その93 愛の告白
その夜のこと。
懐かしの我が巣、3年3組で、これまで手に入れたアイテム(”バケネコのつえ”とか)を整理していると……、
こん、こん。
控えめに扉を叩く音がします。
「はーい」
応えつつ、扉を開けると、
「……こんばんは、センパイ」
現れたのは、浅黒肌のナイスバディ、多田理津子さん。
「どうかしました?」
「……その。ええと。お茶、しませんか」
彼女の手には、大好物のたこのけの里(毛の生えたタコを模したチョコレート菓子)が。
「構いませんけど。寝る前に食べると太りますよ?」
すると理津子さんは、ふふふ、と、弱々しく微笑みました。
「……だいじょうぶ。私、太らない体質だし……」
「ほう。羨ましい」
少し、意外に思います。
知る限り、理津子さんがこのような積極性を発揮するのは初めてのことでした。
私はとりあえず、来客用|(ということにしている)机を勧めます。
「……あ、ありがと。センパイ」
理津子さんは、何故だかカチコチに緊張しているようで。
どれくらい緊張しているかっていうと、持ってきたチョコレート菓子の箱を開けるのもうまくできないくらい。
「う……ううう……」
「どうかしたんですか?」
紅茶を淹れつつ、彼女に訊ねます。
「せ、センパイ」
首を傾げると、理津子さんはごくりと息を呑んで、こう訊ねました。
「あの、その。……センパイと一緒にきた娘とは、どういう関係なんですか?」
「一緒に? ああ、彩葉ちゃんのことですか」
「はい」
どういう関係か、と言われましても……。
「友達です」
「……本当に? それ以上の関係ではない?」
なんでこんなに食いついてくるんでしょう、この娘。
っていうか、“それ以上”って。
どれ以上のことを指してるんでしょうか。
恐らく、今は別室で大の字になって寝ている彼女を思い浮かべつつ。
「なぜ、そんなことを?」
「……だって」
理津子さんは視線をコップの中に落としながら、
「ペアリング……」
と、呟きました。
ペアリング? と、一瞬混乱しかけますが、すっかり身体の一部になっている”友情の指輪”の存在を思い出します。
「ああ、これですか? これはその……」
なんて説明すればいいんでしょう。
何気に、まだ一度も活用してないですからね、これ。
「なんというか。別に、大したアレじゃないですよ。つけると安心するというか」
「あ、安心……?」
やべ。言うべき台詞、間違えたかも。
「ひ、一つだけ、聞いてもいいですか?」
理津子さんは、ここまで来てはもう引き下がれない、とばかりに立ち上がり、私の手をがっしりと握りしめました。
「センパイにとって……、私はその、どういう存在なんですかっ」
「どういう、と、言われましても。親しい後輩の一人、としか」
「その……親しいっていうのは、結婚してもいい感じの親しさですか!?」
うわ。ちょ。おま。
「ちょっと待ってください。この国では、同性の結婚は……」
「誤魔化さないで下さい。法律は問題じゃありません。センパイったら、なんにも言わないでどこかに行っちゃって。……私、この数日は本当に辛かったんです」
「は、はあ」
なんか話の雲行きが怪しく……。
「はっきりさせたいんです。センパイの気持ちを」
一瞬、どう答えていいかわからなくなりかけましたが。
理津子さんの手が震えていることに気づきます。
どうやら、この問題を茶化す訳にはいかないようでした。
ラノベの主人公みたいに、突発性の難聴を発揮することでこの場を切り抜けられればいいのですが。
残念ながら私、耳は良い方おなんですよ(そういう問題じゃない)。
「ええと……」
ごめんなさい、私、根っからの異性愛者なんです。
……と、答えかけて。
視線の端に、”バケネコのつえ”が映ります。
姿を自由に変えることができる杖。
これさえあれば。
性別の壁なんてものは、もはや意味を持たないのでは?
そう思い至った瞬間、躊躇が生まれました。
短い時間とはいえ、男の姿でいたことが尾を引いているのかも知れません。
場合によっては……そういう関係も……あり?
頭がくらくらし始めてきました。
辛いことの多い世の中です。
孤独な夜を一緒に過ごしてくれる誰かがそばにいてくれれば、どれだけ心強いでしょう。
「もしセンパイが、首を縦に振ってくれれば。……私、今日はここから帰らないつもりでいます」
「ええっと……それって」
「今夜は、センパイと寝ます」
普段無口な彼女がこれだけの言葉を口にするのに、どれほどの覚悟が必要だったでしょう。
「センパイ。……応えて下さい。……私じゃ、……ダメですか?」
頭を抱えました。
数日前には思いもよらなかった世界が、すぐ目の前に存在しているのです。
沈黙が生まれました。
結論を保留にすることは許されない雰囲気。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ええとその」
やがて、私は口を開きました。
自分でも、びっくりするほど声が上ずっています。
「…………ごめんなさい」
そこに、ほんの一匙で冗談を含めようものなら、彼女を侮辱することになるとわかっていました。
「私には、果たさなければならない義務があります。それによって、多くの人を救わなければなりません」
「だから、私と付き合っている暇はない、と?」
「はい」
「そうですか……」
理津子さんは、すっかり気落ちした表情。
困ったなあ。
こういうことがあった次の日って、どの面下げて会えばいいんでしょう。
しかも、明日の朝には《隷属》スキルを使う必要もあるってのに。
「……でも!」
ちょっとこっちがドキッとするような勢いで、理津子さんは顔を上げました。
「好きでいても、いいですよね! センパイは、私の事……気持ち悪いとか、そんな風に思いませんよね!」
きょとんとします。
本当に……彼女は。
私のことを、想ってくれているんだな、と。
こんな風に、顔が真っ赤になるまで。
自分でもよくわからない、かつてないような気持ちが胸の中に生まれていました。
「もちろん」
気づけば、彼女の手を握っています。
そして、――次の日になってから「なんであんなことしたんだろ」ってジタバタする感じになるのですが――……彼女のほっぺたに、口づけを。
「明日は早いので。今日はもう、おやすみにしましょう、ね?」
すると彼女は、命令を受けた“奴隷”のようにこくこくと頷いて、お茶をぐいいいーッと飲み干したあと、機械的な動作で教室を後にしました。
えっと。
ひょっとして私、……なんか、余計に話がややこしくなるような真似、しちゃったんじゃない?
「ふっ。モテる女はつらいぜ」
なんつって(その一分後、がんがんと机に頭をぶつける私の姿が)。
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