その65 従属

――”邪悪な奴隷使い”が、あなたの仲間になりたいようです。

――彼の従属を受け入れますか?


「……受け入れましょう」


 すると、いつものファンファーレに加えて、ドラムロール付きのものすごい派手な音が鳴り響きます。


――おめでとうございます! ”邪悪な奴隷使い”が仲間になりました!

――従属したプレイヤーは、あなたが関係を解消するまで敵対行動をとることはありません。

――今後、従属したプレイヤーとあなたは、クエスト・経験値の一部・スキルなどが共有されるようになります。


「……ん」


 同時に、私の頭の中に情報が流れ込んできました。

 一拍遅れて、それが”奴隷使い”のスキルをまとめたものだとわかります。


ジョブ:奴隷使い

カルマ:悪

レベル:22

スキル:《格闘技術(初級)》《自然治癒(強)》《皮膚強化》《骨強化》《飢餓耐性(強)》《火系魔法Ⅰ・Ⅱ》《水系魔法Ⅰ》《雷系魔法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ》《治癒魔法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ》《奴隷使役Ⅲ》《隷属》《性技(初級)》


「ほほーう……」


 腕を組み、関心します。

 こういう感じですか。ちょっと面白いですね。


「っていうかこの、《性技》ってスキル……」

「言ったっしょ。おれ、下半身が役立たずで。これ覚えたらまた勃つようになるかと思ったんですけど、ダメでした。具体的に言うとこのスキル、夜の……」

「いいです、詳しく説明しなくても」

「ウッス」


 一人、蚊帳の外に置かれた彩葉ちゃんが、ぷんすか怒ります。


「なんだー、二人だけで! あーしも仲間にはいりたい!」

「必要ありません」


 私は彩葉ちゃんに忠告しました。


「”従属”は、恐らく私達がとれる最終手段です。軽々しく行うものではないと思います」

「……”戦士”さんの言うとおりっす」


 アマミヤくんも、首を縦に振ります。


「たぶんおれ、もう、冗談半分に”戦士”さんの肩を叩くこともできないと思います。制約を破ると、問答無用でスキルが全部なくなっちゃうみたいですからね」

「あー……そりゃちょっとめんどいな」


 さしもの彩葉ちゃんも納得。

 と、そのタイミングで、


――おめでとうございます! クエストが達成されました!


 と、幻聴さん。

 続いて、


――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!

――おめでとうございます! あなたのレベルが上がりました!


