その148 地下一階へ

「……ふーん」


 “冒険者の宿”(竹コース)に戻ってきた私は、さっそく“賭博師”さんに事情を説明します。


「それでオメーは、素直に帰ってきたってのか?」

「はあ」

「甘いな」


 ああ。

 やっぱ言われた。


「だいたい、オレサマをハブにしやがったのが気に入らねえ」

「……それは、私がゴネた時の予防策でしょう」

「つまりオレサマは、知らんうちに人質にされていたって訳だ」


 まあ、言い方によってはそうなりますね。


「こっちに信用してもらいたいなら、そのへん誠意ってモンを見せるのが筋じゃないか?」

「弱い立場なりに考えた結果でしょう。私にはそれを責められませんけど」

「……“戦士”。オメーは少しばかり、相手のことを思いやりすぎる。そーいうのはいずれ、身を滅ぼすぜ」

「そうなったら、そうなった時に考えます」

「…………」


 ”賭博師”さんはしばらくジト目でこちらを睨みつけた後、


「ま、いいや。……明日は早い。さっさと寝る」


 枕とくまのぬいぐるみ(二号)を引っ掴んで、布団にくるまってしまいました。



 次の日、鼻歌交じりで残りの”鉄スライム”を狩った私たちは、例によって”冒険者の宿”の前に出現した”ボス部屋”の扉を開けます。


「おじゃましまぁす……」

「よし、合格!」


 って、早。

 元気のいい声で私たちを出迎えたのは、筋肉モリモリ、マッチョマンの男。

 彼は、喜怒哀楽の“喜”100%といった感じの笑みを浮かべて、


「さあ! 先へと進むが良い! 私は止めないぞ!」


 と、言ってくれます。


「……そんなんでいいんですか?」

「オーケイだ。少なくとも、そうすることを阻む”法”はない」

「ふむ」


 私は、少しだけ逡巡した後に、


「あなたがそれを口にする、ということは……」

「うむ、安心していい。”王”はただいま就寝中だ。あと数時間は起きまい」


 やっぱりね。


「一応、自己紹介しとくと、私は流爪りゅうそう。君らが前のフロアでぶちのめした流牙りゅうがの兄だ。……このフロアのクリア条件は、『”守護騎士”である私に一定のダメージを与えること』……なのだが、今日はどうにも気分が乗らない! 私は、勝ち目がない試合はしない主義でね。君たちのことは、無条件で負けを認めたものとする」


 ……ずいぶん素直な人ですね。

 春菜さんによると、”フロアボス”の”プレイヤー”はみんな、強制されてこの場所にいるらしく。

 そうなると、”王”を倒さんとする私たちの存在は、彼らにとって都合のいいものなのでしょう。


「と、いうことなので! 二人とも、”地下一階”へずずいっと進みたまえ! そして、ぜひともこの”ダンジョン”のクリア者となってほしい! もちろん、”ボス部屋”を任された身として、そういったことを奨励している訳ではないが! 個人的には! 多大なるガンバリを期待したい!」


 ……たぶん、嘘とか吐けないタイプの人なんでしょうね。


「ちょっと待て」


 そこで、”賭博師”さんが吐息混じりに言います。


「オレたちは、楽して先に進みたい訳じゃない。……だろ?」


 私も、無言で頷きました。

 流爪さんは、人差し指二本分くらいの太さの眉をくいっと上げて、


「……んむ?」

「せっかくの厚意ですが、――ちゃんと勝負していただきたく思います」

「別に、私はいっこうに構わんが。……私は強いぞ?」


 ”賭博師”さんが両手で頬を叩き、気合を入れます。


「いいんだ」


 どうやら、先手は”賭博師”さんが務めてくれるようでした。


「ちょいと昨晩、胸糞の悪い話を小耳に挟んだモンでな。……憂さ晴らしがしたいと思ってたところさ」



「ぐむーっ……。参った」


 流爪さんが膝をついたのを確認してから、私たちは先へと進むことに。


「弟から聞いたとおり、妙な術を使うな。――スキルではないようだが」

「企業秘密だ」


 ”賭博師”さんは、春菜さんとの約束を守って、”裏ワザ”に関しては詳しく話さないつもりのようでした。


「では、私たちは先を急ぎますね」

「構わん……が、その前に一つ、忠告しておこう」

「なんです?」

「君らの実力であれば、”地下一階”の攻略も難しくないだろう。……だが、次の階は現状、最も多くの”プレイヤー”がくすぶってるフロアでもある。前に進むより、現状維持を選ぶような連中だ。奴らと交わって、楽な道を行かないようにな」


