その156 れっつラスボス戦

 という訳で、れっつラスボス戦。

 ボルタックさんにお礼を言い、店を出た私たちは、意気揚々と城下町を通り過ぎ、――目的地であるお城へと向かいます。


「……と。そう簡単には行かせてくれない訳だ」


 そこで私たちの前に立ちはだかっていたのは、ズラリと並んだ兵隊さんたち。

 彼らは、揃って能面のような表情でこちらを睨めつけていました。

 なんとなく、大量の昆虫を前にしている錯覚に襲われます。


「どうする? 面倒だし、人間じゃないっぽいし、――いっそ殺しちまうか?」

「うーん。生き物でないとしても、人型のものを殺すのはなあ……」


 倫理的にどうこうっていう以前の問題で、なんか精神衛生上、良くなさそう。

 これまで山ほど“ゾンビ”を斬ってきた私が言うのもなんですが、やっぱ殺しはいかんですよ。気が滅入ります。ここ最近夢見がいいのは、生き物の血と内臓を目の当たりにしていないためでもありました。


「じゃあ、適当に蹴散らしてやってくれ」

「”賭博師”さんは?」

「後ろについてく」

「そんなこと言って、楽をするつもりでしょう?」

「バカ言え、適材適所だ。オレサマがやると殺しちまう」


 むう。

 しょうがないなぁ。


「そんじゃ、――行きますか」

「おう。行け」


 その言葉を合図に、私たちは駆け出します。

 兵士さんたちは、『不思議の国のアリス』に出てくるトランプの兵隊のように規則正しい隊列を組み、


「う、……お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、お、おッ!」


 槍を構えながら吶喊してきました。

 私はまず、


「――《スタン・モード》」


 《必殺剣Ⅵ》を起動。すると、”むらさめ”が桃色のオーラに包まれます。

 そして、


「うわああああああああああああああああああああああああああああ!」


 悲鳴のような、やけくそで喧嘩をする子供のような声を上げながら襲いかかる兵士さんたちを、先頭から順番に斬り伏せていきました。

 斬った相手は皆、電池が切れたように意識を失っていきます。

 うん、これなら良心も痛まない。覚えて良かった《必殺剣Ⅵ》。


「よーし、その調子。がんばれがんばれー」


 必要最小限の敵だけを”スタン・ナイフ”で仕留めながら、”賭博師”さんがテキトーな感じで応援してきます。

 私はというと、戦場の最前線にいて、軽くアンニュイな気分に浸っていました。


「はあ……………」


 日に日に人間離れしていくな、私。とか思いつつ。

 今だってほら、ほんの一瞬の間に大の男を四、五人ぶっ飛ばしちゃいましたし。

 これもうきっと、永遠に普通の女の子には戻れませんよ。


 なんでこうなっちゃったかなー。

 家でぼんやりゲームやって過ごしていたいだけだったんだけどなー。


 ……などと考えながらも、身体は自動的に動いています。

 もはや気分は、ライン作業のアルバイト感覚。

 目の前の兵士さんを打ちのめし、ただひたすらに前へ前へ。

 ふと気がつけば、例のラブホっぽいお城の敷地内へと足を踏み入れていました。


 城の鉄門を蹴り破り、内部に侵入すると、”資料不足”という文字が頭によぎるほど簡素な内装の大広間へと行き当たります。

 広間の奥には、玉座と思しき立派な椅子がぽつんと据え置かれていました。


「玉座に通すな! 足止めしろ」

「うるせえ無理だ、お前がやれ」

「なんだと、お前がやれ」

「お前が」

「お前が」


 と、兵士さんが仲間割れしている声を聞きながら、


「そんじゃ、ささっと終わらせるぞー」


 消化試合を観戦する野球ファンくらいのテンションでいる”賭博師”さん。

 それもそのはず。

 ちょうど、人間がいくら束になっても竜巻を止めることができないように、――彼らはもはや、私たちの敵ではないことがわかったためです。


 玉座に辿り着いた私たちは、その背もたれにちょうど“ゲート・キー”を差し込めそうな鍵穴があるのを発見しました。


「思えばここまで、長かった……」


 思えば、二ヶ月とちょっとくらいになりますかね。

 外の世界では、もう八月になっているでしょうか。


 ………………。

 ………………………………。

 ………………………………(回想シーン中)。


「おい! 感傷にひたるのはまだはやいっ。さっさと”ゲート・キー”を!」


 叫ぶ”賭博師”さんの後ろには、どっからこんだけ沸いてきたんだゴキブリかって具合に兵士さんが迫っています。

 あー、これ、あれっすね。

 無限湧きってやつ。ゲームでいうところの。

 これ以上、ここにとどまるのはあまりに不毛でした。


「では……」


 がちゃり、と。

 鍵をひねると、そこから眩い光が吐き出され、辺りを満たします。


「どひゃっ」「うおっ!?」


 一瞬にして視界を塞がれ、思わず唸り声が上がりました。

 気持ちの上では、『もうなんか、そういう演出めいたのはいいんで、さっさとやるべきことを終わらせてしまいたいなあ』とか思っていましたが。


 もちろん、話がそう簡単に進んでくれるはずもなく。



「……………むっ」


 ふっと、当たりを満たす光が消失したのを確認して、まぶたを開きます。


 ぱちぱちぱちぱち、と。


