その157 『ときめき恋物語☆清純学園 ~右も左も美少女だらけ~』

『よくここまでたどり着いたな。

 これが、“マスターダンジョン”における最後の試練となる。

 本作がロードされているということは、――君は幸運だ。

 “ゲーム#4”は、私が創りだした作品の中では、最も簡単な課題だからね。

 だが、決して容易くはないぞ。

 心してとりかかり給え。』


 ……などという、仰々しい前置きが流れた後、『ときめき恋物語☆清純学園 ~右も左も美少女だらけ~』は始まりました。

 私は、念のため持ってきたメモ用紙をすぐそばに置いて、ゲームを開始します。


『俺の名前は真田義男さなだよしお。十七歳。ごく一般的な男子高生だ。』


 そんな文言からスタートした『とき恋』のシナリオをまとめますと、


『この物語の主人公、真田義男は、清純学園と呼ばれる中高一貫校に転入してきた高校三年生である。スポーツや勉強に別段秀でている訳でもない彼だが、卒業までになんかいろいろうまいことやってハイスペックな娘さんたちと恋したり、キスしたり、いんぐりもんぐりしようとする』


 以上。


「内容はまあ、オーソドックスな感じですね」

「……へー。そうなの」


 ”賭博師”さん、そこそこテレビゲームでは遊ぶようですが、この手のジャンルは専門外のようで。


「攻略対象のヒロインは四人。――幼なじみの赤髪と、ツンデレで小柄な金髪。それに、クールな青髪と、真面目な委員長タイプの緑髪、ですか」


 ゲームの内容は単純で、その日の行動をいくつかの選択肢から決定し、主人公のパラメータ(体力、知力、魅力)を上昇させ、登場するヒロインとの恋愛イベントをこなしていく……というもの。


「これはちょっとした自信作でね。特にシナリオを仕上げるのに時間がかかった。できればよく見てやってほしい」


 そこで”賭博師”さんが思い切り眉根を寄せて、


「……そうか? その割には女がみんな、発情した猫みたいだけど」

「は、発情……?」

「だってフツー、女子側からこんなにアプローチしてくることなんてないだろ」

「え? そ、そう……っすか?」


 おーい、縁さん。素が出てますよ。


「そもそもこれ、何のために作ったゲームなんだ?」

「……いずれ、同人ゲームとして世に出せればな、と」

「売るつもりで作ったのか?」

「まあ、最初はね」

「その割には、売りが見えてこねえぞ。この手の二番煎じ感が否めないモノづくりって、もうちょっとキャッチーな要素がないと需要がないんじゃねえの」

「キャッチーって、……その、具体的には?」

「知らんがな。それを考えるのはオメーの仕事だろ」

「そうは言うけど、作ってる側はいろいろ考えた上でこうしてる訳で……」

「それがパッと見で伝わってこねえって言ってんだけども」

「…………」

「…………」


 なんか知らんうちにこの二人、ちょっと険悪な雰囲気になってません?

 カチカチカチカチという、マウスをクリックする音が聞こえるだけの気まずい時間が流れていきます。


「それで、――どうだ? どれくらいでクリアできそうだ?」

「それはまだ、ちょっと。いまプロローグが終わったところですから」


 後は、これまでに収集した情報を元に主人公のパラメータを調整し、ヒロインの好感度を上げていくだけ。


「問題は、どのキャラを攻略するか、ですが」

「とにかく一番チョロそうなヤツからいっとけ」

「わかってます。それならこの、金髪の娘あたりが狙い目ですね」

「そうか? 見たとこ、幼なじみの赤髪がチョロそうだけどな」

「ちっちっち。……この手の公式ヒロインっぽいキャラクターって、案外落とし穴が待ってたりするんですよ。安牌かと思った選択肢が間違いだったり、攻略に必要なパラメータが地味に高かったり」

「ほへー」

「なによりこの金髪ちゃん、とっても可愛い。ナデナデしたい。そうでしょ?」

「……結局好みじゃねえか、アホらしい」


 せっかく親切に答えてあげたのに、”賭博師”さんは始終難しい顔で。

 どうしたんでしょう。私が勝手に勝負を受けてしまったのが気に食わないのでしょうか。

 まあ、もう後の祭りですけど。


「……ふむ。金髪ロリっ娘はどうも、典型的なツンデレ属性みたいですね。趣味はぬいぐるみ集め。面食いなのは、自分の見た目が幼いことに対するコンプレックスの裏返し……と」

「じゃあその、”魅力”ってパラメータを中心に上げて、ぬいぐるみ系のアイテムをプレゼントしまくれば落とせる訳か」

「ですね。逆に、勉強や運動はあんまりがんばらなくても良さそうです」


 私は、主人公の能力をなるべく”魅力”に偏らせるようにスケジュールを設定しつつ、ゲームを進めていきます。


 しかし。

 まだ序盤の序盤。

 ゲームが始まって数日の時点で、


「……あれ?」


 奇妙なイベントが発生しました。


『ざんねん! 金髪ちゃんに彼氏ができてしまった! 今後、彼女を攻略することはできない!』(謎の男に金髪ちゃんがラブホテルに連れ込まれている一枚絵)

「かれ……し……?」


 しばしの硬直。


「おいおいなんだ。失敗しちまったのか?」

「……みたいです」

「じゃあ、どうする? やりなおすか?」

「いえ。このまま別の女の子を狙いましょう」


 それでも、異常事態は続きます。


『ざんねん! 青髪ちゃんに彼氏ができてしまった! 今後、彼女を攻略することはできない!』(謎の男に青髪ちゃんがラブホテルに連れ込まれている一枚絵)

「なんだそりゃ」


 私は顔をしかめました。


「始まって一週間もせずにヒロインが二人いなくなるとか……」


 この手の理不尽な難易度のクソゲーって、自作ゲームにはありがちですが。


「ええっと、これ……なんなんです?」

「言ったろ? そう簡単にはクリアできないって」

「……ホホォー」


 しばし、冷たい視線を縁さんにプレゼント。シャイな彼は、顔中を脂汗でじっとりさせながら、


「……で、では一つ、ヒントを出しておこう。――このゲームには、とある秘密が隠されている」

「秘密、とは?」

「それは話せない。できれば、君たち自身で見つけてほしい」


 ……ふむ。

 そのアドバイス、何か言っているようで、特に何も言っていない気がするんですけども。


「どうしても話せないのか?」


 ”賭博師”さんが、小さく呟きます。


「そりゃ、まあ……」

、か?」


 ぞわ、と。

 私のすぐ隣で、”何か”が起こりました。

 うまく言えませんが、”賭博師”さんの言葉に、ものすごい重圧が感じられます。

 なんというか、――彼女の言葉を、決してないがしろにしてはいけないような。そんな気がしました。

 何かのスキルを使っていることは明白です。


「………く。くどい、な……」


 応える縁さんの表情は蒼白。

 ”賭博師”さんが使ったスキルには、心当たりがありました。

 ――《交渉術(死神級)》。

 質問や交渉に強制力を持たせるスキルだと聞きましたが、使っているのを見たのはこれが初めてです。


「……オレサマはいま、とあるスキルを使ってる。だから、?」


 縁さんは、しばらく顔をしかめていました。

 ですがやがて、口から泥を吐くように、


「……いや。教えられない。……どうしても……約束だから」

「そうか」


 同時に、彼女が身にまとっていたどす黒いオーラが消失します。


「じゃ、仕方ないな」


 その後、”賭博師”さんは、あっさりとこう言いました。


「地道に行こう。――なあ? “戦士”よ」

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