第26話 致命

 みなとさんは魔法で自身の右腕を治す。それに続いてわたしの怪我も治してもらう。


「ありがとうございます」


「礼はええ、今は走るで」


 走りだすみなとさんの後を追って走る。いつの間にか黄色の鴉が並走していた。この鴉はみなとさんの導き手コンダクター


「辺りを見渡してきた。この空間、とんでもなく広いな。とりあえず、このまま直進した方向に火の手が上がってるぜ」


「あんがとな、ゼブルベルル。ちゅうことはそこには日陰がいる可能性が高いな」


 となるとせりちゃんも。この空間の中のどこかにいるはず。だったらわたしは。


「ひとまずは日陰と合流ってことでええか?」


「わたしは……」


「せりを探したいんやろ。気持ちは分かる。せやけどそっちは手掛かりがないで。もしかしたら日陰と合流しとるかもしれへんしな」


 その通りだ。せりちゃんを探すにしても手掛かりがなかった。そもそもいるかどうかすら分からない。だから今は確実な選択を優先するべきだ。


「分かった。道中で痕跡を見つけたら小詠はそっちを辿りや。ひとまずは一緒に行動しいや」


「……はい、わかりました」


 みなとさんの言う通り、ここで別々に動くのは得策ではない。せっかく朱雀に対して2対1になったんだ。わたしたち二人の魔法では対処できない能力だけど、人数がいるだけで負担は軽くなる。それに、わたしの魔法は回数制限がある。ここで別れてわたしの方を追ってきたらどうしようもなくなってしまう。だから今は、せりちゃんを探したい気持ちをぐっと堪える。


「そこら中、罠だらけやね」


「足元ばかりに気を付けてると危ないですよ!」


 上からネットが降って来たり、横から矢が飛んで来たり、とにかく全方位に罠はある。


「それは経験談か?」


「そうですよ!」


 さっき傷を治してもらった時に、肘や膝などにあった細かい傷にも気づいて治してくれた。それでわたしが既に何度か罠に引っかかっていると分かったのだろう。それにしても一人だった時よりも罠に引っかかっていない。単純に目が増えたのと精神的な余裕ができたからだろう。あれだけ分からないと思った罠だけど、落ち着いて見てみると仕掛けが見抜ける。落とし穴はわずかに土が荒れているし、矢やネットは細い糸が張ってある。注意すれば見えなくもない。それに、わたしが見逃してもみなとさんが気づいてくれる。引っかかったとしてもお互いに助け合えばリカバリーは早い。


「ちぃ、しくった」


 落とし穴を踏み抜くみなとさん。すぐさま駆け寄って穴に手を伸ばし、引き上げる。


「すまん、手間かけた」


「お互い様です」


 走り始めて結構立つ。朱雀に追いつかれる気配はない。目的地にも順調に近づけている。けれど、せりちゃんの痕跡は見つからない。本当にいるのだろうか。それとも、まさか。いや、せりちゃんに限ってそれはない。だって、せりちゃんの魔法は絶対防御なんだから。絶対に、負けるなんてことはない。でも、心配だよ。


「止まるんだ!」


 ディモの静止でわたしたちは足を止める。どうしてこんなところでと疑問に思う。進行方向に一見罠は見当たらない。


「どうしたのディモ! 追いつかれちゃうよ!」


「濃い魔物の臭いだ。でも、魔物じゃない。これは……?」


 森の木々が動き出す。行先にあった一本の木に集まって、束なって、太い巨木となる。その巨木の枝はまるで触手のように滑らかに動き出した。


「トレントとでも呼ぶべきだが、こいつは魔物じゃねえ。この空間の主の魔物が生み出したものだな」


 ゼブルベルルがそう説明する。この空間自体は魔物によるものだと、ディモはそう説明していた。その魔物はやはり龍鳳院 やなぎと組んでいるのだろう。そしていま、龍鳳院の魔法生物が一体欠けたことで牙をむいてきた。


「幸い朱雀は魔法少女由来、ボクとゼブルベルルが抑えよう。キミたちはトレントを倒してくれ」


「はぁ!? オレもやんのかぁ!?」


「キミの魔法少女も死ぬことになるよ」


「そうかぁ。まあ、今回はオマエに乗ってやんよ」


 臨戦態勢に入る一匹と一羽。でも、ディモも触手はさっき使えなくなってしまったはずだ。


「ディモ、触手は!?」


「少しだけど回復したよ。本当に少しだけなんだけど」


 そう言って一本だけ触手を伸ばすディモ。ゼブルベルルの戦闘力が如何ほどか分からないけど、稼げる時間は長くなさそうだ。


「小詠! 後ろだけじゃあらへんで、前も気にしい!」


 トレントは触手のような枝を伸ばして薙ぎ払うように攻撃してきた。わたしはしゃがんでそれを躱す。


「次来るで!」


 続けて二本。叩きつけるように振るってくる。何とか躱すが続く攻撃にトレントは3本の触手を構えている。躱しきれない。けれど、ここで防御のために使うわけにはいかない。だって、次が最後の1回。7回目の攻撃をすれば強制的に魔法が解けてしまう上に、激痛が身体を走る。こんなことなら玄武を倒した瞬間に一度解いておけばよかったのだろうか。いいや、変身を解いてすぐ変身で斬る保証がない。こんな回数制限があるのだからしばらくは変身できないのだろう。そう思ったから変身を解かなかったわけだけど。目前の攻撃に戻る。防御したところで変身が解けて死ぬ。だったらここは攻めるしかない。捨て身で懐に潜り込んで、一撃で終わらせるしかない。


