アタック・オン・ゴブリン―二人の復讐者―
タルー
プロローグ 人間の強さ
そこは、とある山奥。
日の光も通さない、
それがここが人の踏み込むべき領域ではなく、魔のはびこる世界なのだと物語っているようだった。
しかし、そんな場所の片隅にポツンと一つの家屋が建っていた。
余りに場違いなソレには、古ぼけた様子だが、確かに人の気配が存在している。
さらに不思議なことに、その家屋の周辺だけまるで何かを恐れるかの様に、しんと静まり返っていて、まるで魔の存在を感じることがないのだった。
「いま、帰ったぞう」
「お帰り! ねえ、ねえ、おじいちゃん。お話して、お話!」
男が狩りを終え、家路に着いたとわかるとすぐさま少年は先ほどまで遊んでいたおもちゃを床に放り捨て、一目散に男の元に走り寄った。いつものように男の話す冒険譚をせがむためだ。
齢五つに満たない幼子といえども、少年は立派な男の子。彼は男の話す波乱万丈な物語が、三度の飯より好きなのである。
「おうおう、メシはいいのか? ほんに、坊はわしの話しが好きじゃのう」
少年に急かされ男は手に持っていた今だに熱を持つ
男の腰あたりまである大きさの一角うさぎであったのだが、男の所作は非常に軽やかなものだった。
そして、一角うさぎを獲る為に使ったのだろうか狩りの道具にしては少々大げさな一目で業物とわかるロングソードを先ほどとは打って変わって、いたわる様にゆっくり刀掛けに置く。
その動作は実に堂に入ったもので、男が歴戦の戦士だったことが見て取れた。
しかし、そんなことは知らんとばかりに、男の一連の動作に首を長くしていた少年は、それが終わるや否やすぐさま男の手を引き、男を居間の椅子に腰かけさせ、自身は床に勢いよく尻をつける。
少年の緋色の瞳は、期待に光輝せ、早く早くと目で訴えかけていた。
その様に男は笑みをこぼす。
自身の冒険譚をこうも目を輝かせながらせがまれると悪い気はしないのだ。
「ふむ、今日はどんな話にしようかのう?」
男はあごに手を当て、考え込むようにつぶやく。
彼の肉体は還暦を過ぎてなお、衰える様子なく。そこかしこに刻まれている大小さまざまの傷が、男の過ごした日々を物語っていた。
「うんとね、うんとね、つよーい魔物をおじいちゃんがばったばった倒す奴!」
少年は、手をうんと横に伸ばしながら答える。
それを見た男は何を思いついたのか、イタズラを仕掛ける悪童のような意地の悪い笑みを浮かべながら少年に問いかけた。
「ククク、そもそもじゃ、坊。
「え? えっと、……でっかくてー、牙とか爪とかわちゃわちゃーってあってー。それでそれで、口から炎とかぼわーって出すこと……かな?」
いきなりの質問に面食らいながらも、少年は身振り手振りを交えながらどうにか表現しようとする。
「ふむ、それじゃとわしら人間が一番よわっちいことになってしまうのう。魔物に比べたら、ちっこいし、鋭い牙も爪もない、もちろん口から炎なんて出せやせんぞ?」
「そっ、そんなことない! やっぱり、さっきのはウソ! だ、だっておじいちゃんは強いもん! 最強だもん! だ、だから……えっと……」
男の言葉に少年は、涙をにじませながら思わず叫ぶ。少年にとって男こそが、最強の英雄であるのだ。
それをどうにか伝えようとするが上手く言葉が見つからない。自身の思いを上手く表現出来ない苛立ちに緋色の髪を乱暴にかきあげ、思わず零れ落ちそうになった涙を隠すために顔を天井に向ける。
プルプルと震えながらも唇を噛みしめ、どうにかにじみ出る涙を
するとそこには、少年のその慌て様にクククと小さく笑っている男がおり、少年は自身がからかわれた事に気づく。
少年は怒りと羞恥で、顔を真っ赤にしながら頬を膨らませて、「おじいちゃんなんてもう知らない」とばかりにフンッとそっぽを向いた。
男は悪い悪いと平謝りをするが、なしのつぶて。少年の顔は明後日の方向を向いたままピクリとも動かない。
やりすぎてしまったかと多少後悔するが、性分なのだ仕方がないと開き直りそのまま話を続ける。
「――まあ、なんだ。坊の考えも間違っちゃぁいないんじゃがな、それはな、獣や魔物の間で測れる
