その148 地下一階へ
「……ふーん」
“冒険者の宿”(竹コース)に戻ってきた私は、さっそく“賭博師”さんに事情を説明します。
「それでオメーは、素直に帰ってきたってのか?」
「はあ」
「甘いな」
ああ。
やっぱ言われた。
「だいたい、オレサマをハブにしやがったのが気に入らねえ」
「……それは、私がゴネた時の予防策でしょう」
「つまりオレサマは、知らんうちに人質にされていたって訳だ」
まあ、言い方によってはそうなりますね。
「こっちに信用してもらいたいなら、そのへん誠意ってモンを見せるのが筋じゃないか?」
「弱い立場なりに考えた結果でしょう。私にはそれを責められませんけど」
「……“戦士”。オメーは少しばかり、相手のことを思いやりすぎる。そーいうのはいずれ、身を滅ぼすぜ」
「そうなったら、そうなった時に考えます」
「…………」
”賭博師”さんはしばらくジト目でこちらを睨みつけた後、
「ま、いいや。……明日は早い。さっさと寝る」
枕とくまのぬいぐるみ(二号)を引っ掴んで、布団にくるまってしまいました。
▼
次の日、鼻歌交じりで残りの”鉄スライム”を狩った私たちは、例によって”冒険者の宿”の前に出現した”ボス部屋”の扉を開けます。
「おじゃましまぁす……」
「よし、合格!」
って、早。
元気のいい声で私たちを出迎えたのは、筋肉モリモリ、マッチョマンの男。
彼は、喜怒哀楽の“喜”100%といった感じの笑みを浮かべて、
「さあ! 先へと進むが良い! 私は止めないぞ!」
と、言ってくれます。
「……そんなんでいいんですか?」
「オーケイだ。少なくとも、そうすることを阻む”法”はない」
「ふむ」
私は、少しだけ逡巡した後に、
「あなたがそれを口にする、ということは……」
「うむ、安心していい。”王”はただいま就寝中だ。あと数時間は起きまい」
やっぱりね。
「一応、自己紹介しとくと、私は
……ずいぶん素直な人ですね。
春菜さんによると、”フロアボス”の”プレイヤー”はみんな、強制されてこの場所にいるらしく。
そうなると、”王”を倒さんとする私たちの存在は、彼らにとって都合のいいものなのでしょう。
「と、いうことなので! 二人とも、”地下一階”へずずいっと進みたまえ! そして、ぜひともこの”ダンジョン”のクリア者となってほしい! もちろん、”ボス部屋”を任された身として、そういったことを奨励している訳ではないが! 個人的には! 多大なるガンバリを期待したい!」
……たぶん、嘘とか吐けないタイプの人なんでしょうね。
「ちょっと待て」
そこで、”賭博師”さんが吐息混じりに言います。
「オレたちは、楽して先に進みたい訳じゃない。……だろ?」
私も、無言で頷きました。
流爪さんは、人差し指二本分くらいの太さの眉をくいっと上げて、
「……んむ?」
「せっかくの厚意ですが、――ちゃんと勝負していただきたく思います」
「別に、私はいっこうに構わんが。……私は強いぞ?」
”賭博師”さんが両手で頬を叩き、気合を入れます。
「いいんだ」
どうやら、先手は”賭博師”さんが務めてくれるようでした。
「ちょいと昨晩、胸糞の悪い話を小耳に挟んだモンでな。……憂さ晴らしがしたいと思ってたところさ」
▼
「ぐむーっ……。参った」
流爪さんが膝をついたのを確認してから、私たちは先へと進むことに。
「弟から聞いたとおり、妙な術を使うな。――スキルではないようだが」
「企業秘密だ」
”賭博師”さんは、春菜さんとの約束を守って、”裏ワザ”に関しては詳しく話さないつもりのようでした。
「では、私たちは先を急ぎますね」
「構わん……が、その前に一つ、忠告しておこう」
「なんです?」
「君らの実力であれば、”地下一階”の攻略も難しくないだろう。……だが、次の階は現状、最も多くの”プレイヤー”が
……はあ。
ご忠告、どうも痛み入ります。
流爪さんに背を向け、私たちは次の階層へ。
既に春菜さんより”地下一階”の状況を確認していた私たちには、特別警戒する気持ちもありません。
「この階層って、何が”ボス部屋”出現の鍵なんでしたっけ?」
「かんたんだ。『”ダンジョン”の各所に出現する”帰還ポイント”を三カ所以上破壊する』ってやつ」
……”帰還ポイント”ねえ。
そーいやそんなんあったなぁ。