 すぐ目の前で、一人の男が拍手しているのが見えて。


「やあ、よく来たね。異界の冒険者たち」


 仲道縁さんです。

 ……といっても、彼と会うのは二度目なので、特別目新しいものを見た気分ではないんですけども。


「長らくこの世界を管理してきたが、――ここまでたどり着いたものは、諸君が初めてだ。私は仲道縁。この“マスターダンジョン”の主である」


 わ。

 なんかキャラ作ってきた。

 前に話した時の「~っす」口調はどこへ。……と、思わずツッコミかけましたが。


「だが、残念だ。父から聞いたよ。諸君はどうやらをしてここまで来たそうじゃないか」


 その他人行儀すぎる口調の、裏の意味を読み取ります。

 まだ、彼の謀反は”王”にバレていない……、と。

 そういうことでしょう。

 ならば、そのアドバンテージを活かした方が有利にことを進められそうですね。


「裏切り者が誰かは、まだ。だが諸君も、そう簡単には白状してくれないだろう?」

「むろんです」

「もちろんこちらも、犯人の目星をつけている。……が、確実ではない。……そこで、私の父、――”王”は、諸君を少しでも長く引き止めることをご所望だ」


 縁さんの口元が皮肉げに歪みました。


「じゃあ、――どうするつもりだ? 豚野郎」


 ちょ、”賭博師”さん。

 この人、一応協力者なんだからそんな、豚野郎とか。


「ふふふ。言ってくれる」


 ほらー、もー。

 余裕ぶってるけど、内心ちょっと傷ついてる表情になってるじゃないですか。


「だが残念ながら、私は喧嘩が得意ではなくてね。……だから、私との勝負は、――これを使う」


 そう言って縁さんが取り出したのは、一本のディスクが入ったケース。

 中を見ると、『ゲーム#4』と、雑なマジックペンで書かれているのが見えます。


「おい、……まさか……」

「ご想像の通り。君たちは今から、私が自作したゲームをプレイしてもらう」

「げ、ゲーム……って、」

「別に、これまでの“フロアボス”とクリアの条件は変わらない。“私に負けを認めさせること”だ」

「な、――」


 なんでそんな面倒な真似を。さっさと先を通せ。

 そう告げかけた”賭博師”さんを遮るように、


「個人的には、対戦格闘ゲームをチョイスしたいところだったが、父の命令でね。わざと負けたりしないかって、疑われている。……だから、手抜きのしようがない題材が選ばれたって訳だ」

「一応確認しときますけど、クリア可能なんでしょうね、それ?」

「無論、その辺はフェアに作っている。安心してくれていい」

「どうだか……」


 と、一応、文句を言っておきますが、クリア云々に関しては信用してよさげ。

 なにせ縁さんは、私たち側の人間な訳ですから。


「それで? ゲームジャンルは?」

「そう時間がかかるものじゃない。――スムーズにクリアさえできれば」


 縁さんはにこにこ笑顔を浮かべて、ノートPCを開き、モニター画面を私たちに向けました。


「ゲームは既にインストールしてある。これだ」


――てぃろりろりーん♪ 『ときめき恋物語☆清純学園 ~右も左も美少女だらけ~』、はーじまるよー☆


 なんとも甲高い女の子のボイスが流れて、赤色と青色と緑色と黄色と黒髪とピンク髪の女の子の絵が、PCモニターに所狭しと表示されていきます。


「……ん?」「おい、これ……」


 それは疑いようもなく、――美少女ゲーム、と呼ばれるものの一種でした。

 しかもなんか、微妙に古い絵柄の。


「えっ……この期に及んで、こういうことさせられんの……?」

「不満かね?」

「あ、いえ……」


 答えながらも、このチョイスは案外悪くないのではないかと思っています。どうしてもクリアに時間がかかってしまうロールプレイングゲームや、アクションゲームの類をやらされるよりはよっぽどいい。

 この手のゲームって、テキスト部分をすっ飛ばしてそれっぽい選択肢を選んでいけば、なんとかクリアはできますからね。


「『ときめき恋物語☆清純学園』は、ごく標準的な恋愛シミュレーションゲームだ。攻略対象のヒロインは四人。そのうちいずれかのグッドエンディングを迎えることができれば、君たち二人とも、この”マスターダンジョン”をクリアしたこととにする」

「クリアを失敗した場合のリスクは?」

「特にない。最初からやりなおしてもらえばそれでいい。……だがもちろん、時間をかければかけるほど、我々に裏切り者を見つけるチャンスを与えることになる」

「なるほどね」


 ゲーマーとしての勘が言っています。

 この課題は、それほど難しいものではない、と。


「なんだかバカっぽいけど、受けて立ちましょう」

「それでいい」


 ここは多分、乗っかっておいた方が良い場面でしょう。


「おいっ、“戦士”、いいのか?」


 不安そうな”賭博師”さんに対して、私は親指を立てて見せました。


「ご安心下さい。私は中学のころ、三ヶ月ほど声優を目指していたこともある女。この手のゲームに心得がないわけではありません」

「……ああ、そう。――自信あるなら、いいんだけども」


 呆れ顔の“賭博師”さんをよそに、私はマウスを握ります。


「では……行きます」


――ゲーム・スタート。

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