その155 ゲート・キー

「久方ぶりのお天道様……とはいかねぇか」


 ”地上階”に顔を出した私たちを待ち受けていたのは、どこまでも広がる青空……の絵が描かれた、ドーム状の空間でした。


「結局ここって、どういう場所なんでしょーね。こんなでっかい建物、見たことも聞いたこともないし」

「さあな。どーせ説明を受けたってわからんさ」


 まあ、そうかも。

 ”地上階”は、明らかにそれまでの迷路めいた空間とは毛色が異なっています。

 ずっと続いていた、手抜き漫画の背景みたいな白い壁はなくなり、代わりに周囲を取り囲んでいるのは、鬱蒼と生い茂る森。


 振り返って見ると、私たちが出てきたところは洞窟になっており、その手前には巨大な石版がでんと置かれていました。

 そこには、


『この地に封印されたるは、時空を旅する異界の冒険者なり。

何人たりとも、立ち入るべからず。』


 と、刻まれた文字。


「なんでしょう、これ?」

「知らんけども。なんか、そーいうシチュエーションってことじゃねえの?」


 なるほど、シチュエーションねえ。


 この空間はもともと、仲道縁さんが設計したそうなので、きっと彼の趣味的なやつなんでしょうけど。


「ええと、――まずは、”ゲート・キー”ってのを手に入れなきゃいけないんですっけ」

「ああ、情報が正しければな」

「んで、それを特定の場所で使えば、」

「待ちに待った“ダンジョンマスター”戦だ。……なんか、今となっちゃあちょっと回りくどい気がするけども」


 同感。

 まあ、一応クリア条件を満たさないと先に進めないようなので、仕方ありませんけども。


「そんじゃ、さくっとその、”ゲート・キー”とやらを手に入れよう」

「あいあいさー」


 幸い、進むべき道は一本。迷う要素はなさそうです。

 ほどなく目の前に現れたのは、十軒ほどの建物が並んだ、それはそれは小さな城下町。そのすぐそばには、都心にあるラブホくらいののサイズのお城が建てられていました。


「うわっ。なんか、田舎にあるしょぼいテーマパークみたい」

「……ゲームに出てくる街をまんま立体化したら、ああいう感じになるのかもな」


 街の出入り口には城門が存在し、その手前には、ファンタジー系のRPGに登場しそうなステレオタイプの兵士が二人、槍を構えています。


「ややや、見慣れぬやつ。いったいぜんたい、何者か?」

「旅人です」


 どことなく茶番に付き合わされている気分に浸りながら、私は答えました。


「ふむ、旅人とな? しかし、そちらの方角には、封印の迷宮があるのみ。よもやお前たち、異界の冒険者というわけではあるまいな?」

「知りませんけど、たぶんそれ」

「なんと不吉な! 異界の冒険者は我が王国に災厄をもたらすと信じられておる。ええい、今すぐここから出て行け!」

「いやです」

「おお、許すまじ、異界の冒険者め! いざ私が相手になろう!」


 同時に、それまでのもっさりした口調と動作からは想像もできないような俊敏さで、兵士さんたちの槍が跳ねます。


「――おっとっ」


 強烈な刺突。

 常人であれば、一瞬にして心臓を突かれて息絶えていたところでしょうが。

 もちろん、今の私たちに通じるはずもなく。


「そんなん振り回したら危ないでしょ」


 溜息交じりに言いながら、兵士さんの槍を取り上げます。

 んで、それを森の方に向けてぽーいっ。


「ああっ、ひどい……」


 武器を失った兵士さんは、途端にしょんぼりした感じになって、ぱたりとその場で倒れてしまいました。


「もう好きにして」

「じゃ、失礼しますね」

「うん…………」


 寿命がきたセミのように動かなくなった兵士さん✕2をひょいと乗り越え、城門をくぐります。

 城下町は、たった今ひと悶着あったことなど興味の外とばかりに閑散としていました。

 行き交う人々は、『冒険者の宿』にいた人たちと同様に、生気が感じられません。やはり彼らも、テレビゲームでいうところのN P Cノンプレイヤーキャラクター的な存在なのでしょうか。


