOR PLAYING!』の文字。
結局、あの空間がどういうものかに関しては説明がありませんでしたが。
これ、やっぱあれですかね。
私たち、ゲームの中の世界にいたってことでしょうか。
「う……うわっ、なんだこれ、素っ裸で放り出されるのかよ!」
と、ここで“賭博師”さんのつるぺたサービスショット。
「あれ、言ってませんでした?(ニヤニヤ)」
「聞いてねえよ。……ったく」
ただ、着替えの服に関しては問題ないようでした。
線の細い丁寧な文字で、『万事宜しくお願いします』というメモ書き、それと、二人分の服と装備一式が用意されていたためです。
懐かしの”雅ヶ丘高校”の赤いジャージ。そして、祖父の形見の刀。
上着に袖を通すと、温かい太陽の香りがしました。きっと苦楽道さんが洗濯しといてくれたのでしょう。
「こっからが本番ですよ、“賭博師”さん」
「わかってる。……けど」
「ええ」
「何やるにしろ、――とりあえずレベル上げから、だな」
ですよねー。
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