こんこんと、自身のこめかみあたりを指でつつく男。なんだかんだで、しっかりと男の話を聞いていた少年は単純なものですでに話に引き込まれていた。
いつのまにやら首は男の方向に向き直っていたが、今度はコテンと首を横にかしげる。
「あたま? あたまが固いと強いの? 魔物をやっつけられるの?」
少年の子供らしい発想に、「違う違う」と、男は笑いながら答える。
――人間の強さは知恵にあるのだと。
「わしら人間には魔物のような鋭い牙も爪もない。力だって適いわせん。勝っているのはせいぜい数くらいのものじゃろうて」
「そんな、だったら――」
「まあ、聞け。じゃがな一つだけあるんじゃよ。わしらだけの武器が。それこそが、‟知恵”」
男は語る、劣っている故に、持たぬ故に、人間のみが持ちえたその武器の話を。
爪牙がないのならばと代わりに
力で及ばぬなら技術で追いつこうと、武術や魔術を編み出す。
個で勝てぬとあらば群れて戦った。
人間の闘いの歴史を語るのだった。
「――そう、人間はどんな困難にも恐れず、‟知恵”を駆使して戦うのじゃ。これこそが、人間だけが持つ
男の話に少年は、ほえぇ、と感嘆の声を上げるが、先ほど受けた仕打ちをハッと思い出す。そして、子供心からか湧き上がるくやしさに何とか男に一矢報いようと考える。
「でも、でもっ、……そだっ、魔物の中にも人間みたいに頭がいい奴がいるんでしょ。だったら、人間だけじゃないじゃん! ウソつき!」
思わぬ少年の反論に一瞬目を丸くする男だが、わざとらしく驚いて、またまもや意地の悪い笑みを浮かべる。
「む、……たしかに、人間のように賢い魔物もいるがのう。ヴァンパイア、ドラゴンライダー、ダークナイト……。亜人型とよばれる魔物は、一部を除いて人間のように賢く、凶悪な力を持つ。魔物の中でも最上位の存在じゃ」
言われてみれば、というよう顔をしかめ、考え込むように顔を下に向ける男。それを見て、少年は勝ち誇ったように胸を張る。
男を言い負かせた事がよほど嬉しく周りが見えていないのか、男が顔に手を当て、小さくピクピク震えていることに気づいていないようだった。
「でしょ、でしょ。もう、おじいちゃんったら、ボケてきたのー? しっかりしてよね!」
言葉とは裏腹に非常にいい笑顔でしゃべる少年。
憧れであり、尊敬すべき英雄ではあるのだが、男の
その男に初めて一泡吹かせることができたのだ、が――
「ククク。亜人型は皆、なまじ力が強いからか自身の力を過信しておってのう。わしら人間がやっていることを小細工じゃなんじゃと切って捨てるやからなんじゃ。だから、真っ向から力で押すことしか考えん。まあ、それでも十分、強いんじゃが」
すぐさま放たれる男の言葉が少年の心に水を差す。少年は、男の言葉が納得できないと必死に反論する。
「……そ、それじゃあ、全然賢くないじゃん!! おじいちゃん他の魔物と勘違いしてるんじゃない? 亜人型の魔物は賢いって言ったのはもともと、おじいちゃんなんだよ!!」
「……確かに、言った気がするのう。いや、わしはウソはいっておらん。奴らは一応、魔物の中では賢いといえるぞ? アレは人間と同じように思考することのできる魔物じゃ。――が、残念な思考回路でのう、こと戦闘に至っては奴らはただの脳筋よ、脳筋。ククク、坊よわしはまだまだボケておらんぞ?」
少年の笑顔と負けず劣らず、非常にいい笑顔で返す男。長い年月を重ねてもなお、キラリと白光りする健康そうな歯が何とも憎らしい。
「――っ、うがあああああああ!! お、おじいちゃんのあほぉ!!」
涙目の少年は、顔を真っ赤に染める。そして、男に精いっぱいの罵倒をしてから玄関に向かって走り出す。
「やれやれ、今からが話の本番だというに。おーい、今回の話はわしのとっておきじゃぞ。人間の強さである知恵を用いていかにドラゴンを
男が話し終わるよりも先に、『ドラゴン』と聞いた少年の体はピタリと止まり、玄関先から鮮やかなターンを決めて男の元に舞い戻る。
その様に、現金な奴だとあきれながらも、軽やかな身のこなしに将来どれほどの
「……もう、いじわるしない?」
「せんせん、もうせんよ。いや、本当じゃよ?」
涙目で聞く少年に男はひどく軽い調子で答える。