「ボルタック商店に、ギルガメッシュの酒場、冒険者の宿と、――カジノ、か」


 いつだったか、春奈さんは、


『”地上階”は、運が試されるフロアなの☆』


 と、そう言っていました。


 このフロアをクリアするのに必要なアイテム、”ゲート・キー”。

 その価格たるや、驚愕の四十万ゴールド。

 まともにこれまでやってきた人であれば、一発で心が折れる数字でしょうね。

 一応、救済措置(?)としてカジノが存在しているようですが……。


「……時間に余裕があれば、ちょっとだけスロットを試してみたいところだけど」

「ダメですよ」

「わかってるって。でもひょっとしたら、ずいぶん貴重な経験になるのかも。――外はあの調子だ。稼働してるスロットマシンなんて、もう残っていないかもしれない」


 ちょっとだけ名残惜しそうにしている”賭博師”さんを引っ張って、私たちは『ボルタック商店』と看板が掲げられた建物に入ります。


「やあ、いらっしゃい……」


 ボルタック五世を名乗るその男性は、先祖の面影すらない、髪の毛ふっさふさで小柄な男性でした。


「おおっ、あなたたちが言い伝えの、”異界の冒険者”さまですか」

「言い伝え?」

「ええ。――亡くなった祖父から、いろいろと聞かされたものです。なんでも、時空を超えてお店に訪れる、不思議な旅人がいる、と」

「時空、ですか」

「先祖代々お世話になったお陰で、こんなに立派な店を構えることができました。ギルガメッシュや『冒険者の宿』の女将は、あなたさまを支持しますよ」

「ふむ……」


 そーいう設定ってことね。


「当方、そんなあなたさまがきっと必要になる、重要なアイテムを仕入れたところです。”ゲート・キー”といって、なんでも、この世界から抜け出す力を持つらしいですよ」

「じゃ、それください」

「ところがこの”ゲート・キー”を手に入れるには、四十万ゴールドもの大金が必要になってくるわけです」


 支持するって言った相手から金とるわけですか。

 ちょっとシナリオ、雑じゃない?


「もしお金が足りないなら、近所にあるカジノで増やしてくるといいですよ!」


 なんかこの人、遠回しにギャンブルで破滅しろって言ってる気がするんですけど。

 まあ、こちとらゴールドに関しては十分な用意があるので、問題ないんですけどね。


「そんじゃ、さっそく……」


 ボルタック五世さんから例のタッチパネル型の端末を受け取り、


――999、ゲート・キー(400000ゴールド)


 を選択。

 現れた銀色の鍵を、後生大事にポケットへしまいます。


「まだ十万ゴールドほど余ってるな。せっかくだし、なんか買ってくか?」

「ですね」


 続けてタッチパネルを操作しながら、


「でも正直、あんまりほしいもの、ないかも」


 お金に困らなくなってからというもの、私たちは多くの買い物をしてきましたが、――正直、大半のアイテムは実戦に使うと微妙なものばかりだった記憶があります。

 確かに、高価な武器の中には”むらまさ”以上に強力なものも存在しました。ですが、そーいうのって大抵、無駄に重かったりかさばったり魔力の消耗が激しかったりで、普段使いするにはちょっと不便なんですよ。私の場合は特に、威力が必要なら《必殺剣》がありますしね。


「それじゃあ、これなんかはどうだ?」


 そう言って”賭博師”さんが指差したのは、”幸運の金貨”と呼ばれる実績報酬アイテム。価格は92000ゴールドと、余ったお金を消費するのにちょうどいい。


「なんです、それ?」

「知らなくても無理ねえな。これ、”賭博師”専用の実績報酬アイテムだから」


 ジョブ専用の実績ですか。

 ”どれいつかいのムチ”みたいなものってことかな?


「どういう効果なんですか?」

「単純明快。身につけておくと、少し運が良くなる。《幸運Ⅰ》くらいの効果だが」

「それって、具体的にはどれぐらいラッキーになるんですか?」

「あんま変わらん。ジャンケンでちょっとだけ勝ちやすくなる、とか」


 なにそれぇー。


「気休め程度にしかならんが、何かの役には立つかも知れない」


 確かに、持っていて損はなさそうですね、少なくとも。


「じゃあせっかくだしそれ、もらっときます」

「よし」


 ”賭博師”さんが端末を選択すると、ちゃりんと音を立てて、金貨が一枚、目の前に出現しました。

 いかついヒゲの老人の横顔が両面に刻印されたそれを拾い上げ、”ゲート・キー”と一緒にポケットに突っ込みます。


「よーし。……そんじゃ、“ダンジョンマスターラスボス”戦としゃれこむか」

「あいあいさー」

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