 ……はあ。

 ご忠告、どうも痛み入ります。


 流爪さんに背を向け、私たちは次の階層へ。

 既に春菜さんより”地下一階”の状況を確認していた私たちには、特別警戒する気持ちもありません。


「この階層って、何が”ボス部屋”出現の鍵なんでしたっけ?」

「かんたんだ。『”ダンジョン”の各所に出現する”帰還ポイント”を三カ所以上破壊する』ってやつ」


 ……”帰還ポイント”ねえ。

 そーいやそんなんあったなぁ。

 これまで私たち、”帰還クリスタル”(一万ゴールド)を使って『冒険者の宿』に戻っていたので、気にも留めていませんでしたが。


「しっかし、いくらなんでも理不尽過ぎるよなぁ? “帰還ポイント”を破壊するって、どういう発想になればそーなるんだよ。クリアさせる気がないとしか思えんぞ」


 確かに、春菜さんの情報なしじゃあ、かなりの長期戦になっていた可能性がありますねえ。


「このフロアに多くの”プレイヤー”が留まっているのは、クリア条件が不明なせいもあるでしょう」


 そこで私たちは“地下一階”へと到着します。


「……へえ、こんな感じか」


 一歩踏み出した瞬間に、ここがどういう場所か理解します。

 私は、”地下一階”の床をぐにぐにと踏みつけて、


「四方が衝撃を吸収する素材で作られてるみたいですね」


 その動きづらさを実感。


「野宿は辛くなさそうだな、少なくとも」


 たしかに、クッションいらずって感じ。


「この階層の”スライム”って……えっと、どんなんでしたっけ?」

「”羽スライム”ってやつだ、たしか」


 すると、呼び名に応じてか、あるいは”修羅の指輪”に導かれてか、……”羽スライム”らしき生き物がふよふよと視線の先を浮遊しているのが見えます。


「おっ、さっそく……」


 ”羽スライム”は、頭部と足のない白鳩、といった感じの外見をしていて、触るとふわふわ柔らかそう。


「なにあれ可愛い。……ねえ、可愛くないですか?」

「うーん。……びみょう。なんか半端に食用加工された七面鳥みたい」

「一匹捕まえて飼いたいんですけど」

「無茶いうなよ」

「いいえ、なんと言われても飼いますよ、私。名前も付けました。エリザベートです」

「……まあ、”ボス部屋”の出現条件とは関係ないし、殺す必要もない”魔物”だから構わんが……」

「おいで、エリザベート……」


 声をかけると、”羽スライム”は、びくん! と跳ねました。

 あっ、逃げちゃう……。

 私は反射的に、春菜さんから教わった”裏ワザ”を使うべきかどうか迷います。

 何が起こるかわからない以上、あんまり魔力を無駄遣いする訳には行きませんが……。


 ……と。

 その逡巡が、エリザベートの命運を分けました。

 どかん! と、火薬が爆ぜる音が耳を打ち、エリザベートがぐしゃぐしゃに吹き飛びます。


「ギャァァァァ! エリザベェェェェトッ!」


 屍となった”羽スライム”は、金色に光る十数個のゴールドと成り果てました。


「よーし! いっちょうあがりだ!」


 視線の先には、ショットガンを構えた若い男性。

 歳は二十歳半ばといったところでしょうか。長身痩躯で、ハーフっぽい容姿に、永久脱毛かな? って感じにつるりとした綺麗な肌の、優男です。


「って、……おっと!? 君たち、ひょっとしてお仲間かい?」

「ああ、どーも……」


 私は、控えめに挨拶しました。

 流爪さんによると、“地下一階”にいるのは、「前に進むより、現状維持を選ぶような連中」とのこと。

 苦楽道笹枝さんもあまり頼りにしていなかったようですし、あまり深く関わりを持つのはよくない気がしています。


「驚かせてすまない。この辺は基本的に、僕の狩場ってことになっていたから」

「いえ」

「君たちは、……いま、ここに来たばかりって感じだよね」

「ええ、まあ」

「僕は琴城両馬きんじょうりょうま。”射手”をやってる。もっとも、ほとんど名前だけのジョブだけどね」

「失礼ですが、《スキル鑑定》しても?」

「いいよ。……大したレベルじゃないけれど」

「では、お言葉に甘えて」


 ……ふむ。

 レベル27、ですか。

 スキルも見たことあるものばかりですし、大した驚異にはならなそう。


「とにかく、仲間を紹介したい。『冒険者の宿』まで案内するよ」


 微笑む彼に連れられて、私たちは”地下一階”の道を進みます。


 途中、


「……まずいな」


 ふと、苦い表情で、”賭博師”さんが呟きました。


「どうしました?」

「あの、両馬ってヤツ、まずい」

「なにが?」


 何か、不穏な空気でも察知したのでしょうか。

 緊張して、”賭博師”さんに耳を寄せます。


「ストライクすぎる」

「すとらいく?」

「ああいうジャニーズ系の男前って、わりと……いや、かなりタイプなんよ、オレサマ」


 …………。

 ………………。

 ……………………ああ、そう(無関心)。

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