「あれ。なんか、おれのレベルも上がったみたいす。一緒にクエスト達成した扱いになったのかな?」

「スキルの習得は少し待っていて下さい。勝手に《性技(中級)》とか取らないように」

「そこはさすがに、空気読みますよ」


 とりあえず私が試したかったのは、“従属”したプレイヤーとの”スキルの共有”ってやつです。

 今後、”奴隷使い”と私は、スキルを奪ったり与えたりすることができるようでした。

 試しに、《水系魔法Ⅰ》を取得してみます。


「――《水系魔法Ⅰ》」


 呪文を唱えると、ぴゅーっと、人差し指の先から水鉄砲が噴出しました。


「使うことがあるとするなら、喉乾いている人にあげる時くらいですかね、それ。あと、ある程度、任意で水の温度を変えられます。カップ麺とか作るのに便利っすよ」


 試しに、少し念じてみます。

 水鉄砲が、ほかほかのお湯鉄砲になりました。


「ふむ……」

「なんだったらその魔法、ずっと持っててもいいです。おれ、使わないんで」


 そこで、からんからーん、と、ベルが鳴る音が響き渡ります。

 何事かと思っていると、わらわらと女の子たちが一所に集まっているのが見えました。


「飯の時間みたいですね。食べます?」


 私は、彩葉ちゃんと目を合わせます。


「そうしたいのは山々ですけど。私達、常人の何倍も食べるので」

「わかってますよ。俺も力を貰った身です」


 アマミヤくんはからからと笑って、


「だからみんなに言って、今日はたくさん作ってもらいました。食べてくれないと余るので。是非」


 なるほど。

 余らせてしまうのは、食べ物に対する冒涜ですね。

 この分なら、毒を盛られることもないようですし。


「では、お言葉に甘えましょう」



 甘く煮こまれたシチューをかっこみながらも、血生臭い話題は続きます。


「例の、人さらい集団の対処ですが。……おれが提案する作戦は、二つです。一つは単純。お二人に、悪党どもを片っ端からぶち殺してもらう作戦です」


 その後、彼は私達の微妙な表情を覗きこんだ後、


「もちろん、これはオススメしません。何せ連中、武装してますので。いくらおれたちでも、銃で撃たれたらたまりませんからね」


 少し慌てたように付け加えました。


「……んで、もう一つの提案。連中の本拠地に潜入して、“奴隷使い”のジョブスキル《隷属》を使って、連中のボスを仲間に引き入れるんす」

「こうひゃへひひはひょう(後者でいきましょう)」


 食いでのある鶏肉に思うまま食らいつきながら、応えます。


「えっ、いまなんて?」

「後者」

「なるほど。……ま、そう言うと思ってました。でも、あいつらがやってることを目の当たりにしたら、きっと気が変わると思いますよ」

「それは、私がその時に判断します」

「うす。異論はないです。……ごちそうさま」


 アマミヤくんは人並みの量で満足したのか、おかわりを言わず、空になったお皿を脇にどけます。

 すると、優雅さすら感じられる所作で、メイド服の女の子が食器を下げました。


「一応聞いておきますが、彼女にもその、《隷属》とかいうスキルを使ってるんですよね?」

「ん? ああ、そうです。ちなみに、今んとこ俺の”奴隷”はあいつだけっす」


 アマミヤくんはあっけらかんと言います。彼女が“奴隷”であることが、彼にとってとても自然なことであるかのようでした。


「解放してあげられないんですか?」

「ん?」


 きょとんとするアマミヤくん。

 その態度にむっとしたのか、彩葉ちゃんが口を挟みました。


「どーせ、無理やりえっちなこととかさせてんだろ、おめー!」


 すると、一瞬、思考停止した表情で、アマミヤくんは私達二人を見ました。


「あっ、いいや。そういうんじゃないっす、ぜんぜん。あいつとおれ、ガキの頃から一緒なんで。あいつがああいう感じなのは、えーっと。わりと元からっつーか。……まあ、《隷属》の仕様知ってもらえればわかることですけど、”奴隷”っつったって、なんでもかんでも、こっちの思うとおりにできるって訳じゃないんです」


 ものすごい早口でまくし立てるアマミヤくん。

 嘘を言っているようには見えませんが……。


「……これはもう、信じてもらうしかないっすけど、メイドっぽい仕事は、こいつが自主的にやってくれてるんす」


 まあ、彼の言うとおり、これは後々わかることです。


「むしろ、”奴隷使い”の支配下って、メリットの方が大きいんですよ。”奴隷”って言葉が悪いんで、勘違いされがちですけど。……な、綴里?」


 アマミヤくんが、紫髪のメイド娘に視線を向けます。

 彼女は、しばらくアマミヤくんと目を合わせた後、


「――……ご主人様の言うとおりでございます」


 と、機械的に応えました。


「ほらね?」


 うわぁ。


「なんか、……むしろ疑惑が深まった感じなんですけど」


 それに、普通の友人関係で「ご主人様」とか言ったりしますかね?


「ま、それもこれも……“奴隷使い”のスキルを理解してもらえればわかることっす」


 アマミヤくんは、妙に自信満々な感じ。


 なんとなーく、ですが。

 気に入りませんね。


 私と彼は”従属”関係であることから、直接危害を加えられることはないと思いますが。


 まあ、いいでしょう。

 しばらくは、彼の思惑に乗ってあげることにしますか。


 しばらくの間だけは。

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