男の悪癖は六十年物なのだ、そうそう直りはしないのだろう。
その態度に少年は頬を膨らませる。しかし、男の
男は苦笑を浮かべ、懐かしむように右腕に残る古傷をなでながら語りだすのだった。
「そうじゃな、あれは三十年前だったか。【血濡れの山脈】でのことでな――」
少年は祖父の話を聞きながらふと思った。力ない人間が持ちえた
知恵を駆使して魔物と互角以上の戦いをしている今。もし、力持つ魔物がその
すぐさま、首をブンブンと振り回しながら、否定する。祖父も言っていたではないか、亜人型の魔物はみな、自身の力のみしか使わないのだと
なんの心配もない、ないはずだ。でも、もし――。背筋に何やら冷たいものを感じ思わず、「ひぇっ」と小さく叫ぶ。
「どうした? 坊?」
「なんでもないよ。それより続き! 続き!」
いきなり首を振り回したり、奇声を発したりという少年の奇怪な行動に、不思議そうな目を向ける男を無視して、少年は早く続きをと急かす。
少年は先ほど感じたことを忘れようと男の話に集中しようとする。
そうだ今は、そんな事より祖父のドラゴン退治の話だ。余計なことなんて考えている暇はないのだと。すぐさま少年のスイッチが切り替わる。この切り替えの良さが少年のひそかな自慢なのだ。
すでに、先ほどの考えなど少年の頭の中にはない。頭の中は今から語られる冒険譚の事でいっぱいだ。
少年は期待に胸を弾ませながら祖父の言葉に耳を傾ける。そうしてそのまま、少年は祖父の冒険譚に引き込まれていったのだった――
「あ゛あ゛あ゛あああああああ!!」
奇しくも、彼らが『人間の強さ』を語らっていたその時。
ある一匹の魔物が『己の弱さ』を嘆き、悲痛の叫びを上げた。
血だまりの中で冷たくなっている同胞だったモノの欠片を必死にかき集めながら。
その魔物は吠えるのだ。
愛する者を守れなかった自分を責めるように。
強者のみしか生きることを許されない、この世界を呪うように。
これが、始まり。血塗られた、復讐の物語の幕が上がった瞬間だった。
――五つにも満たぬ幼子でさえわかることだ。力なき人間が唯一持ちえた
それを、もし、人間よりも力のある魔物たちが得てしまったら?
答えは決まっている、人類は魔物になすすべなく敗北してしまうことだろう。しかし、それは到底あり得ぬことだった。
魔物は獣と変わらぬ程度の知恵しかもたず本能に忠実な生き物だ。
例外である亜人型も己の力を自負するあまりに戦闘において自身の力以外を使うことを極端に嫌っていた。
だから、このことは絵に描いた餅であるはず
これより、十数年後ある魔物達がある国に宣戦布告した。人々は、最初なんの冗談かと鼻で笑い、相手にしなかった。
それを知った、亜人型の魔物達も同様だった。
ある日、魔物の中でも残虐な存在である一人のヴァンパイアが「生意気な奴らだ」と遊び感覚に単身でそれらの巣に向かった。
それで誰もがこれでこのくだらない話は終わりになるだろうと思っていた。
しかし、数日たっても、彼は帰ってくることはなかった。
不思議に思ったつがい(夫婦のこと、この場合は妻)であるヴァンパイアの女が、それらの巣に向かったのだった。
――そして、彼女もまた、戻ってくることはなかった。
主だった、亜人型の動向を監視している人間たちにもその情報は流れた。
しかし、それでもなお人々は、魔物達は、彼らに危機感を持つことはなかった。
なぜなら彼らは魔物の中でも最弱と呼ばれ、なんら脅威とみなされていないゴブリンだったからだ。
亜人型でありながら、人間より幾分か上と言う程度の身体能力しかもたず、異様な繁殖力しか特筆することのないただの雑草。
他の魔物からもエサ扱いされるそんな存在に一体誰が警戒するというのだろうか。
戦うための爪や牙をもたず。たいした力も持たない。もちろん、口から炎を出す事だってできはしない。
せいぜい、群れることしか芸のない魔物だ。
それ以外何も持たない最下級の魔物……いや、そう言えば彼らにはもう一つ特徴があった。彼らは腐っても亜人型、他の魔物より
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