「ちょ!? 小詠!?」


 一直線に走りだす。トレントもこの行動は予測していなかったようで一瞬怯み、攻撃が単純になる。三本の触手のタイミングをずらしたりせず、ただ一直線にわたしを目掛けて伸びる。わたしはそれをギリギリまで引き付けて、当たる直前、勢いよく足を踏みこんで加速する。変身していて上がる身体能力を制御しきれていなかったから無意識に抑え込んでいた。それが今解放されて、発揮された推進力は制御することができず、空中に投げ出されるようにトレントへ向かって直進した。


「えいぃぃいやぁぁぁぁぁぁああ!!!」


 絶叫する。制御を失って空中に投げ出される恐怖。全身に鳥肌が立つのを感じる。ぶつかる。そう恐怖した瞬間に刀を振るう。それでトレントは根元から両断された。続いてわたしが地面に投げ出される。回転しながら2度ほど地面に叩きつけられて止まった。


「ッ~~!!!」


 ちょうど変身が解けたが、もはやこの痛みが7回の使用を超えた後の強制解除によるものなのか、今の地面にたたきつけられたことによる痛みなのか分からない。蹲って堪えようとしたが、それすらできないほどに全身が痛い。


「小詠! 大丈夫か! 今治してやるからな!」


 みなとさんの魔法によってあっという間に痛みがなくなる。本当にすごい魔法だ。これで回数制限がないだなんて、わたしの魔法だけ厳しすぎない?


「ありがとうございます。みなとさんがいてくれて助かりました」


「礼はええ、こっちも助かったんやから」


 トレントを倒せたからこれでまた朱雀から逃げることができる。ディモたちの足止めも長くはもたなかっただろうし、これで一安心。もう足止めはいいよとディモたちを呼び戻そうとする。


「油断すんじゃねえ、まだだ!」


 その声でさっき根元から斬り落としたはずなのに、巨木が倒れる音がしていないことに気づいた。切株の方から触手のように根を伸ばし、巨木を繋ぎとめていた。そのまま巨木を持ち上げ、元の位置に戻す。根は切り口に絡んで元のように補強した。


「嘘……、そんな」


 最後の一回だったのに。みなとさんの攻撃力でトレントを倒せるのだろうか。いいや、それだけじゃない。魔法少女でない無力なわたしを抱えてトレントを倒し、朱雀から逃げられるのだろうか。いやできるわけがない。だったらもう一度変身するしかない。ダメもとでも、試さないと。


願う、祝福をデザイア・ブレス!」


 ビリ、と頭痛がする。これは警告だろうか。


願う、祝福をデザイア・ブレス! 願う、祝福をデザイア・ブレス!」


 ビリ、ビリ。頭痛が激しくなる。それでも、変身しないと。そうしないと、このままじゃわたしもみなとさんも死ぬ。


「小詠、変身できないんか?」


 何度も変身の呪文を唱えるわたしを見て、みなとさんは心配そうに言う、


「はい……、わたしの魔法は7回制限。使い切ったらしばらく変身できないみたいです」


「隠しとったんやな」


 あの時、せりちゃんに言われて黙っていた。せりちゃん曰くみなとさんたちが魔法のことについて嘘をついているということだったけれど、完璧に裏目に出てしまった。伝えておけば、袋小路になる前にわたしの魔法が回復するようにカバーしてくれていたかもしれない。


「はい、でも……」


「いや、ええんよ。うちやて話せないことはある。せやけど、うちじゃトレントを突破できへん。それは分かってるよな」


 覚悟を決めた表情でトレントを見据えながらみなとさんは言う。


「どれくらいで変身できるようになる?」


「分かりません。使い切ってもう一回変身しないといけないのは初めてなので……」


 こんなことになるのなら変身が強制解除されたあと、どれくらいでもう一度変身できるようになるのか知っておけばよかった。いや、知っていたからと言って今の状況をどうにかできるわけではないけれど、幾ばくかは心が楽になっていた。


「まあええ、時間稼ぎはうちの十八番や。やけど小詠まで手が回らへん。自分の身は、頼んだで」


「……ごめんなさい」


「謝らんでええ。どのみち小詠がおらんかったらうちはどうしようもないんや」


 頭を撫でられる。慰めてくれるのは嬉しい。けれどそれがさらに罪悪感を刺激した。わたしのせいで、という気持ちで胸が張り裂けそうだ。


「……はい、お願いします」


「うっし、任された」


 親指を立てて返事をし、みなとさんはトレントに立ち向かっていった。

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