これまで私たち、”帰還クリスタル”(一万ゴールド)を使って『冒険者の宿』に戻っていたので、気にも留めていませんでしたが。
「しっかし、いくらなんでも理不尽過ぎるよなぁ? “帰還ポイント”を破壊するって、どういう発想になればそーなるんだよ。クリアさせる気がないとしか思えんぞ」
確かに、春菜さんの情報なしじゃあ、かなりの長期戦になっていた可能性がありますねえ。
「このフロアに多くの”プレイヤー”が留まっているのは、クリア条件が不明なせいもあるでしょう」
そこで私たちは“地下一階”へと到着します。
「……へえ、こんな感じか」
一歩踏み出した瞬間に、ここがどういう場所か理解します。
私は、”地下一階”の床をぐにぐにと踏みつけて、
「四方が衝撃を吸収する素材で作られてるみたいですね」
その動きづらさを実感。
「野宿は辛くなさそうだな、少なくとも」
たしかに、クッションいらずって感じ。
「この階層の”スライム”って……えっと、どんなんでしたっけ?」
「”羽スライム”ってやつだ、たしか」
すると、呼び名に応じてか、あるいは”修羅の指輪”に導かれてか、……”羽スライム”らしき生き物がふよふよと視線の先を浮遊しているのが見えます。
「おっ、さっそく……」
”羽スライム”は、頭部と足のない白鳩、といった感じの外見をしていて、触るとふわふわ柔らかそう。
「なにあれ可愛い。……ねえ、可愛くないですか?」
「うーん。……びみょう。なんか半端に食用加工された七面鳥みたい」
「一匹捕まえて飼いたいんですけど」
「無茶いうなよ」
「いいえ、なんと言われても飼いますよ、私。名前も付けました。エリザベートです」
「……まあ、”ボス部屋”の出現条件とは関係ないし、殺す必要もない”魔物”だから構わんが……」
「おいで、エリザベート……」
声をかけると、”羽スライム”は、びくん! と跳ねました。
あっ、逃げちゃう……。
私は反射的に、春菜さんから教わった”裏ワザ”を使うべきかどうか迷います。
何が起こるかわからない以上、あんまり魔力を無駄遣いする訳には行きませんが……。
……と。
その逡巡が、エリザベートの命運を分けました。
どかん! と、火薬が爆ぜる音が耳を打ち、エリザベートがぐしゃぐしゃに吹き飛びます。
「ギャァァァァ! エリザベェェェェトッ!」
屍となった”羽スライム”は、金色に光る十数個のゴールドと成り果てました。
「よーし! いっちょうあがりだ!」
視線の先には、ショットガンを構えた若い男性。
歳は二十歳半ばといったところでしょうか。長身痩躯で、ハーフっぽい容姿に、永久脱毛かな? って感じにつるりとした綺麗な肌の、優男です。
「って、……おっと!? 君たち、ひょっとしてお仲間かい?」
「ああ、どーも……」
私は、控えめに挨拶しました。
流爪さんによると、“地下一階”にいるのは、「前に進むより、現状維持を選ぶような連中」とのこと。
苦楽道笹枝さんもあまり頼りにしていなかったようですし、あまり深く関わりを持つのはよくない気がしています。
「驚かせてすまない。この辺は基本的に、僕の狩場ってことになっていたから」
「いえ」
「君たちは、……いま、ここに来たばかりって感じだよね」
「ええ、まあ」
「僕は
「失礼ですが、《スキル鑑定》しても?」
「いいよ。……大したレベルじゃないけれど」
「では、お言葉に甘えて」
……ふむ。
レベル27、ですか。
スキルも見たことあるものばかりですし、大した驚異にはならなそう。
「とにかく、仲間を紹介したい。『冒険者の宿』まで案内するよ」
微笑む彼に連れられて、私たちは”地下一階”の道を進みます。
途中、
「……まずいな」
ふと、苦い表情で、”賭博師”さんが呟きました。
「どうしました?」
「あの、両馬ってヤツ、まずい」
「なにが?」
何か、不穏な空気でも察知したのでしょうか。
緊張して、”賭博師”さんに耳を寄せます。
「ストライクすぎる」
「すとらいく?」
「ああいうジャニーズ系の男前って、わりと……いや、かなりタイプなんよ、オレサマ」
…………。
………………。
……………………ああ、そう(無関心)。
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